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11話 隣町と私の町と




 電気が消えて仕方無く寝た次の日も、電気は戻る事は無かった。次の日も、その次の日も...... 。


 その次の日ぐらいにサオリが久しぶりに私のアパートへと訪れた。電気が消えてしまい冷蔵庫も水道も使えない、そんな中で大した持て成しも出来ずにいたがサオリは特に気にしていなかった。


「ツムリーン! 電気消えたけど大丈夫だった? 隣町は凄く犯罪が増えてて大変だよ。私はタクヤと一緒に居る事にしたから安全だけど。」


「うん、ずっと家に居たから特に何も。」


「もうスマホも使えないから外の状況も解らないんだね。電気が消えて車も電話も使えないし、防犯カメラも動かないからコンビニやスーパーで略奪が起こって商品は何も無いし、犯罪犯しても捕まらないから殺人事件なんかも起こっているわよ。」


「そんな事になってんの? ヤバいよね。もう嫌だー。サオリはタクヤ君が居て良かったわね。」


「ほんとどうなんだろうね。これから。」


サオリは私の住んでいる町の隣町に住んでいて、この町から10キロメートル程離れている。そしてこの海辺の田舎町と違い工場等も多くて割りと人口の多い町だ。その身近な町で略奪や殺人が起こっている事を知り、私はまるで積み上げられた物が崩れていくような不安な気持ちでいっぱいになった。


 しかしその不安が顔に出ていた私の手を握りサオリは


「ツムリンが無事で本当に良かった。」


そう大粒の涙を溢した。私は逆にサオリを安心させたい気持ちになり


「私は大丈夫よ。でもサオリに会いたかったから凄く嬉しい。」


私とサオリはハグをした。サオリは私より背が高いので、何か包み込まれて凄く温かく逆に私の方が安心させられてしまった。そんな安心した顔を見て、その時にサオリは凄く安心した顔を見せてくれた。そしてサオリは


「いっけない! タクヤを外に待たせたままだった! 移動手段が無いからここまでタクヤの自転車で送ってもらったのよ! 」


「そうだったの? 中に入ってもらっても良いわよ。」


「なんか料理作るから。そろそろお昼ぐらいでしょ? 」


「もう時間も判んないけどそのぐらいかな? 」


電気が消えて時計も動かないので、私達の生活は時間も判らなくなっていた。ガスコンロも着火に電気を使うのでボタンを押しても火が点かないので、マッチで火を点けて使う事を覚えた。私はガスコンロに火を点けて炊飯器が使えずに余っているお米でリゾットを作る事にした。常温で保管できる野菜を細かく賽の目に刻んでオリーブオイルで軽く炒めた後にお米と一緒に煮込み塩コショウで味付けをしてバジルで風味を付けた。


 簡単な作りな割りに美味しくてサオリとタクヤにも好評であった。タクヤに至っては気に入ってくれたらしくお代わりまでしてくれた。私達はリゾットを食べ終わると話し合って外へ出掛ける事にした。


 余りにも静か過ぎる世界に薄気味悪さを感じながらも、ラグビーで鍛えられた大柄のタクヤが居てくれるので私も安心して外出する事が出来る。久しぶりのアパートの外を楽しみにしていたが、外はとても静かで全ての音を奪われている様に空気が重く感じた。


 現代の物は電気をエネルギーとして動く物が大半で、電気を失った事で全ての物が動きを止めてしまったのだ。動かなければ振動は起こらず音は生まれない。世界が静かになったのはそんな理由だった。


 私は画面が黒いままのスマートフォンを眺め、そのままバッグへと仕舞いサオリの隣へと急いだ。静かで重い空気とは裏腹に空はとても青々としている。たまに見掛ける濃い白色の雲がより一層に空の青を引き立てた。ギラギラと射す太陽も懐かしい程に私は外へと出ていなかった。今週はアルバイトが休みだった事もあって尚更だったが、もうアルバイトも必要無いかも知れないと思った。何故なら電気が無ければ銀行も動かないし、ATMも動かない、最早お金の管理も人類は出来ないのだ。


 そんな事を考えていると、私達の置かれた事態が大変なのかお気楽なのか私は解らなくなってきていた。しかし犯罪が増えているのも事実で、何より電気が無ければ病に侵されても治療が出来ずに致命的である。私は黙って考えているとサオリは私の考えを見透かしたかの様に


「ツムリン。考えたって仕方無いよ。在るがままを受け入れて、在るがままを楽しもう! 」


そう言って凛とした姿勢で歩いて行った。私の横でタクヤは自転車を押しあたふたしながらサオリを追いかけ、その姿がなんだか可笑しくて笑いながら私もサオリを追い掛けた。気のせいかこの熱く射す太陽も心地好く感じて体温が上がっていくのを知った。


 幾ら歩いても何処のお店も開いてはおらずに、私達はいつもの如く停船所の方へと向かった。とりあえず海を見れば何故か落ち着くのだ。



――それは私が山で育ったからかも知れない。


 私はここからずっと遠くの町で産まれた。山に囲まれていて、大きな川は流れているが海からは離れて私が初めて海を見たのは7歳の時だった。家族と一緒に潮干狩りへと出掛けた時だ。私は貝を捕る事もせずにひたすら海を眺めていたのを覚えている。ずっと遠くまで青く、ずっと遠くまで陽に照らされキラキラと輝いて、ずっと遠くには私の知らないものが沢山在ると思うと胸が張り裂けそうにドキドキして、ずっと見ていたかった。ずっと。


 それからずっと私の中で海は憧れで、私の中で海はいつもキラキラと輝いていた。海の向こうにはきっと素敵な物が在るに違いないとずっと思っていた。私が高校生になり進路を決める時も学びたい学部と海が近くに在る事でこの町の大学へ決めたのだ。それほどに私は海が好きだ。そして何より好きなのは夜の満月が出た海で、静かながらも雄弁に語り掛け全てが色んな青に染まり、その中に私も溶け込んだ気持ちになれるのがとても気持ち良かった。


 そしてそこへ突然現れた彼の音色と歌声は、私を更に海を好きにさせた。


 そんな彼の曲ももう聴かれないかもしれない。そう思いながら私はバッグをソッと撫でた。このまま電気が消えてしまえば動画も見ることが出来ない、そんな気持ちで居ると


「あっ! ここの喫茶店開いてるよ! こないだの水出す所! 」


海沿いの喫茶店は電気が消えたにも拘わらずに、店頭にopenの札が掛かっていた。サオリは元気にドアを開けて入って行き、私達もその後に続いた。






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