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2話 私とサオリ




 サオリはいつもの屈託の無い笑顔のままで私の腕を掴み、カフェの向かいに広がる停船所へと歩いて自動販売機の前に立った。停船所では防波堤に波が消されて緩やかなうねりに身を任せ、繋がれた船達が揺蕩っているのを私は眺めていた。


「ほらツムリン好きなの押しなよ。」


私がその声に目を向けると、自動販売機には840と数字のランプが点いていた。咄嗟に私はサオリがお金を入れてくれた事を理解して、ペットボトルの緑茶のボタンを押した。サオリはお釣りとドリンクを取り出すと、私に緑茶を渡し自分の手に持った紅茶のペットボトルを見せ


「まだお昼までに時間が有るし、ここでお茶して行こ。」


と笑顔を見せるので合わせて私は頷いて、二人で防波堤の等間隔に並ぶ階段の日影に腰を下ろしてペットボトルで乾杯をした。そしてサオリは紅茶をひと口飲むと


「そう言えば昨日、ツムリンが言ってた『同じ月の下で僕達は空を見上げた』っての調べてみた? 」


「うん。一応検索してみたけど出て来なかったんだ。」


「じゃあTube Lineで調べてみたら? あの動画アプリで調べるとまた違うかもよ。特に歌なんかはさ。」


「あー。そっか! 」


私はサオリの言う通りにスマートフォンの動画アプリを開いて検索を掛ける事にした。そして『同じ月の下で僕達は空を見上げた』そう入力して検索すると1つの動画が選択された。それは『time write』と名乗る動画投稿者の動画だった。私は何気無く画面をタップすると動画が再生されて古いトーキーフィルム調アニメが動き出し、曲のイントロが流れ可愛らしい女性の声で歌が始まった。


「ツムリンの言ってた歌ってそれ? 」


「うーん。同じような気がするけどこの人は女性だし、あの人とは...... 」


「あの人!? なになに? ちょっと待ってよ。ツムリンもしかして恋!? キャー。」


私は顔が紅潮するのを感じながらも、突然のサオリの言葉に興奮して


「いや、そんなんじゃないって! 落ち着いてサオリ。」


そして私は隠そうとしていたのを諦めて、昨晩の事を洗いざらいサオリへと話した。サオリはそれでも目を輝かせながら


「ツムリンそれってやっぱり恋かもよ。ムフフフッ。」


とニヤニヤして私の顔を見ている。そしてサオリは私のスマートフォンを手に取ると、動画を最初から再生させて真剣な顔で聞き入っていた。そうするとスマートフォンは突然プツンと電源が切れて真っ黒な画面になった。そしてサオリは私のスマートフォンを私へと戻して


「最近私のスマホもよく切れるんだよね。それでさ。確認したいんだけどツムリンが、その男の人に会ったのって昨日の夜だよね? 」


「そうだけど...... 」


「それだったらおかしいんよね。」


「なんでよ? 」


サオリは言葉を溜めてペットボトルの紅茶をひと口飲んで私の目を見ながら


「さっきの動画が投稿されたのって今日よ。その他の検索では出てこなかったんでしょ? その人はどうやってその歌を知ったんだろう? 」


正直私はその事には気付いてはいなかったが、サオリの言う通りならそれはおかしな事だった。世の中に出て居ない歌を歌えるのは創った人だけだ。それともネットに上がっていないだけで、何処(どこ)かでは歌われていた歌なんだろうか? そんな事を真剣に考えていたら隣でサオリはスマートフォンを手に取り


「あっ、もうこんな時間だ。ツムリンご飯行こ。」


そう立ちあがり、手を差し伸べて来た。私はサオリの手を掴むと立ち上り、近くのお店も開いていないので私のアパートで料理をご馳走することにした。



 そして私達は私の作ったバジルソースのパスタにカプレーゼを添えた物と、サオリが途中のコンビニで買ってくれたアイスクリームを食べながら他愛ない話しに花を咲かせた。それからテレビを見ながら笑ったり、時折起こる停電にキャーキャー騒いだり、さっきの歌の動画を聴いたりと二人で居る時間はアッと言う間に過ぎていった。それはまるで二人で居ると時間は楽しみでギュウギュウに詰まって弾ける様に過ぎていく。


「ねえ、今日は私のアパートに泊まっていかない? 」


「ナイスアイデアだね。」


私の問い掛けにサオリは満面の笑みでバッグからお泊まりセットを取り出してそう答えた。私はそんな準備の良過ぎるサオリが可笑しくて思わず息を吹き出した。サオリはそんな私を見て嬉しそうに


「ツムリンありがと。」


その言葉と共に部屋の電気が全て消えた。薄暗く輪郭のみを見せる家具達の先に沈みかけの夕陽が見えて、私は度々起こる停電よりも心が引かれる程の景色にベランダの扉を開いて身を乗り出して見入った。


 赤と橙色の混ざる陽は眩しくありながら柔らかく、海辺の日常を包み込んで海面で弾ける様に反射を繰り返し、全てを輝かせていた。見蕩れる私の隣にサオリが並んで長い髪を風になびかせながら私を見ると


「やっぱりツムリンは可愛いよ。こんな友達が私はずっと欲しかった。」


そう言って息が苦しい程にハグをしてきた。しかし普通であれば照れて動けなくなるこの状況でも私は心を動かされる物が目に入った。ベランダから見える港の防波堤をギターケースを抱えて歩く男の姿だ。もしかすると昨晩の彼かも知れない。そう思うが言葉の出ない私が口をパクパクさせていると、それを感じたサオリが海の方へと振り向くと


「ツムリン会いたいんでしょ? 行こ! 」


「えっ、いや、私はそんなんじゃ。」


「いいの。行くの。恋かどうか確かめないと、ずっとモヤモヤしたままだよ。」


サオリはそう私の手を引いて、外出する支度も無くアパートの玄関へと急いだ。夕暮れの陽落ちは早く、オレンジ色に輝いた海辺は青みを濃くしていき、暗く静かに波の形だけを残していった。そして外灯がポツリ、ポツリと灯りだし、私とサオリが港へ着く頃にはスッカリ暗くなっていた。


 色味を失った暗い海辺は昼間に焼かれたコンクリートの熱と、波の音だけの静かな世界で、私とサオリの足音だけが交互に響いた。そして揚々と鼻唄交じりで歩くサオリに反して私は嬉しさと不安と緊張が入り乱れてとても周りの状況など入って来ずに唾を何度も飲み込んだ。

 

 意に反して何の考えも纏まらないまま、防波堤先の灯台へとたどり着いてしまった。防波堤にぶつかる波の音に隠れて仄かにギターの音が聴こえた。サオリは私の肘を掴んで前へと急かし、力強い目線と共に微笑んで送り出した。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 表現がとにかく素敵です。
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