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36話 衝動と決意




 朗次は私達の話しを聴きながら、沸かしたお湯を紙のカップへと注ぎインスタントコーヒーを淹れてくれた。そしてカップを配りながら


「不安を煽りたい訳じゃないけど実際のところ、常に僕達は目の前をどうするのか? しかないんだよね。食糧にも影響が出るだろうし、太陽が無ければビタミンDも不足するだろうし、精神的に不安な人も増えてくる。このままいけば僕達人間は生きていけないのは確かだ。それを踏まえてこれからどうしよっか? 」


深刻そうでいてあっけらかんと朗次は提案をした。タクヤは思いの外現実的に


「先ずは食糧の確保と明かりの確保ではないですかね。」


サオリは


「水が無いと辛いよね。」


Azamiは


「水なら朗次の家で手に入る。なんならここに居る皆で朗次の家に住むか? 私は君達が好きだからな。」


そして言い終えた皆が私の方を見てきた。私は正直にまだ答えは出ておらずに何と言って良いのか解らず空を見上げた。空には疎らに配置された星々が星座も象らずに瞬いて、その真ん中に丸々と大きな満月が青く輝いている。私は思い付いた事を口に出した。


「ライブがしたいです...... 」


私の言葉は誰も予想していなかったらしく、暫く静かになった。焚き火の薪がはぜる音だけが鳴り、そして間を置いて朗次が


「ライブなの? 」


とやっと出た言葉で質問した。私は考えが纏まっていなかったにも拘わらず、ひと言声を出した事で言葉が繋がっていった。


「私ずっと歌の練習していたじゃないですか? せっかく練習したんだから人の前で歌いたいです。」


「それがこの状況となんの関係があるのか訊きたい。」


私の答えにAzamiが少し興奮気味に質問を被せた。しかし私は躊躇無く


「私はこの電気が消えた状況も、世界がずっと夜になったのもtime writeが関わっていると思います。根拠はタイミングだけです。でもタイミングって運命だったりするじゃないですか。サオリとタクヤくんが出会ったり、朗次さんとAzamiさんが出会ったり。私はtime writeが好きです。彼の演奏が好きで、彼の横で歌ってみたいんです。それとステージで歌ったら人生が変わるような気がしてドキドキするんです。」


私は自分の中のモヤモヤがその言葉が出たことで消え去り、スッキリとした気持ちで自然と笑顔になった。朗次は私の言葉に力強く拍手をし


「最高の回答だよ。恋する乙女としても、初めてライブをやるボーカルとしても。よし! やろうよライブ! ねっAzamiちゃん。」


「本気か? 朗次。」


「本気も本気。こんな不思議な事ばかり起こっているんだし、恋する乙女に世界を賭けても良いじゃないですか。」


「しかし私はtime writeの事は許してないぞ。」


「良いんだよ許さなくても。許すのは紬ちゃんだから。Azamiちゃんは僕とやろうか。」


と朗次はAzamiの手を握り、Azamiは照れ臭くて黙って頷いた。するとその横でサオリがタクヤの背中を叩いて


「タクちゃん、ツムリンを助けてあげて。ツムリン一人で隣町でtime writeを捜すなんて無理だから。ツムリン、タクちゃん貸すから絶対に見付けて来てね。」


そう笑った。タクヤも仕方無いといった顔をして立ち上がり


「腹もいっぱいになったし行くか。紬ちゃんは後ろに乗りな。」


そう言って自転車に跨がった。Azamiは呆れて


「いつからこんなに根拠や理屈って蔑ろにされるようになったのか? 困ったものだ。困ったついでにサオリ君はライブの準備を手伝ってくれ。」


「どんな困ったついでやら。」


と朗次は言い、サオリとAzamiも笑っていた。私は両足に力を入れて立ち上がり


「絶対にtime writeを連れてきます! そして絶対にライブやります! この恋心に懸けて! 」


と力強く啖呵を切ってタクヤの自転車の荷台へとロングスカートをたくし上げて飛び乗った。するとタクヤはラグビー部の健脚で強くペダルを蹴り、私とタクヤは隣町へと出発した。


 それを見送った朗次はAzamiへ


「time writeの顔を知ってるAzamiちゃんも行った方が良かったんじゃない? 」


「大丈夫だ。運命なんだろ? 」


と二人は笑いあってから、サオリも交えてライブの計画を立て始めた。



 タクヤはグングンと自転車のペダルを踏み進み隣町の国中町へと向かった。しかし国中町への道は途中に小さな山が在り急勾配の上り坂で、私を乗せたまま自転車を漕ぐのは難しく私達は自転車を降りて押しながら歩いた。タクヤは息を切らしながら


「ところで紬ちゃんはtime writeの居場所は知っているの? 」


「いいや、国中町に住んでいる以外は解んない。」


「心当たりは何もないの? 」


「うーん。何か気になる人は居たかな。偶然見掛けた人でもしかしたらって思ったぐらい。」


「なかなか厳しい状況だなぁ。」


そう息を切らしながら話していると私達は下り坂へと入り、また自転車へ跨がった。下り坂ではペダルを漕ぐ事も無く勢い良く進んでいく。しかし自転車のライトも点かない為に、ただ真っ暗な中を風だけが通り過ぎて行く。何処を走っているのかも判らない私達だが、タクヤは割りと見えているらしく何とぶつかる事も無く自転車は進んで行った。


 下り坂を降りるとtime writeの住む国中町へと辿り着いたのだが、辺りは真っ暗で建物も何も黒い塊となってただただ暗い町だった。


「とりあえず何処へ向かおうか? 心当たりは無いんだろ? 」


タクヤの言葉に私は少し考えて


「この先の駅から少し行った所にtime writeがSNSで上げてた公園が在ったからそこへ行ってみたい。」


そう答えるとタクヤは「OK。」と短く応えて公園へと向かった。すると真っ暗な道の真ん中に二つの人影が見え、近付くと


「君達、ここを通る時には通行料が要るんですよ。財布置いていきな。」


低い男の声で突然金銭を要求して絡んできた。私は暗闇の中での不足の事態にタクヤの右腕にしがみついた。タクヤも腕に力が入っているのが判る。男達は私達へと近付いてくると、タクヤは私のしがみついた手を離して自転車を持つ様に指示した。男達は


「吉坂のバカは警察に捕まっちまったけど、今なら警察も動けないからやりたい放題だな。」


「そうですね。今のうちに稼ぎましょう。」


そんな物騒な事を口にしている。私は不安に震えながらも自転車を掴んでタクヤを見守った。


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