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15話 スマートフォンとノート




 私達はこの電気の無い生活にはまだ慣れずに、時折暗い気持ちになった。しかしそうだとしても動かないといけない事も理解していた私は、立ち上りベランダへと出て太陽を全身に浴びて「よしっ! 」と気合いを入れてみた。形だけでは有るが、それでも力が湧いた気がした私は二人を急かして隣町へと行く準備をした。


 私はバッグへタオルと朗次から貰った水筒を入れて玄関へ向かうと、サオリとタクヤも急いで玄関へと来て出発となった。


 相変わらず時間は判らないがきっと、日の昇り具合から9時位だろうと予想して歩き始めた。しかし歩き始めて10分程でサオリはしゃがみ込んで動かなくなった。どうやら昨日から歩き続けて足にマメが出来て破れたようだった。サオリはスニーカーを脱いでバッグから絆創膏を取り出して貼ると、また歩き出そうとしたが私は二人へ自転車で行く様にお願いした。


「タクヤくんとサオリは自転車で先に行ってて良いよ。マメって言っても病院も動いていないのに菌なんか入ったら大変だからさ。」


「そうだね。それは心配だ、俺は紬ちゃんの意見に賛成だからサオリは後ろに乗りな。」


タクヤもサオリの事が心配で私の意見に賛成してくれた。サオリは始め、私の事を気遣って歩こうとしたが、私とタクヤに止められて大人しくタクヤの自転車の後ろへ座った。タクヤも自転車に乗り漕ぎ始めると、やはり自転車は歩くよりも格段に早くて私は一人置いて行かれた。


 しかし今の私は寧ろ一人で歩きたかった。最近の色んな出来事を一度考えて纏めたい気持ちだったのだ。


 9時頃の太陽はいつも何か余裕を見せている。まだ力を隠している様に適当に輝いているから、空の青さもまだ弱くて歩くには最適だった。私はバッグからノートを取り出してtime writeの言葉を追った。彼に繋がるヒントが無いかと広げながら、喫茶店店主の朗次がノートを取る事の大切さを教えてくれたお陰で電気が無くなってもこうして彼を辿れる事を感謝した。


 彼は、彼の中でいつも言葉が溜まり、それを吐き出すかの様にSNSに呟いていた。誰かに伝えるのではなくて自分へ言い聞かせる様に。最後の呟きは


『もしも世界から電気が無くなってしまったら僕は居ないも同然で 僕の音楽なんて物は記憶にすら残らないだろう。』


そんな事を書いていた。私はその言葉に彼はネット上でしか活動していないから、この世界から電気が消えてしまう事を恐れている様に思った。実際にそうなのかも知れないが、それは彼に限った事ではない気もした。


 今やスマートフォンが手放せない現代で表現と言うものは、ネット通信が欠かせない状況だ。イラストレーターや小説家もネット上で活動している人が多いのにそこが無くなってしまった現状は致命的だと思う。


 しかし表現って何だろう?


 私にはそれが何か解らなかった。特に部活動をする訳でもなく、ただ漠然と勉強だけをして海が近くに在ると言う理由で進学した大学へと通っている私には今まで関わりの無い事であった。そんな私には解らない事に打ち込む彼に惹かれているかもしれない。


 開いてはみたものの歩き辛いことから私はノートを閉じて前を向いて歩き始めた。不思議とこの様な生活の中で神経が研ぎ澄まされたのか、それとも周りが静かだからなのか、日頃は気にも留めない事が視界へと入る。風による木々の揺らぎに蝉の声、夏の陽射しに照らされて煌めく緑葉、熱を帯びてくゆる陽炎、その全てが新鮮で私は気持ち良く歩を進める。


 夢中で風景を追いかける様に歩くと隣町へ続く丘へと差し掛かった。私はバッグから水筒を取り出して水をひと口飲むと、また歩き始めた。徐々に陽射しを強める太陽に、何気ない緩やかな登り坂でも木陰と日向での気温の違いがハッキリと別れる。影を踏みながら歩いて蝉の声の一つ一つの違いが耳に残る。私は今、夏の中を歩いているのだと浸った。そして丘を登り終えた所の木陰でサオリとタクヤはコンクリート塀へと腰を下ろして待っていた。近くに見えて歩くと意外と遠い事を感じながらも二人の傍へ急いだ。


 私はサオリへ水筒を渡すとサオリはひと口水を含んで飲み込んだ。そしてタクヤへと水筒を渡すとサオリは立ち上り隣町の方を指差した。その先に目を向けると広い範囲で焼けて真っ黒になった工場や、燃え崩れた家々が目に映った。しかし火は鎮火していてどうやら町へは入れそうだった。そしてサオリとタクヤの住んでいる辺りは燃えてはいなかった。サオリは


「私とタクヤはとりあえずアパートへ行くけど、ツムリンはどうする? 犯罪も多いし危ないかも知れないからここまででも良いよ。」


「いざと為れば俺が守るけど、態々怖い思いをする必要もないよな。」


とタクヤも続けて言った。私は首を横へ振ると


「せっかくここまで歩いて来たんだから一緒に行く。」


「そうね。ツムリンは見た目と違って動き出したら止まらないからね。」


「何よそれ。」


そう言って私とサオリは目を合わせて笑った。そしてそんな私達にキョトンとしているタクヤへサオリは


「ちゃんと守ってよ、タクちゃん。」


「任せとけ! 」


タクヤは自分の厚い胸板を拳で叩いて応えた。それを見てサオリは安心した顔をして自転車の後ろへと座るとタクヤは自転車を押して進み、私達はいよいよ隣町へと入って行った。


 町へ入ると先ずは焦げた臭いが私達を迎えた。何かが焦げた臭いでは無くて色んな物が焦げた臭いに私は息を吸うと喉に刺激を受けて咳き込んだ。すると、サオリとタクヤも同時に咳き込んだ。しかし歩みを止めずに進むと、徐々に黒く焦げた建物が近付いてくる。私はそれらに目を向ける事が出来なかった。思っていた以上に過酷で、想像以上に悲惨な状況を直視出来ずにただ道だけを見詰めて前へと進んだ。


 中には呆然と焼けた家々眺めて立ち尽くす人達がいる。私はそう言った人達の方も見れずに黙々と歩いた。タクヤは私達の安全を守るために周囲を険しい顔で見渡しながら歩いている。私も時折勇気を出して真っ黒に焼け崩れた町へと目を向けた。サオリはハンカチを口へ当てて下を向いている。家々は木造が多くたまに柱が立っているぐらいでほとんどの建物は崩れている。タクヤは私達を安全に誘導して、徐々にタクヤのアパートへと近付いてきた。



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