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21話 心と残響




 新築でガラス張りの診療所では自動ドアが開きっぱなしで、開いている事は一目で判った。タクヤは診療所内へとサオリを抱き抱えて入ると窮状を理解した女性の看護師がタクヤを診察室へと案内した。暫くするとタクヤは一人で出てきて受け付けへと事情を説明してから私達の所へと戻ってきた。タクヤの説明ではサオリは足の傷から菌が入り暫く点滴による治療の為に入院が必要との事だった。


 夢前は診断結果を聞くとホッとした顔をして


「まだ安心は出来ないが一先ず安心と言った所か。私はこれで帰るがまた遊びに来ると良い。じゃあなタクヤ君、ツムギ君。」


私達とあっさりと別れて帰って行った。そう言った後腐れ無くスムーズに動く姿がまた夢前の余韻を残した。そしてタクヤは私へ


「紬ちゃん悪いんだけどさ。サオリが入院するために着替えなんかが必要なんだけど、俺には女の子に何が必要か判らないからさ。一緒に入院準備を手伝ってくれない? 」


そうモジモジしながら言ったので私はうんと頷いて二人でサオリのアパートへと向かった。タクヤがアパートの鍵を開けて、私はサオリの入院に必要そうな着替えや洗面用具を揃えて診療所へと戻った。サオリは抗生物質の点滴により落ち着き、眠っていた。タクヤは心配もあり付き添いたがっていたが、私もタクヤも血縁関係者でも無いために付き添う事は出来なかった。そしてタクヤと診療所を出ると私は電気も戻ったので汽車で自分のアパートへと帰る事にした。


 もう夕陽は完全に沈み夜になっていた。私はそのまま診療所から駅へと向かったが1つだけ心残りが有った。


 私は夢前の声に聞き覚えがあった。その事が気になっていた。


 私はいつもの様にその事を抑えられずに、気付けば夢前の駄菓子屋の前に立っていた。そして勇気を出して硝子戸をノックし、硝子が木枠の中で震えてガシャガシャと音を立てると


「ごめんください! 夢前さん! 私です、紬です。」


そう大きな声で呼んだ。しかし中から反応は無く周りは静かなものだった。私はもう一度呼んでみたがやはり反応は無く、今日は諦めて帰る事にした。街灯の明かりに影が伸びて道の前へと続いている。私は電気が戻った事を思い出してバッグからスマートフォンを取り出した。久し振りに見るスマートフォンの画面は明る過ぎて眩しくて私は目を細めた。これでは眩し過ぎて見れないと画面を消してバッグへ仕舞い駅へと急いだ。


 駅には明かりが点っていて汽車も動いていた。私は駅で切符を券売機で買うと数名の人達が次の汽車を待っている。照明に写し出された人達は男性ばかりで何処か疲弊した表情で影があり私は少し怖くなり距離を置いて汽車へと乗り込んだ。何故か不安な気持ちに駆られた私は汽車の中ではスマートフォンを開いて眺めることにした。もし何か有ったとしても連絡を取れる様に、そしてこの電気が消えた間に世の中で何が起きたのかを知る為に。


 ニュースやSNSでは『停電』と書かれている。私はその事に違和感を持ったが、やはり電気は予備のバッテリーや発電機からも電気が起こっていない事も書かれていた。これからの人類は電気を使えなくなることを想像してこの4日間の出来事を思い出して、あの生活がこれからずっと続く事を想像してゾッとした。不安な気持ちを誤魔化す為に私はとりあえずタクヤへメッセージを送る事にした。サオリへの心配と後日お見舞いに行く事を書いて、それからtime writeのSNSをチェックしたが新しい更新は無かった。


 私は月下契約のSNSページを見付けて歌の歌詞を読み、車窓から流れる景色の中で一つだけ動かずに浮かぶ月を眺めた。月はいつもと変わらずに優しく輝き下に広がる流れる景色の輪郭をボンヤリと照らしている。私は少し詩人になれた気持ちになりながら汽車は私の町へと近付いて、動く景色は徐々に速度を緩めていきやがて完全に止まってしまった。


 駅を出て月が綺麗だから、もしかしたらtime writeが居るかもしれないと考えた。しかし周りを見回すがギターを持った青年は見当たらず


「こんな大変な時に居る訳ないよね。」


独りで呟いて青く染まる海辺を眺めながらアパートへと歩き始めた。外灯の明かりが点々と海へと映り波の動きに揺らめいて光り輝くクラゲの様に、その様に思えば『海月』と書いてクラゲと読むのも納得の出来る。そんな風流めいた事を考えながら月の下で彼がギターを奏でて歌う姿を思い出し、なんだか私は心の中で彼と一つになれた様な気さえしてきた。余りにもそれが当然の様に感じてきたので


(なんか私ヤバくない? なんかストーカーみたいじゃない? )


と心の中で呟いて一度歩きを止めて月を見ながら深呼吸をした。しかしそんな考えとは別に私はその深呼吸で月の光りを吸い込んでいる様な心地好さに包まれ、波の堤防を叩く音や、木々と潮の香りが合わさった匂い等が私の胸で音楽を奏で始めている。私は思わず彼の歌を口ずさみながらフワフワとした気分で歩き始めた。私はまるでAzamiにでもなった様な気分で、隣に彼の演奏がある様に海辺をステージの歩きながら。


 そして私は帰り道に彼の歌を一曲歌い終えてしまった。その時に私はAzamiの声と、隣町で出会った夢前(ゆめさき)の声が似ている事を思い出した。透明感のある中で力強さを持った綺麗に通った声が重なる事を。


 以前喫茶店の店主へ聞かされたAzamiの特徴とも重なり、私は確信に似た気持ちになっていた。もし夢前がAzamiだったら、彼の隣であんなに綺麗な人が歌っているのであれば、私には何一つ勝てる所が無い。綺麗で、力強くて、優しくて、人の為に動き、人をあんなに元気付けられる完璧に近い存在に私は劣等感に苛まれた。


 何の取り柄も無く、何かをやりたい情熱も無く。美人でも無く、背も低くてスタイルも良くは無く、そんなにお洒落でも無い自分に卑屈さを覚えた。せめてサオリぐらいに可愛いければ私は劣等感を持たなかっただろうか? 何か自慢の出来る特技でもあればこんな気持ちには為らないのだろうか? そんな下らない事ばかりが私の中でぐるぐると巡っていった。


 そんな自分が少し嫌になり、私は下を向いたままアパートへと近付いた。それでも私の上では何事も無かったかの様に月は輝いていた。



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