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25話 歌とギターと恋心




 それから私達は店主の朗次を交えて談笑に至った。それもその筈で二人は始めから相思相愛で切っ掛けさえあれば二人ともそう為りたかったので当然の結果だ。私も二人のこんな時間がいつまでも続けば良いのにと思いながら、露を纏ったグラスを落とさない様に手に取ってアイスコーヒーを飲んだ。夏の陽射しが他人事のようにエアコンの効いた店外で色んな物の彩りを強めている。灯台はいつもよりも白く、海はいつもよりも青く、コンクリートは銀色に近い灰色に、私の心の中は向日葵の様な淡い黄色が広がっていた。


 朗次は昔ミュージシャンだった事もあり、Azamiとは話しが合っていた。途中で朗次はアコースティックギターをカウンター奥から取り出して弾き始めた。私はギターなんかはよく解らないけれど朗次の弾くギターとtime writeが弾くギターの違いを感じた。両者共に上手いのは確かなんだがtime writeのギターの方が少し寂しい音の様に感じた。それが何かは私には解らなかった。ただ朗次のギターに合わせて歌うAzamiもtime writeと歌っている時とは違い軽やかな歌声で何か背負っている物が抜けて楽しんでいる感じだった。


 よくよく考えればAzamiと朗次の二人とは出会って間もない筈なのに、そんな事が気にならない程に楽しんでいた。本当はまたいつ電気が消えてしまうのか解らない不安を抱えていたのに、いつしかそう言った事も私は忘れる程に。


「正直Azamiちゃんに歌ってもらえるとは思わなかったから嬉しいですね。僕なんかよりもtime write君の方が断然上手いからね。」


朗次ははにかみながらAzamiにそう言った。私はその事が不思議で


「朗次さんより上手いって、朗次さんはプロだったんですよね? でもtime writeって最近動画で出てきたけれど素人なんですよね? そんな事って有るんですか? 」


私は言った後で二人に対して失礼な発言をしてしまったとハッとなったが、思いの外二人は穏やかな表情で


「たまに居るんだ。何処にも出て来なくてずっとその楽器ばかりを練習している子が。最近はネット動画でそんな子達が出てくる様になったけだけどね。」


「朗次さんのギターとtime writeの音は質が違うだけでテクニックは変わらないと思ったが、アイツの方が上手いのですか? 私は気持ち良く歌えたが。」


「いやいや、time write君のチョーキングとカッティングをあのペースで繰り返すリフなんて僕ではあんなに澄んだ音は出せないよ。でも昔一人だけ居たかなあの中学生。まあ僕より上手い人間なんて沢山居るよ。」


朗次はコーヒーを飲むと空になったカップを持ってカウンターへと行った。私とAzamiのグラスも氷が溶けて並びが崩れてカランと音を立てた。朗次は自分のコーヒーを注ぎながら大きな声で


「二人ともお代わりは同じもので良いかい? 」


そう訊ねるたので私は「はい。」と返事をするとAzamiは緊張が解けたのか


「私はコーラをお願いしたい。」


そうハッキリと答え、私はAzamiと朗次の距離が縮まった気がして嬉しかった。朗次も距離が縮まったのか


「はいよ。」


と柔らかい返事をくれた。そして朗次はトレーに3人分のドリンクを乗せて戻ると、私の想像もしていなかった話しを始めた。


「僕はね紬ちゃんも歌うと良い声していると思うんだよ。ちょっとドレミファソラシドって言ってみて。」


そう言うと朗次はギターを手に取り、私のドレミファソラシドに合わせてギターを鳴らして


「ほう、初めてなのにちゃんとピッチが取れてるよ。」


「それに弱い声でも音がブレていないな。私と違ってウィスパー系で歌えるな。私はどうも声量が強過ぎて続けては出来ないから良いと思うぞツムギ君。」


そんな事を言い出した。それからは何故か二人の豪華な指導者の下で私のボイストレーニングが始まってしまった。基本は優しいのだが、二人は夢中になって私を指導するので気付くと窓の外から夕陽が射し込んでいた。私は初めての腹式呼吸での声出しに腹筋が熱くなって、全身に疲労感が充ちていた。そんな私にお構い無しで二人は私の指導に付いて楽しそうに話していた。そして事も有ろうに朗次は


「明日も指導するからAzamiちゃんと一緒においで。」


そしてAzamiはその朗次の言葉に嬉しくなり


「よし! ツムギ君明日も同じ時間に来ようじゃないか。」


と勝手に約束してしまい私のボイストレーニングが日課となり始まってしまった。私とAzamiはそんな約束を交わして喫茶店を出た。外は夕陽が全身に黄金色の光を浴びせて来て私とAzamiは目を細めて、黄金色に染まる海辺の景色に見蕩れていた。そして私は駅までAzamiを見送る事にした。Azamiは清々しい笑顔で私に


「ありがとう。ツムギ君。」


「えっ? 何でですか?」


「私は昔アイドル歌手をやっていたんだが、男性ファンに襲われて以来男性が怖くて好きになれなかったんだ。だが君のお陰でこうして朗次さんと話せる様になれて凄く嬉しいんだ。」


そう言うと私達は駅へと辿り着き、私は立ち止まりAzamiへ近付いて


「それは違いますよ。Azamiさんを動かしたのはAzamiさんの気持ちですよ。私はその時にたまたま居ただけです。それよりも私はAzamiさんと朗次さんのお陰で音楽が好きになりました。こちらこそありがとうございます。」


満面の笑みで私は言葉を返すとAzamiは笑顔で


「どちらにせよ私も楽しかったよ。またな。」


そう言って手を振りながら駅の中へと消えて行った。


 それから私はAzamiと一緒に海辺の喫茶店へと通う様になった。そして何度もAzamiと朗次は私へレッスンを付けてくれた。その間は不思議と世界から電気が消える事もなく、レッスンは夜遅くなる事もあった。レッスンは思いの外キツいものではあったが充実した日々を送っていた。私は時々夜の帰り道に煌々と輝く月を見てこの切っ掛けを作ってくれたのはtime writeである事を思い出して、知らず知らずの内に彼への思いはどんどんと積もっていっていた。そして不思議な事にそのtime writeとユニットを組んでいるボーカルのAzamiとここまで親しくなれた事に感謝して月を眺めた。



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