16話 充電とニュース
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僕は気付いたらずっと自分の中の世界へ居た。
動画配信で得た広告料が振り込まれた通知が来たので、それを引き出すと食料や本を買い漁った。そして自分の投稿した動画を確認しながらダラダラとご飯を食べていた所までは覚えている。それから部屋の窓辺のソファーへ寝転がり窓から覗く上弦の月を眺めていた。
僕は不安だった。最近起こる停電や、動画配信のお陰で生活は出来てはいるがAzamiが有名になってしまえば僕から離れてしまうのではないかとか。
人は結局自分の事しか考えない。
いつだってそうだ。利用価値が有れば人は寄って来るが、それに価値を見出だせなくなれば人は自然と離れていく。別に人から囲まれたいとは思いはしないし、利用価値が有る事は大切だと思いはするが、僕の創った曲を上手く歌える人が居なければ僕の存在に価値は無い。ただこの部屋の中で言葉が降り積もり動けなくなってしまうだけだ。
僕は自分の中の世界へと入り込み、空に浮かぶ二つの穴から外を覗いていた。部屋の茶色い冊子窓から見える上弦の月はただ黄色く夜空で浮かんでいる。僕は何だか寂しくなってAzamiの声が聴きたいなんて思いながら月を眺めている。そして時間が経てば経つほど雲は増して行き時折月を隠してしまう。僕はボーッとそれを眺めている。
そのまま僕はどのくらいご飯を食べていなかったのだろうか? ずっと心の中の世界で外の世界を眺めている。そして目に入る物を文字へと変換して、それを更に歌にして曲を重ねて行く。幾重にも幾重にも重ねて僕の頭の中は音楽でいっぱいになって行く。
最早今が夢か現実か妄想かさえも判らない。
この曲の歌声がAzamiだったらどうなるのだろうか?
僕はこの曲を歌ってもらいたく、Azamiと連絡を取りたくて現実の世界へと引き戻される。僕の中の世界はグネリと曲がり、捻れた穴から意識が這い出る様に現実へと戻る。僕はソファーから起き上がると、暫く同じ姿勢で居たからか節々が痛む。まるで関節と言う関節から水分が抜け出た様に軋んで、痛みを伴いながらに僕はテーブルのスマートフォンを手に取った。残念ながらスマートフォンは電源が切れており、僕は充電器のUSBケーブルを差し込んだ。するとスマートフォンの端が赤く点灯して充電が開始された。
スマートフォンの充電を待つ事にしてソファーへ腰掛けると、窓の外にはギラギラとした太陽が見える。月を見ていた筈なのにと部屋の電波時計で時間を確認すると、僕がソファーで寝転がり月を見ていた日付から4日程経っていた。その事に気付くと無性に腹が減りキッチンへとよろけながら歩いて行き、階段を降りる際には躓いて壁へと凭れ掛かった。それでもフラフラとキッチンへ辿り着くと電気ケトルへ水を注いで湯を沸かした。そして戸棚へ入れておいたカップ麺を漁り、僕はカップ焼きそばを選んで放送のビニールを剥がした。
カップの底を爪で破るとビニールの端を摘まんで引き剥がし、蓋を半分ほど破ると中の小袋を取り出してキッチンテーブルへと並べた。そしてかやくの小袋を破り、カップ焼きそばの中へと入れてお湯を注いだ。半分開けた蓋を閉めるとその上にソースを乗せて少し待つと、湯抜きの蓋を外して湯を切り、箸でほぐすと湯気が顔へと当たり小麦粉の芳ばしい香りに食欲をそそられた。そこへソースを掛けて混ぜれば尚更空腹が刺激されて唾を飲み込みながら青海苔を振り掛けた。
僕は一気に口へと頬張り、少し噎せてしまったが暫く空腹だったせいか一気に食べ終えてしまった。空腹が満たされるとここに目的は無く、容器を水洗いしてゴミ箱へと投げ入れて階段を駆け上がり部屋へと戻った。僕は四日間も意識がなかった為にテーブルのリモコンを手に取りテレビを点けた。テレビでは背広姿でオールバックの若い男性ニュースキャスターが各地の停電による災害状況等を話していた。僕は事情を全く把握出来ていなかったが、何か世の中では大変な事が有ったのだろうと思った。そして僕はスマートフォンの電源を入れると
「竹蔵町では大規模な火災が発生しており、現地では生存者の確認が引き続き行われております。」
そうテレビでニュースキャスターが話している声が聞こえた。竹蔵町と言えばAzamiが住んでいる町であることを知っていた僕は慌ててスマートフォンをフリックして通知を調べた。その中にAzamiからのSNSの連絡はあったが
『今回の新曲の再生回数なかなか伸びてるよ。』
と、どうやら停電前に送られた物だと考えられた。僕は停電後に連絡が無い事とSNSの更新が行われていない事で焦燥感に駆られ急いでメッセージを送ったが。既読も付かずに余計に僕は焦っていた。僕の中でAzamiは家族以外の唯一の繋がりなのだ。Azamiと出会ってからの人生の一変と、何よりも僕の創った曲を理解して歌える人物なんて彼女以外に考えられなかった。
しかしそんな時にふと一人の人間の事を思い出した。それは夜の灯台で出会った一人の女性だった。真っ暗な中で顔も名前も知らないけれど、僕の歌を、僕の曲を気に入ってくれた人だ。僕はその事を思いだし
「彼女はどんな子なんだろう? 」
つい口に出して独り言を言った。ここ最近であんなにも人と話したのは久し振りで、僕の中で彼女の事がずっと引っ付いている長い糸の様に気になっていた。僕はAzamiからの返信を待つ間にソファーへと横になり、そんなことを考えていた。あの人は僕の歌を聴く為に態々夜の真っ暗な停船所まで来てくれた。しかも何だか僕と話したがっていた。僕ももう少し彼女と話してみたかったが、人と面と向かう事を恐れて僕は逃げ出してしまった。だけどもう一度会ったなら彼女は何を話したかったのだろう? 僕は彼女へどんな答えを返しただろうか? 彼女は僕の歌を聴いている時にどんな顔をして聴いていたのだろうか? と、僕は暫く考えていた。
僕の頭の中はそんな事で一杯になり、それが何だか息苦しくて起き上がりギターを手に取った。そして頭の中に有る詰まった物を吐き出すかの様にギターを弾き続けた。Azamiの事は彼女の事を考えながら、その考えは僕を動かすのに十分な量へと膨れ上がり、僕はギターをギターケースへと仕舞うとそのまま夜になるのを待った。




