14話 暗闇と太陽
夜になり、僅かな事にも電気がない不便さを所々で実感させられる。階段を登るのにも段が見えずに恐る恐る確認しながら段を登り、ドアの鍵の位置も暗くて判らない。部屋に入れば尚更暗くて足下も何も見えない。私は何とか部屋の奥のカーテンを開いて月明かりを部屋へと取り込み少し、うっすらと見える様になった。
ベランダから外の景色を見ても暗くて何も見えない。しかし、海辺から離れた一軒の家が赤々と燃えていた。この町でも火事が起こっている。それでも私も、周りの人々も何も出来ない。私はベランダの戸を網戸へと切り替え風を取り入れると、手探りでクローゼットからタクヤとサオリへ布団を出して、私はそのままベッドへと入った。
疲れていたのかタクヤは直ぐにスースーと寝息をたて始めた。私は黙ったままのサオリの心中を探るように
「ねぇ、サオリ起きてる? 」
「うん。タクヤは直ぐに寝ちゃったね。」
「そうだね。喫茶店の朗次さんの家のお風呂気持ち良かったね。実は私、恥ずかしいけどずっとお風呂入ってなかったんだ。」
「私も。ほんとこれから私達はどうなっちゃうんだろうね? 電気が無いってこんなにヤバい事だとは思わなかった。」
「本当にそうだよね。電気無いと何も動かないんだね。明日はもう一度サオリ達の町へ行ってみよ? 」
「うん...... 。そう言えばツムリンは彼とはあれから会ってないの? 」
「雨とかで会えてないよ。そう言えば電気が消えてから毎日港を見ているけど一度も来てないなー。」
「ひょっとしたらこの町の人じゃないのかもね。」
「そうなのかなー。だったらもう会えないのかなー。」
「ぷっ、」
「何で笑うのよ。」
「ごめん。ごめん。なんだか恋してるツムリンが可愛いくて、何かホッとした。ありがとう。会えるよ、ツムリンと彼は、何かそんな気がする。」
「私もサオリとタクヤくんが居て心強いよ。サオリが笑ってくれて良かった。ありがとう。明日もあるから寝ないとね。」
「何よそれ。心配してくれてたんだ。ありがとうツムリン。そうね、寝ないとね。おやすみなさい...... 」
そんな会話をした後で私とサオリは真っ暗な中で目を閉じた。いつ寝たのか判らないけれど目を閉じている内にいつの間にか朝を迎えていた。きっと体の軽さから私は熟睡していたのだと思う。
私が目を覚ますと既にタクヤが起きていてベランダに立っていた。そして朝日の中で背伸びをしているのが目に入った。
「タクヤ君もう起きてたんだ、おはよう。」
「おう! 紬ちゃんおはよう! 」
タクヤはスポーツマンらしく爽やかに元気な挨拶を交わしてきた。寝起きの私は少したじろぎながらも、この状況に馴れていかねばと思い起き上がった。タクヤは起きた私にいつになく真面目な顔をしている。私はタクヤの居るベランダの方へ行くと
「紬ちゃん本当にありがとう。君が居て助かったよ。サオリっていつもあんな感じだけど本当は弱い所もたくさん有って、今回も相当参ってるんだけどさ。きっと紬ちゃんが居てくれてホッとしていると思う。」
突然のタクヤの感謝の言葉に私は慌てながら
「そんなことないよ。私がいつもサオリに助けられてんだから。」
そう応えた。するとタクヤは笑顔をみせて
「俺の感謝はそれでも変わらんよ。そういやサオリから聞いたけど、紬ちゃんはtime writeって人に会いたいんでしょ? なんだったら捜すの手伝うよ。後でソイツの事教えてよ。」
そう言い、海へ向かい背伸びをしてから部屋の中へと戻ってきた。そして寝ているサオリの隣へ座り、ズレた毛布を掛け直していた。私はそんな優しくされる姿を羨ましくも思った。そしてtime writeを捜す事を手伝ってくれると言うタクヤの言葉にtime writeのSNSを写したノートの事が頭を過った。それからは私は部屋の中へ他人が居ることで寝起きで洗顔したり、歯を磨いたりしたくなった。お化粧をするにしても着替えるにしても、水も無いこの状況に少し苛立ちに似た気持ちを感じた。しかし洗面所に大量のマウスウォッシュが有る事を思いだし、私は少し嬉しくなりながら洗面所へと向かった。
何とか歯磨きだけ出来たので部屋へと戻るとサオリも目を覚まして、タクヤにハグをしていた。私はなんだか見てはいけないものを見た気がしてもう一度も洗面所へと戻った。明かりの無い薄暗い中で鏡を見ながら色々と考えた。
今や電気が無い為に、今まで当たり前に出来ていた事が何も出来ない。中でも大きいのが『火』と『水』と『光』だった。まあしかし火は原始的なやり方であればどうにか起こせる。そして火が有れば光もどうにか出来る。問題は水だった。水は遠くからポンプを使い高い位置へと汲み上げられ、それを配管によりまた遠くへ分配されているが、その汲み上げのポンプが動かない。私は飲み水や洗濯や洗顔やお風呂で使える水の確保を考えた。朗次の所の様に手動式のポンプで地下水を汲み上げられれば良いのだが、それには膨大な人力とコストが掛かる。そこで河川や山水を汲む案も考えたが山までが遠すぎるのだ。そこを考えれば、回数を減らして朗次の所でお世話になるしかないと考えた。
そして私は少し時間を空けて部屋へと戻り、サオリと挨拶を交わした。サオリは寝起きで
「ねえツムリン。何とかして顔を洗いたいよね。喫茶店のマスターの所でも寄ってく? 」
「そうよねー。私もそれを考えてた。」
私達は何気ない生活を失い、今まで考えて居なかった事を考えさせられた。私はその時にウェットティッシュが残っているのを思い出して、それを取り出してサオリとタクヤへと渡した。サオリはそれを申し訳無さそうに
「ツムリン、今や貴重なこんなの私達が使って良いの? 」
「えっ? どうせ使わなくても使えなくなるから使った方が良いよ。」
と私は自分の顔を拭いて見せた。不便で仕方ないが、ずっとベタベタと不快さが有ったため顔を洗うと言うこの様な些細な事でも凄く新鮮な気持ちになれた。それを見てサオリとタクヤも顔を拭いていたが、私と同じで凄く気持ち良さそうにしているのが感じ取れた。しかしそれは一瞬の事で、私達にはこれからも電気の無い生活が待ち受けていると思うと直ぐにやるせない気持ちへと引き戻された。




