23話 心と想い
私はAzamiへ自分の事を説明した。生まれた所や家族構成、それから小学校、中学校、高校、大学との過ごし方や好きな物や嫌いな物と思いつく限りの自分の情報を伝えた。Azamiは相槌を打つ事もなく目を瞑って、ただ私の話しを聞いて頷いている。それは決して寝ているや聞いていないのでは無くて私の話しを深くイメージするために目を瞑っている様子だった。そして私の言葉が止まるとゆっくりと目を上げて
「ツムギ君が悪い人間では無い事は判った。そうだな強いて言えば恋愛経験の少ない少女の心に、ふと気になる男子が現れたって訳だな。凄く普通な事だ。しかしアイツに必要なのはそう言ったものかもしれないな。」
私にはAzamiが言った『アイツに必要』と言う言葉だけに嬉しくなり勇んで訊ねた
「彼に必要って? 」
「今は良いかもしれないが音楽をやっていく上で必要なんだよ。」
「音楽にですか? 私が? 」
「いや話しが前へ進み過ぎたな。私達は動画配信と言う形で世の中に出ているがな、音楽と言うものは凄く沢山の人間で作られているんだ。ライヴ一つにしても音響や照明、施設の管理者にブッカーや物販にプロデューサーなんてな。有名になれば音楽だけ出来るのではダメなんだ。人と向き合ってコミュニケーションを取れないと、それ以上の事は出来ないんだ。」
「それが私とどう言った関係があるんですか? 」
「君ならアイツの閉ざした心を開けるかもしれんからな。アイツはな...... 」
それからAzamiは私へtime writeの過去を話し始めた。彼がどれ程音楽が好きか、そして中学生の頃に人間不信に陥った事件の事や、Azamiと彼の出会い。私はただ黙ってその話しを聞いて、もう一度彼に会って話したくなった。それで彼が変われるとは思わなかったが、ただ彼の気持ちに寄り添っていたかった。その時、ヒューゥっと風が通り抜けて私の心をすり抜け、Azamiへと言葉を放った。
「夢前さん、いやAzamiさん。私を彼に会わせてくれませんか? もう一度彼と話したいんです。」
「会えるかは判らないが、アイツは君の住んでいる町の隣町に住んでいるよ。晴れた日の夜になら君の町の海辺でギターを弾いているかも知れんがな。ひょっとすれば今日辺りにでも。」
Azamiは優しく微笑みながらそう言った後で、コーラを飲み干して縁側の硝子戸に映る庭を見ながら
「私は彼の音楽が好きだ。しかし音楽の事なんてどうでも良いのかもな。それよりもアイツに世界と仲直りをして欲しいだけなのかもしれないな。」
「世界と仲直りって? 」
「それはツムギ君がアイツと会って見れば解るよ。私はアイツの中では楽器の一つでしかないんだよ。そんなものなんだ。」
Azamiは少し切ない表情を見せて立ち上り、店舗の方へ行くと紙袋へ缶詰やお菓子を詰めて居間へと戻り私へ手渡し
「これは土産だ。あと一つ頼みがある...... 。」
何故かAzamiは少し照れ臭そうに紙袋を渡すと、私と一緒に私の住む町へと行く事になった。
Azamiは出掛ける前にシャワーを浴び、着替えて化粧を施し始めた。私はその行動に一時間近く待たされた。その間にスマートフォンでtime writeの事を調べて彼の呟きに何を欲しているのか考えたりしていた。暫くするとAzamiは仕度を終えて
「すまない。待たせたな。どうだ? 変じゃないか? ツムギ君? 」
と落ち着かない様子で私へ声を掛けた。Azamiは今までホットパンツから長い脚を覗かせTシャツ姿で有ったが、膝丈のフレアスカートになり可愛らしい装いになっていた。私は急なAzamiの衣装替えに戸惑いながらも
「Azamiさんはスッゴク綺麗だから似合ってますよ。」
そう言うとAzamiはホッとした顔をしてショルダーバッグを手に取り、二人で駄菓子屋から出掛けた。
そして私達は海辺の町へと辿り着き駅で降りた。Azamiは下ばかり見て何度も深呼吸をしている。Azamiが私にお願いした事は海辺の喫茶店へ一緒に行って欲しいとの事だった。私はそれを快諾したのでこうやって来ているのだがAzamiの様子がどうもおかしい。急に衣装を替えてイメージを変えて、そしてなんだか落ち着かない様子である。
「もしかしてAzamiさんって朗次さんに会いたいんですか? 」
「ろ、朗次さんって、マスターの名前は朗次と言うのか? そうか朗次さんか。」
Azamiは喫茶店店主の名前を知って嬉しそうにしている。私はこれは訊くまでもなく好きなのだと判断してこれ以上訊くのを止めた。足早にAzamiは喫茶店へと向かい、私はその後ろをテクテクと付いて歩くが足の長さの違いからどうしても追い付けずに少しAzamiを羨んだ。
空は青々と澄み渡りポツリポツリと浮かぶ白い雲が夏の風情をより強調している。Azamiは喫茶店の前に立って、風に美しい黒髪を靡かせながら笑顔で私を待っていた。いつも強気なAzamiだがこの時ばかりは私を先に店内へ入る様に促した。
店内ではいつもの様に店主の東陶 朗次がカウンターでノートに何かを書いている。静かに店内へと入った私に気付かない朗次へ
「こんにちは。小説は進んでいますか? 」
と声を掛けると、気付いていなかった朗次は鉛筆を落としそうになって慌てて中空で鉛筆をキャッチしながら
「おっ、おっ、紬ちゃんいらっしゃい。」
そう言いながら私の後ろへ目をやると驚いた表情で
「おお、Azamiちゃんと一緒だなんてどうしたんだい? 珍しい。月下契約にでも入るのかい? 」
唐突な朗次の言葉に今度は私が慌てて顔の前で手を左右に振りながら
「そんなんじゃないですよ! 二人でコーヒーを飲みに来ただけですよ。」
そう答えると、朗次は笑いながら私達を席へと案内した。相変わらずテーブルの上には一輪挿しに向日葵が飾ってある。Azamiはいつになくお淑やかに席へと座りショルダーバッグを隣の席へと置いた。そして朗次は私達のテーブルへお絞りとお冷やを持って来たが、どうも私達への接客と様子が違いどことなく緊張しているのが伝わった。私は朗次もAzamiに好意を持っている事に勘づいて何か楽しい気持ちになってきた。Azamiも朗次も相思相愛にも拘わらず、それをお互いに知らないから緊張し合っているのに二人とも好意を持っている事を私だけが知っている優越感に浸った。




