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34話 夜と夜




 花火を終えた私達はバケツへ花火の燃え殻を集めて片付けて、オイルランプを置いて夜の停船所を眺めていた。そして横並びに喫茶店のテラスのベンチへ座って一休みしている。


 深い青に染まった世界は暗く、灯台や外灯の明かりも無く月明かりだけが海や山を照らし出している。家やアパートも電気の無い夜にはただの黒い影に過ぎない。Azamiは朗次へ


「また暫く電気は戻らないのだろう。だったら冷たい内にコーラを貰えないか? 」


「そうだね。どうせ商売どころでもないだろうから。気付いたかも知れないけれど、夜になってずっと月や星が動いていない。これからはずっと夜なんだろうね。」


そう言って店内へと入って行った。そして人数分のまだ冷たい缶のコーラを私達へと手渡してAzamiの隣へと座り缶コーラの蓋を開けて飲み始めていた。私達も朗次に続いてコーラを飲み、ただ空に止まった月を眺めた。今までは朗次の持ってきた花火で気は紛れていたが急に私達は現実へと引き戻され、サオリが口を開いた。


「このまま夜が続けば作物なんかが育たなくて食糧も無くなるのかな。」


「かもね。」


それに朗次がぶっきらぼうに返事をした。しかしその答えは適切だと思えたので次にAzamiが朗次へ


「これからこの現実への対処をどう考える? 朗次。」


「とりあえず家に帰って寝る事かな。サオリちゃんとAzamiは家が遠いから紬ちゃんか僕の家に泊まるといいよ。目が覚めたら朝になってるかもね。」


「もし目が覚めてもまだ夜だったら? 」


「またここに集まろう。」


私は朗次やAzamiの言葉に返す事もなく暗闇の中で少し頷いた。私は何気なく会話を聞いていたがAzamiは何だか態度がおかしくなっていた。


「つ、ツムギ君のアパートに三人は狭いだろうな。わ、私はだったら朗次の所へでも泊まるとしようかな。」


私はそんなAzamiの態度が面白かったが、二人の想いを近付ける機会(チャンス)を邪魔してはいけないと必死に笑いを堪えて下を向いた。そこへ気を使ったサオリが


「そうですね。私はツムリンのアパートに泊まりますのでAzamiさんは朗次さんの所が安全ですよね。」


そう言うと、Azamiは嬉しそうに


「そうだろ! サオリ君。」


そう言って、私達は解散した。私とサオリ、Azamiと朗次の二手に別れて帰宅することになった。私とサオリは夜になった海沿いの道を並んで歩いて帰り、波に溶け込む月明かりに目をやってこの事態の事を考えた。Azamiへのtime writeからのメッセージがこの事態の発端に思えていた。根拠となるのはタイミングでしかないのにそれは何だか確かな事に思える。私の勝手な思い込みかも知れないけれど全ての歯車がそこへ向かっている気がしていた。そんな時にサオリが


「ねえツムリン。ツムリンはこの電気が消えたり、いきなり夜になったりしたのにtime writeが関わっていると思っているんでしょ? 」


余りの図星に私は驚いて立ち止まって、どう返事をすればいいのか解らずに小さく頷いた。


「そうだよね。ツムリンの頭は彼でいっぱいなんでしょ? 私もタクヤと付き合う前がそうだったから解るよ。一緒にtime write捜そうね。」


サオリのその言葉は戸惑った私の気持ちをスッキリと整頓してくれた。私は何を迷っていたのだろうか、思ったなら心のままにいつもの様に動けば良かったのだ。私は止まった足を動かして歩き始めながら


「やっぱりサオリが居てくれて良かった。ありがとう。」


少し電気の無い生活への経験も増えた私達は、何事もなく仕度を終えて眠りに着いた。真っ暗で静かな夜に怯える事もなく瞼を閉じて暗闇に身を任せて体と心を休ませた。



――今が何と言うのか解らない。


 何時? いつ? 朝? 夜? いや夜と言えば夜なんだ。私達はあれからずっと夜に居るのだ。サオリは隣で寝ている。私は夜中に目を覚ました時の様にもう一度目を瞑って眠りに着いた。しかし何度目を開けても朝は来ない。私は三度目に目を覚ました時に思いきって起き上がった。それはサオリも同じだったらしく、私が体を起こすとサオリも直ぐに身を起こして立ち上がり


「おはようツムリン。」


「サオリおはよう。ちゃんと眠れた? 」


「うん。どのくらいかは判らないけど、体がスッキリしているから眠れたと思う。」


そんな会話をしながら部屋のカーテンを開けると、外は昨日と同じ位置に月星が有り、ずっと夜のままだった。心の区切りが無くなり気持ちの切り替えの出来ないモヤモヤした感じが纏わりつく中で、ベランダに立ってそれを剥がすように背伸びをして気合いを入れたが独特の空回りしている感じがして取れない。私は、私達はこの夜に閉じ込められている。そんな閉塞感に満たされて行くのを感じる。


 私はどうにか気持ちを切り替えようと電気が使えずにぬるい冷蔵庫から缶コーヒーを取り出してサオリにも手渡した。歯磨きもうがいも出来ない事から口の中のベタベタした感じが纏わりつく。全てが切り替えられない。とりあえずそんな中でも缶コーヒーを飲んで私の中で一日の始まりを作った。そしてそれからマウスウォッシュを使い歯磨きの真似事をした。


 全てが真っ暗で何一つスッキリとしない。


 夜に呑み込まれてしまった世界は思いの外私達へダメージを与えているようだった。私は


「ねえ、起きてもまだ夜だった訳だしそろそろ喫茶店へ行こうか? 」


そう訊ねると、ベッドへ腰を掛けたままサオリはベランダの方を向いて


「なんか嫌な予感がするからもう少しだけ待たない? たぶんもうそろそろ来るから。」


そう言うと私のベッドの上に寝転んだ。そんなサオリを見て私は『果報は寝て待て』との言葉を思い出し、サオリの隣へと行ってそのままベッドへ寝転んだ。するとサオリは私の手を握り、私の指の間へサオリの細い指が絡み温もりを感じさせてくれた。暗闇の中で輪郭しか見えないサオリは確かにこちらを向いて


「本当にこの状況の中でツムリンが傍に居てくれて良かった。」


そう言うと身体を引き寄せてサオリよりも小さい私の身体を包み込む様に抱き締めてきた。私は全身でサオリの温もりを感じながら、サオリの不安を感じながら頷いた。すると私のアパートのドアをドンドンと叩く音がする。その音は強く激しく男の人が叩いているのが判る程で私の身体はギューッと力が入り身構えた。



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