12話 店主と古屋敷
喫茶店へ入るといつもの様に店主はカウンターで何かを書いており、私達が入るといつもの様に
「いらっしゃい。」
と挨拶を交わして、私達は今回は横並びでカウンターへと私、サオリ、タクヤの順で座った。すると店主は何も言わずに私達の前へ水を出した。そのグラスを怪訝に眺める私達へ
「とりあえず今は皆水分が不足しているだろうからこの水を飲みな。さっき汲んできたばかりだから。うちの家に古いポンプが有ってね、今も使えるから助かったよ。」
その店主の言葉に真っ先にタクヤが
「ありがとうございます! 」
と一気に飲んでしまった。どうやらタクヤはサオリを乗せて自転車を10キロメートルも漕いで来たので喉がカラカラだったようだ。私とサオリもそれに連れて飲むと、水道も使えなくなって久しぶりの水は身体に沁みる美味しさであった。店主はいつもの飄々とした感じで
「電気が使えないからって色々諦めているだろうけど、けっこう使える物も有るんだから。」
そう言うと、いつも気丈に見えたサオリがその話しに食い付いて
「使える物って何があるんですか!? もう何もかも使えなくて私、辛いんです...... 。」
と突然泣き出した。それもそうだ、私達はポンプが動かずに水も手に入らない。いつも当たり前にやっていた事が突然何も出来なくなったのだから、あの前向きなサオリの慟哭にタクヤも慌てるばかりで何も出来ずにいた。私はとりあえずサオリへハンカチを渡して、サオリはハンカチで涙を拭いている。店主はそんな私達を見て
「よし。今日は店閉めるから付いておいで。」
そう立ち上り、私はなんだかその事に気持ちはワクワクしていた。海辺の喫茶店を出てそこから私達は店主の後をずっと付いて歩いた。店主はその間に私達を気遣いながら休憩を挟んで歩いてくれた。夏の暑い陽射しの中で無理に動いて熱中症などになれば死に直結することを理解していたからだ。途中に自動販売機も在ったが勿論電気が通っていないため動いていない。そこへ店主は水筒を出してくれて、私達はそれを受け取り回し飲みをした。
暫く歩くと店主は洗い出しで打たれた粗い目のコンクリートの門を潜り、古い木造家屋の前へと立ち
「お疲れ様。ここが僕の家だよ。中へどうぞ。」
と中へ私達を案内した。玄関は木格子の磨硝子の引き戸で手入れがされているらしくカラカラと戸はスムーズに開いた。玄関の土間から靴を脱いで上がると艶の有る木板の廊下が伸びて右手は庭先に縁側が在り、こちらも木格子の硝子戸で外から丸見えであった。そして左手には障子戸が並び四つ程部屋が有った。古いが名家の家だったらしく間取りはとても広かった。
ギシギシと音を立てて廊下を歩くと、私達は一つ目の部屋へと通された。店主は気さくに私達へ
「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕は喫茶店『マリールー』の店長をしている東陶朗次って言うんだ。あと小説も書いてる。君達ここの部屋でくつろいで良いよ。それからこっち案内するから来て。」
そう言って部屋でくつろいぐ事も無く廊下の奥へと案内された。廊下の奥は土間となっており、そこの隅には古い真鍮製の手押しポンプが有った。朗次はポンプのレバーをゆっくりと力を入れて上下させると、始めは空気と水が混じり吐き出す様に出て、それからは水が激しく出てきた。朗次は木の桶に水を溜めるとそこへコップで水を取り、私達一人一人へと手渡した。私はその水を飲むととても冷たくて、冷蔵庫の使えない今ではとても有難い程に冷たかった。
私達はその水が美味しくて皆でお代りをしてまで飲んだ。朗次はそれを嬉しそうに見ると、もう一度ポンプで水を汲み上げて、別の大き目の桶をいっぱいにすると更に奥の部屋へと運んだ。それを何回か繰り返すと今度は勝手口から外へと出て行った。取り残された私達は取り敢えず木の桶からコップで水を汲んで飲みながら朗次の行動が終えるのを待っていた。
勝手口から戻って来た朗次は奥の部屋へと入ると直ぐに出て来て私達を呼んだ。何事かとその部屋を覗くと何とそこは風呂であった。五右衛門風呂と言うのかタイル張りのお風呂だが、下の方は鉄で出来ており底には木の板が敷かれていた。実は電気が消えてから私はお風呂には入れていなかったので、このお風呂は大変魅力的だった。隣を見るとサオリも同じだった。
朗次は私達を見るや
「君達は慣れない状況の中で疲れてたんだよ。風呂でも入って疲れを取ると良いよ。ただで入れる露天の温泉も在るけど、ここから30分程離れているから今日はこっちに入りな。ええっと、そこの男の子の方は僕と部屋で待機ね。後から君も入りな。」
そう言って、タクヤを連れて土間を出て行った。私とサオリは顔を見合せてサオリは
「ねえねえツムリン、いきなりお風呂って怪しくない? 」
「そうだね。でもあの人親切だし。」
「もしかして盗撮とか? 」
「電気も無いから大丈夫でしょ。」
そう言って私は久しぶりのお風呂に自分を抑えられず、サオリの腕を掴んでお風呂場へと入った。中は意外と広く右手にカーテンで仕切られた脱衣室が在り、私はサオリと脱衣室へと入った。下には簀子が敷かれて足下が濡れない様になっており、壁には木の棚が取り付けられている。私は服を脱ぎなから躊躇するサオリへ
「お風呂に入れる機会なんて、この先いつあるのか解らないんだから今入っておいた方が良いよ。」
「そうよね。本当にツムリンは変な所が積極的なんだから。」
サオリは私の言葉に諦めたらしく、服を脱ぎ始めた。よくよく考えると私はサオリの裸を見るのは初めてだった。しかしそれはサオリも同じで私の裸を見るのは初めてだ。私とサオリは衣服と下着を脱いで湯船の方へと行った。外は暑いにも拘わらず、久しぶりの熱いお湯は適度に人肌程の温度で心地好かった。
二人で入る初めてのお風呂は忘れられ無いか程に気持ち良かった。何だかんだとこの事態に身体が緊張していたのか、温かいお湯に身体がほぐれて行くのが解った。その事からいつも凛としたサオリも私と胸の大きさを比べて触れてみたりと、いつにない行動で元々仲は良かったが更に私達は打ち解けていった。
私達はお風呂を終えると、最初に通された部屋へと向かった。すると朗次はタクヤへ西瓜を振る舞っており、戻った私とサオリも西瓜を呼ばれる事となった。




