32話 スタジオとライブ
Azamiは鉄板の上で音を立てながら焼けるステーキをナイフとフォークで切り分けながら
「それでtime writeには会えたのか? ツムギ君。」
私へと質問した。それに朗次が口を挟んで
「会えなかったから一人で帰っているんでは? 」
「いや。きっとツムギ君は会ったんじゃないか。そんな気がするよ。」
「そりゃ顔も知らないんだし、会っても気付かないだろうけど。」
「ツムギ君、私を見てみろ。人生には運命ってものが有るんだ。」
私はAzamiを見た。Azamiは力強い眼で私を見ている。まるで私の中の全てを見ている様な鋭さで、そして隣にはAzamiが好きだった朗次が居る。私はそう言われれば、この状況が何よりも説得力があると思い笑えてきた。それを見てAzamiも連れて笑い、朗次だけは訳が解らずにキョトンとしている。そして朗次は
「恋ほど理解を超える不思議なものはない。口出すだけ野暮だったね。」
とオレンジジュースの入ったグラスに口を付けた。Azamiも切り分けたステーキを口へ運びながら
「朗次が言うと説得力があるな。」
と笑って見せた。私はtime writeの事やドラッグストアで出会った彼の事を考えながら、そして道行く中ですれ違った人達やtime writeがSNSへ載せていた写真の景色を思い出して
「その前にレッスンをサボってごめんなさい。二人が海辺で並んで座って楽しそうにしているのを見掛けて。」
とニヤリとすると、Azamiと朗次は二人で慌てて
「それは今後のツムギ君のレッスンについてだな...... 」
「そ、そうだよ。今日は何を教えようかってさ。」
と余計に疑われる程に取り乱しているので、私は可笑しくなって笑った後に一呼吸置いて
「私もなんだかtime writeに会えたと思います。」
そう答えた私へAzamiは
「きっと人生とはそうなのだよ。」
とだけ答えて、私達は食事を続けた。その間も本当にAzamiと朗次が仲良く話している姿を見せて、私はなんだかその事が誇らしくも思えて談笑は尽きずに楽しい食事となった。
それから直ぐに私達は駅から少し歩いた所に在るスズモト楽器と言う楽器店へと行きスタジオを借りてレッスンをする事になった。朗次は以前このスズモト楽器へ勤めていたらしく、店主と過去の話しをしていた。店主のスズモトは初老の男で、優しい表情と真ん中から分けられた白髪が特徴であった。私は楽器店の壁に立て掛けられたギターやベースを眺めながらtime writeの残り香を探した。すると朗次の案内で私達はレジカウンターの横を通りスタジオへと入った。
スタジオでのボーカルレッスンは過酷であったものの二時間程で終わり、私は初めてのマイクを使ってのレッスンは楽しくもあった。私達はスタジオを出て楽器店内で朗次はフライヤーを確認していた。そして1枚のフライヤーを手に取り、店主へ向かい
「スズモトさん。ここの『チューインガム』ってライブハウスまだやっていたんですね。」
そう言うと店主のスズモトは老眼鏡をはめてフライヤーを受け取ると
「ああ、ここなら相変わらずやってるよ。使いたいならオーナーさんに連絡しとこうか? 東陶君が音楽を辞められるなんて思ってなかったから。予想が当たって嬉しいですよ。」
朗次は後ろに居たAzamiの方を振り返ると
「Azamiさん、そろそろ紬ちゃんの練習成果を見るためにもライブやってみますか? 」
「そうだな。一回のライブは数十回の練習にも勝るしやってみるかツムギ君。」
「えっ!? ライブですか!? 」
私は突然の決定に驚きながらも、練習の成果を人前で発揮する事に少しワクワクしだしていた。朗次はそんな私を見てスズモトの方を振り返り
「せっかくだからスズモトさん叩いてくださいよ。」
「東陶君が言うのならOKですよ。」
こうして私達は夏の終わりにライブを決行する事となった。朗次とAzamiは私を外に楽しそうに話し合って、私と朗次とスズモトのバンドを前座としてトリに月下契約を登場させる話とした。その際には月下契約を別の名義で出演させる案まで出していた。その事をよくよく考えると私のデビュー戦をtime writeに見られるのだ。私は一瞬緊張感に駆られたが、Azamiと朗次はきっとそんな事も一笑にあしらうだろうと思い考えるのを止めて最善を尽くす事を考えた。
私は早速サオリへメッセージを送り、ライブの際に協力してもらえる様に頼んだ。私はこの穏やかで刺激的な日々に呑まれながらも、新しく拡がる交遊の幅を楽しんでいた。
それから私達は駅へと向かい汽車へと乗り込んで自宅へと帰った。1日の内にたくさんの情報が入り過ぎたのと、レッスンで疲れていたのとで私は寝過ごしてAzamiの住む隣町へと着いてしまい、メッセージのやり取りをしていたサオリのアパートへと泊まる事になった。
Azamiの住む駄菓子屋を過ぎてサオリのアパートへと着くと、サオリは元気に出迎えてくれた。あれから電気が消える事も無くタクヤも自分のアパートへと戻り、私とサオリは久し振りに二人っきりとなった。あまりにもここ最近の私の生活の変化が激し過ぎて私とサオリの会話は尽きなかった。
「ちょっと私が体調崩している間にAzamiさんに歌を習って、元ミュージシャンの朗次さんとバンドで歌うってどんだけ急展開よ! 」
「正直私も驚いてる。何か色んな偶然が重なってね。」
「じゃあさ、彼には会えたの? あのtime writeにはさ? 」
「解んない。」
「解んないって何よ? 会ったか会わなかったかでしょ? 」
「うん。解んないの。ほら私って彼の顔も知らないから、会ったとしても判んないの。」
「そっかー。ツムリンはややこしい恋しちゃったよねー。それでも私は応援するからね。」
「ありがとう。サオリが応援してくれるのが何より勇気が出る。」
私とサオリは二人で横並びでソファーに座りテレビを見ながらそんな会話をしていた。その時間は私にとって、とても落ち着く大切な時間であった。それから私達はまるで修学旅行の様に二人でシャワーを浴びたり、二人で一つのベッドへ入りお互いの恋の話しやこれからの人生の事を話しながら、いつの間にか眠りに着いて朝を迎えた。
『こんな日常がいつまでも続けばいいのに。』




