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10話 ギターと小説家



▼△▼△



 私はいつの間にか食事も途中で寝てしまっていたらしく、ソファーから起き上がりスマートフォンを見ると時刻は11時だった。私はテレビを点けてとりあえずテーブルを眺め、手付かずの料理達へラップを掛けて冷蔵庫へと仕舞ってふとカーテンを開けると外は雨が降っていた。


 雨は小降りだったが徐々に雨脚を増して、部屋の中へ音が聴こえる程になってきた。私はベランダの扉を開けて港の灯台の方を眺めたが、人影も無くただ全ての景色が雨に濡れて艶やかに灯台や外灯の明かりを弾いていた。


 私は溜め息を吐いて扉をゆっくりと閉め、そして寝直す事にした。



 ――朝になり目を覚ますと、外からは激しい雨音が聴こえる。まるで大量の乾いた大豆が空から落ちて来ている様な音だった。


 私はカーテンを開けて停船所の海を眺めた。激しい雨は太陽を遮りこの海辺の町を薄暗く染めている。もちろん彼の姿なんて有ろうはずもなく、私はそれでも彼の姿を無意識に探していた。


 しかし雨が激しく天候からも私は外出を諦め、テレビを点けてソファーへと倒れ込んだ。そして仰向けになりスマートフォンを手に取り動画アプリでtime writeの曲を探した。私は彼の曲を探すうちにtime writeは彼の名義で、そこへAzamiが加わったユニットには『月下契約』と言う名前が有る事を知った。


 元々time writeが動画をアップロードしていた。そこへAzamiが後から加わった事が動画の掲載日時から理解出来た。私はこの歌詞を知る事で彼の事をもっと知れるのではないかと、彼の歌と月下契約の歌を一つ一つ聴きながら情報欄の歌詞を読んでいった。彼の歌には優しさの裏にどことなく悲しさを含んでいて、それが夜の海の様に静かで、雄大で、心地好い情景を奏でていた。まるで毎日の天気や季節で景色を変える海の様な。


 そんな風に過ごしている内に時間はお昼に差し掛かっていた。そこで少しお腹も空いてきたので冷蔵庫から昨日の晩ご飯の残りを電子レンジで温めて、お昼御飯の支度を始めることにした。


 私は昼食を終えると、彼、time writeの事を考えていた。私は何度も彼の動画を聴いて益々その事ばかりを考える様になっている。このままではただの狂信的なファンな様で、気持ちを落ち着ける為に海辺の喫茶店へと行く事にした。


 アパートを出ると傘を差して喫茶店へと向かった。傘が雨を弾く音は一定の様でいて疎らで、パパッパパンとリズミカルにコミカルに音を鳴らす。私は何だかこの音がtime writeの奏でる音楽と似ている様な気がして穏やかな気持ちで海辺までの道程を歩いた。そんな事を考えながら歩くと町には色んな音が溢れていた。雨が地面を叩く音、雨が傘を弾く音、車が通り水溜まりを弾く音、色んな物が違う音を立ててそれは一つの音楽の様に感じた。私は楽しくなり


「フフフーン。」


と鼻歌を鳴らしながら喫茶店へと到着した。雨で人は居なかったが喫茶店はopenと書かれており、私はドアを開けて店内へと入った。相変わらず店主はカウンター越しに何か書き物をしている。


「こんにちは。カウンター良いですか? 」


私の挨拶に店主は顔を上げ


「ああ君は昨日の、どうぞ。」


と微笑みカウンターの椅子を指した。私はバッグを足下の竹籠へと入れて木造りの背もたれを引いて椅子へと腰を下ろした。店主はおしぼりとお冷やをカウンターテーブルへと置いて、それからメニュー表をソッと置き


「ご注文が決まりましたらお呼びください。」


そう言うとまた広げたノートへと向かっている。私はその店主の仕草がいつも気になっていた。そして私はメニュー表を眺め、少し外に蒸し暑さを感じていたのでアイスコーヒーを注文した。


「へぇー。君は紬ちゃんって言うんだね。time write良いよね。実は僕もAzamiのボーカルよりもtime writeのギターが好きなんだよね。あのチョーキングとカッティングを繰り返すリフの部分なんて最高だね。」


「店長も音楽やっていたんですか? 」


「うん。昔、中学校の近くの『スズモト楽器』って所で働いていてね。都会に出てプロもやっていたんだけど、才能の壁にぶつかって今は喫茶店をやりながら小説書いているんだよ。」


「そのいつもノートに何か書いていたのは小説を書いていたんですね? 」


「いや、これはプロットだよ。小説自体はノートパソコンで書いてるからね。この頃は電気が止まる事も多くて、忘れないようにノートにネタを纏めているんだ。」


私は店主と話しながらアイスコーヒーを飲んでいる。店主はホットコーヒーを飲みながらゆっくりとカップをカウンターへ置くと、また店内の電気が消えてしまった。テレビも、蛍光灯も、その他の電化製品も、すると店主はノートを手に取り


「ほらね。ノートが必要だろ? 」


そう言って微笑んだ。私はバッグからスマートフォンを取り出して、やはり電源が入らない事を確認して


「そうですね。私もノートを使おうかな。」


「だったらこれを使って。」


店主は新しいノートと鉛筆を私へとくれた。青のギンガムチェック柄のノートと昔ながらの六角形の黒い鉛筆を。私はそれらを手に取りお礼を言うと、また店内に電気が戻りテレビや蛍光灯は明かりを取り戻した。店主は髭を擦りながら


「いつか完全にこの世界から電気は無くなってしまうかもね。」


「この世界は終わってしまうんですかね? 」


「終わらないとは思うけど少し不便になるかもね。今の社会はほとんど電気で動いているしね。」


そんな会話をしていて私はふと思った。


「あっ! それだと一つだけ不思議な事が...... 。」


「なんだい? それは? 」


私は考えが纏まらずに答えられず、腕組みをして考え続けた。結局私は解らなくなり


「なんだかよく解らなくなりました。」


そう答えた私に店主は笑いながら


「こんな途方も無い事が現実で起こりかけているんだからよく解んないよね。」


そう言い、私も連れて笑い楽しい気持ちのまま喫茶店を後にした。


 私はそれからアパートへと戻り、time writeの動画を見ながら店主から貰ったノートへと書き写した。そして彼のSNSアカウントを見付けて、忘れないように彼の好きな物や好きな事、苦手な事や苦手な物、彼に繋がる事をノートへと記入した。すると部屋の電気は消えてしまった。


 始めはいつもの様に直ぐに戻ると思っていたが、この日を境に電気が戻る事は無かった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 始めはいつもの様に直ぐに戻ると思っていたが~ この終わりすきっす。『熊本くんの本棚』でもこういう表現でしびれたっす。
[一言] 電気を世界から消すというアクションでこういう広がりを見せるというのは、やはり面白いですねー
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