13話 命と不思議
風呂上がりには縁側の戸が開けられて網戸へと代わって涼しい風が入ってくる。そしてお風呂で温まった身体へ西瓜の甘くて冷たい水分が沁みてくる。電気の無い世界でもここまで心地好い状態に居られる事にサオリは畳敷きの部屋で仰向けに倒れ
「あー。生きてるって気がするー。最高。」
私はその言葉が頭から離れなかった。そうだこの電気が消える現象の違和感はそれだと思い口にした。
「それです! 以前喫茶店で私が話し掛けた不思議な事って! 生きてるんです! 」
興奮気味に話す私にサオリとタクヤと朗次は固まった。そしてその言葉を一番最初に理解したのは喫茶店店主の東陶朗次であった。
「そうか、脳の神経細胞は電気信号で情報を伝達する。そしてその電気信号で身体を動かす。だから電気が全て消えたのなら僕達が生きているのは不思議な事なんだね。」
「そうです! だからそれで電気が消えてしまった法則に近付けるんじゃないかと。」
私と朗次の会話を何とか理解したサオリは
「つまり本当に電気が全て消えてしまったのなら、私達人間も死んでしまうのにそうでないから別の理由で電気が消えているって事ね。寧ろそれだと理屈よりも都合よね。何かだけが許されるってそう言うことじゃん。」
そう言った。私達は深く頷いていると横でタクヤは西瓜を食べながら
「何らかの電気を消滅させる事象が有るが、それはたんぱく質で遮られるとか可能性も有るよね。一つ一つ実験してみればこの問題も解決出来るかもよ。」
「そうですね。タクヤ君の言う方法も重要かも知れません。それはそうとタクヤ君もお風呂にどうですか? 気持ち良いですよ。」
タクヤは朗次の言葉に待ってましたと言わんばかりに立ち上り
「最近風呂に入れてなくて助かります。」
と元気良く風呂場の方へと走って行った。朗次はそんなタクヤへ
「タクヤ君、そろそろお湯も熱くなるからポンプから水を汲んで行くと良いですよー! 」
と大きな声で言った。サオリは少し呆れていたが何だか解決しそうな雰囲気と、この状況下でも十分に人間らしい生活が出来る事を知り少し安堵の表情を見せていた。朗次は笑いながら
「君達が悪い人間ではないのも判ったからいつでもお風呂を使っても良いですよ。鍵は入り口の郵便受けに有りますから。」
「ありがとうございます。またお風呂を借りたい時は先ずは喫茶店の方に挨拶に行きます。」
と私は頭を下げた。この緊迫する様な事態でも私は人との繋がりと優しさでまだ笑える事を知った。しかしそれは私達の目の前の事だけで、世の中では決してこの状況は良いものではなかった。
タクヤも風呂から上がり私達は朗次の家を後にする事にした。この家は私のアパートとサオリ達の町との中間地点に当たり、ここで別れて各々の家へと帰る事を考えたが外の様子はそうはさせなかった。
朗次の古い屋敷から出た私達はサオリとタクヤの町の方を見ると今までに見たことの無い黒煙が黙々と盛り上がっていた。それが良くないことで有ることはハッキリと私達にも判った。サオリは不安を見せながらも
「タクちゃんとりあえず一度帰らないとね。」
そう気丈に言葉を発した。タクヤも不安が有りながらもサオリへ頷いた。力になれるかは判らないが私も二人へ付き添う事にし、朗次も
「何か有った時には僕も必要でしょう。」
とサオリとタクヤへ付き合うことに、タクヤとサオリは私と朗次へお礼を言うと皆で隣町へと出掛けることにした。お昼を回り時間としては3時頃であったが、それを確認する術も無く日が落ちる前に何とか往復出来るように早足で向かった。
朗次は荷物を取りに戻り、私達は先に隣町へと出掛けた。私は正直不安ではあったが、電気を失った世界がどの様になってしまったのかも少し興味があった。それにこのままアパートへ戻ったとしても何も出来る事も無いので二人と一緒に居たい気持ちもあった。この家からサオリ達の町までは5キロメートル程でそこまでは遠くはない。ただこの夏の炎天が少し辛いがよく歩いて移動する私には大変な事ではなかった。
歩き始めて10分程すると荷物を取りに戻った朗次が自転車に乗り追い付いてきた。そしてそのまま暫く歩くと丘の所まで登り、この丘の降ればいよいよ隣へと入る。そこで朗次は鞄から水筒を取り出して皆で水を回し飲みした。そして隣町の見える丘の端から隣町を見下ろした。
そこでは大きな火災が発生しており、考えられない程の住宅や工場が激しく燃えている。もちろん電気が無いので消防車や消化設備も使えずに消し止める事も出来ない。私達は、いや人々は何も出来ずに逃げ惑うことしか出来ない。その状況を目の当たりにしてサオリとタクヤは固まり、呆然と燃える町を眺めているだけだった。私は二人へどうすることも出来ずに
「ねえ、今日はサオリもタクヤ君も私のアパートに泊まった方が良いよ。今戻っても何も出来ないよ。」
「そうだね。この状況で帰っても危険過ぎるから、今日は紬ちゃんに甘えた方が良いね。何だったら僕の家でも構いませんよ。」
私と朗次の言葉にサオリとタクヤは暫く考えて、二人で少し話し合うと私のアパートへ泊まる事にした。そして私達は日が落ちる中で私のアパートへと向かい歩き始めた。途中で朗次は別れて自宅へと向かい、私達は海沿いの道を三人で並んで歩いた。
私達の気持ちとは関係なく空も海も陽の光も各々の輝きと美しさを見せている。黄金色に輝く夕暮れの景色に点景となりながらも不安な気持ちを引摺り歩く。時折サオリは涙を溢し、それをタクヤは隣で励ましている。私はそんな二人に気を使い少し離れて歩きtime writeの事を考えながら空を見た。
動画の中の音楽でしか自分を表現出来ないtime writeは今どうしているのだろうか。電気が消えてネットも使えない現在に彼はどんな気持ちで居るのだろうか。もしかしたら彼は今夜ギターを抱えて灯台の所まで来てくれるかもしれない。それとも隣町に住んでいて、今はそれどころでは無いのかもしれない。私の心の中は彼の事でいっぱいになっていく。もしかしたらサオリとタクヤが羨ましくてそんなことを考えてしまったのかな? なんて事を考えた。その内に私達は私のアパートへとたどり着いたが、辺りは夜になり真っ暗になっていた。




