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20話 サオリと病




 私達は大鍋でカレーを作り他の人達は炊き上がったご飯をよそい、カレーライスを被災した人達へと配っている。電気も無い日々が続いて温かいご飯を食べていなかった為、皆が美味しそうに食べていた。夢前は私達へもカレーライスを手渡して


「急な手伝いですまなかったな。君達も食べてくれ。もうこんなに米や食材が手に入るか判らないからな。しかしこんな非常時は今を大切にするべきだ。」


そう言うとカラカラと笑いながら他の人達へも配り始めた。彼女の声は澄んでいるのに力強く、私達や周りの人達を勇気付けていた。私はそんな彼女を少し羨ましくも思った。しかし何処か彼女の声は懐かしくも感じ、私は不思議な気持ちに陥った。サオリとタクヤも夢前が気に入ったらしく終始彼女へ付き添っていた。


 ただこの元気は一時の物である事は誰もが胸の中に有ったが、久し振りの温かい食事と夢前の言葉に皆が談笑を楽しんでいた。


 私は食べ終えたカレーライスの器をポリタンクの水で洗いペーパーで拭き取り段ボールへと片付けた。すると夢前は私の隣へ来て


「今更だが、転んだ時に怪我はなかったか? 」


美しい顔を近付けてそう話し掛けて来たので私は赤面してしまい俯いたまま


「大丈夫です。軽く転んだだけでしたし。それよりも夢前さんは不安じゃないんですか? 火災だけじゃなくて電気も使えない世界になって...... 。」


そう質問すると夢前はいつもの気っ風の良い口調と違い柔らかい言葉で


「そうだな。しかし私達はそれでも生きる選択しか無いのだから少しでも楽しくやるべきなんだろうって思うんだ。」


そう言うと黒く美しいきらびやかな髪をたくし上げて結ぶと


「まあ君は君の想いを持て。」


そうカラカラと笑いながら集会所の被災した人達の輪の中へと消えていった。黙ってそれを見送る私へサオリとタクヤは寄って来て


「ツムリン、そろそろ夕方になるし私達も帰ろっか? お腹もいっぱいだし。」


「そうね。まだあのお店開いてるかな? 」


「帰りに寄ってみよっか。」


私達は炊き出しのスタッフへ挨拶を済ませると集会所を後にした。そして気になっていた古びた商店へと向かって歩いた。私達は商店へと辿り着き、まだ開いているか確認した。昔のジュースの看板に木枠に硝子張りの引き戸、鍵は掛かっておらずにガラガラと音を立てて戸は開いた。中へ入ると薄暗い土間になっていた。しかし棚は新しく綺麗にしていて、そこへお菓子や缶詰めが整頓されて並んでいた。


「へえー、古臭いと思っていたけど何か凄く手が込んだお店だな。」


タクヤがそう言いながら棚を見ていた。私もこの状況下で食料品を売っているこのお店の商品を見ながら、設備が新しい事からこのお店がまだ新しいお店だと気付いた。サオリは疲れたのか店内に有るベンチへ腰掛けて黙っていた。先程カレーライスを食べたばかりであまり欲しいとは思わなかったが、今後の事を考えれば今買って置かなければと私はサバやツナの缶詰めを手にとって消費期限等を調べていた。


「いらっしゃい。おや? なんだ君達か。」


表の戸口から現れたのはさっきまで一緒に炊き出しをしていた夢前(ゆめさき)だった。夢前は荷物を店内の棚の裏へと運びながら


「さっきはありがとな。ここは私の家兼店だ。ただの駄菓子屋だがゆっくり見ていってくれ。」


「あっ、自分手伝いますよ。」


タクヤはそんな夢前を手伝い始めて表から炊き出し道具を運んだ。思っていたよりも荷物は少なく、運び終えた夢前は


「青年、ありがとう。これでも飲みな。」


そう言ってドリンクケースからラムネを3本取り出してタクヤへと渡した。タクヤはそのラムネを受け取ると私とサオリにも配り、私はぬるいラムネの詮口のプラスチックを押し当ててビー玉を下へと落とし込んだ。するとラムネからは炭酸の泡が溢れ出したが下が土間だったので、そのまま地面へ染み込んで消えていった。私達がラムネの泡にあたふたしている姿を見て夢前は笑っていた。


 私は夢前が土間の奥の居間から腰掛けて眺めている姿が夕陽に照らされて美しく思えた。そして何か話し掛けたくなり


「ここの商品は全て定価なんですか? 」


とどうでも良い事を訊ねていた。夢前はそんな私へ


「こんな状況下ではお金の価値も無いからタダでも良いが、一応定価だよ。食料品なんか不足しているだろ? 米なんかも有るぞ。」


と入り口付近の棚を指差した。棚の方を振り向こうとした時にサオリがベンチで倒れていた。私は慌ててサオリへ近付き


「大丈夫? どうしたのサオリ!? 」


「...... ごめん。何か急にキツくなって...... 。」


私はサオリの額へ手を当てると熱が有った。するとタクヤもサオリの傍へ急いで近付いて


「サオリ大丈夫か!? 」


「たぶん少し休めば大丈夫だよ...... 。」


タクヤの問い掛けにも力無く返事した。夢前はそんな私達を見て


「おい!青年、その子をこっちの居間へ運んで寝かすんだ。熱が有るんだろ。」


そうタクヤへ言い、タクヤはサオリを抱えると夢前の居る居間へと運んだ。夢前はサオリへ枕を敷いて洗面器に水を入れてタオルを濡らして絞り、額へ当てて


「サオリ君、寒気は無いか? 」


「すみません。少し寒気が...... 。」


サオリがそう答えると、夢前は毛布を持ってきてサオリへと掛けた。私とタクヤが心配そうにサオリを見ていると夢前は


「この近くに診療所が在るから、少し落ち着いたらそこへ連れて行こう。電気も無いから対処できるかは判らないが、ここよりはましだろう。」


「夢前さん本当にありがとうございます。こんなに親切にしていただいて。」


「ツムギ君、君達には世話になったから気にするな、お互い様だ。」


私達はサオリを見守りながら時間は徐々に過ぎていき、ただ額のタオルを交換するばかりで何も出来ない歯痒さに苛まれなかながら陽は赤味を帯びていた。


 しかしそんな中で急に私達へ希望を与えるように居間の蛍光灯に明かりが灯った。そして私達や夢前のスマートフォンの通知音が鳴り始めた。


 電気が戻ってきたのだ。


 私達は少し落ち着きを見せたサオリを夢前の案内で診療所へと運ぶ事にした。タクヤはゆっくりとサオリを抱き上げると、私はタクヤの自転車を押して夢前の案内へ付き従った。そして私達は陽が夕陽へと変わる頃に診療所へと辿り着いた。



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