22話 夢前とAzami
私はアパートの部屋へ戻ると電気を点けて久し振りに明るい中で見る自分の部屋を確認した。そしてテレビの電源を入れるとスマートフォンを充電器へと立て掛けた。そして私は久し振りに自宅の風呂場へと行き、溜まっていた洗濯物を洗濯機へと入れ、クローゼットから部屋着と下着を取った。私は部屋着と下着を棚へ置き、それから衣服を脱いで一緒に洗濯機へと入れて洗濯を始めた。
余りにも久し振りでいつもは五月蠅い洗濯機の回る音すら愛しく思えた。そしてシャワーを浴び身体を洗いながらもAzamiと夢前の事が頭から離れなかった。私は無駄に劣等感をぶり返しながらもそれでもtime writeへ会いたい気持ちは揺るがない事がまた自分を苛んだ。
私はシャワーを浴びてスッキリした所で日常の有り難みを噛み締めながらスマートフォンを手に取った。そしてtime writeの動画を開いて音楽を聴きながら窓から見える月を眺めた。この歌の様に同じ月を彼も見ているのだろうか? そんな風に考えるとただの月も特別な物に感じられ、全てを繋ぎ止める優しい光りに思えてきた。その事が私に元気を与え溜まっていた家事の事などを思い出し
「よし! 」
と気合いを入れて家事を済ませた。些細な事ではあるけれど水や電気にどれだけ支えられて居るのかを実感して私は眠りに着いた。この日ばかりは不安な気持ちに呑まれ無い様にいつまでも蛍光灯の明かりを点けたままで、目を瞑っても感じる温か味に安堵しながら。
――朝、目が覚めるとそれでも点いていた蛍光灯に安心して起き上がった。まるで悪夢が夢だと知った時の様な気持ちで私は深く息を吐いてカーテンを開けた。そして朝陽に煌めきどこまでも広がる海を見て、私はもう一度夢前に会う事を決めた。
そして私は準備をして隣町へと出掛ける為に駅へと向かった。私はいつも眺める海へも目をくれずに早足で歩き、喫茶店を横目に通り過ぎて駅へと辿り着き隣町へ行く汽車を待った。
汽車が来るとスマートフォンへイヤホンを着けてずっと月下契約の歌を聴きながら、一人で汽車に揺られて彼や夢前、そして病に倒れたサオリの事を考えた。
勇みきって出たは良いのだが未だに私は気持ちの整理が着かずに一度サオリの入院している診療所へと顔を出す事にした。
診療所ではサオリはまだ無理は出来ないが少し回復を見せていた。私は体力的な事を心配して早目にお見舞いを切り上げて夢前の駄菓子屋へ出向いた。
外観の古ぼけた木造の商店は夏の陽射しと陽炎に包まれて『かき氷』と書かれた旗が風に揺らめいていた。私は店の引き戸を開けて店の中へと入ると居間から夢前が現れて
「いらっしゃい。ああ君かよく来たね。」
そう美しい黒髪を掻き分けて微笑み挨拶をした。私は緊張しながらも
「はい。どうしても夢前さんに訊きたい事が有って居ても立っても居られなくて来ちゃいました。」
「訊きたい事か。まあ良いだろう。」
「夢前さんはAzamiさんですか? 」
「ああ。私は夢前Azamiだ。一応内緒なんだがそれを訊ねたのは君が初めてだから教えよう。ツムギ君。」
アッサリと答えられた解答に私は薄々勘づいて居たにも拘わらず、驚き反応出来ずに戸惑い次の言葉を探すがなかなか出てこなかったが、少し間を置いて
「私、月下契約が好きでずっと気になって、Azamiと夢前さんの声が同じだったから。」
「そうか、君はなかなか耳が良いな。歌う時はキーが2つも上がって居るのに声質で気付くとはな。」
「私、time writeさんが好きなんです。」
自分でも予想しなかったが私は突然にAzamiへ告白してしまった。これは嫉妬に似た気持ちでAzamiを威嚇したのかもしれない。Azamiは唐突な告白を聞いて微笑み
「では今度は私が君の事情を訊こうかツムギ君。中へ入り給え、飲み物は何が良い? 」
「飲み物は結構ですが、お邪魔させて頂きます。」
「しかし御客人に茶も出さぬとなれば私の品も下げるので冷たい茶でも出そう。」
Azamiへ案内されて居間へ入ると円形の座卓が有りそこへ座蒲団を敷かれたので私はそこへスカートをたくしながら正座した。Azamiはコップへ氷の入った麦茶を私の前へ置き、その横へ小皿に切り分けた羊羮と楊枝を並べ
「どうぞ召し上がれ。」
そう微笑み座卓の向い側へと胡座をかいて座った。そして
「time writeは人目に出ないが何で君は彼が好きなんだ? 」
私はその問いに躊躇せずに隠し立てせずに伝えようとAzamiの目を見て
「以前、夜に海辺で偶然彼と出会いました。ただその時に電気が消えてしまい姿は見えませんでしたけれど、そこで彼の演奏と歌声を聴いて、それから少し話す機会が有ったんです。」
「ああ隣町の停船所か。あそこによく行ってるみたいだな。」
「はい。私はその近くに住んでいて。偶然夜中に散歩していて出会いました。まだ二回しか会っていないんですけど、ずっと彼に会いたいと思うんです。」
「そうか率直に言ってあげよう。私とtime writeはただのユニット関係で恋仲では無い。安心しただろ? しかし君も厄介な男に恋をしたな。」
Azamiは呆れた様に笑うと缶のコーラを開けてひと口飲んだ。私はAzamiの言葉にホッとしてやっと動ける様になり、Azamiと同じタイミングで麦茶を飲んだ。久し振りに飲んだ氷の入った冷たい麦茶は夏の暑い日に渇いた身体へ染み込んだ。それから今度は私から
「彼は厄介なんですか? 」
「ああ厄介だ。彼は人間が好きではない。そして音楽の事しか考えていないぞ。私はそんなtime write君が心配でな。それに私は女として恋する乙女は応援したいからな。」
「そうなんですね。」
私はAzamiが応援してくれる事は嬉しかったが、彼が人間嫌いである事を聞いて少し自信を無くした。その表情を見たAzamiは
「そうだな。よくよく考えれば応援するとは言ったもののアイツの人間嫌いは筋金入りでな。私もそこまでアイツの情報を持っている訳では無い。そうだ私が知っている限りの情報を君に話そう。その前に私は君の事をよく知らない。君が悪い人間で無い事は判るが知っておかないとな。」
そう言ってカラカラ笑いまたコーラをひと口飲んで私の目をジッと見詰めた。Azamiの目は力強くて私は目線を逸らそうとはしたが、Azamiから目を離せずに固まった。




