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第6話 弟に癒してもらいました

コン、コン……


「ん……?」


昼食と夕食も終わり、夜も更けてきたころ、ドアをノックする者があった。


「どうぞ……」


俺が返事をすると、ドアが開き、十代前半ぐらいの少年が入ってきた。髪は金色で、顔立ちはどことなく公爵に似ている。もしかして親戚だろうか。


「し、失礼します……」

「ええと、君は……」

「ルシエス様です。弟君の……」


話しかけようとしたとき、サキリアが耳打ちしてきた。昨夜から姿を見せなかったが、どうやらガイアスには弟がいるらしい。

ルシエスは緊張した様子で、どこか怯えているようにも見えた。動けないとはいえ、素行の悪いガイアスの前に来ているのだから無理もない。俺は自分から声をかけた。


「ルシエス。よく来てくれたな……」

「兄上……」

「済まない……父上から聞いているかも知れないが、前の記憶がないんだ……お前のことも思い出せない……」

「……兄上、気を落さないでください。今にきっと思い出します」

「だと、いいんだがな……」


言いながら、心がちくりと痛んだ。いくら時間が経とうとも、元々別人なのだから俺にガイアスの記憶が戻ることはない。俺はこんな、年端も行かない少年まで騙しているのだ。


「あの、兄上……」

「うん。何かな?」

「実はこの前、治癒魔法を覚えたのです。兄上の怪我を治させてください」

「治癒魔法……?」


この世界には魔法というものが存在するようだ。そんな便利なものがあるなら、三ヶ月と待たずに回復できるのかも知れない。

ここは好意に甘えておくか。俺は頷いた。


「ありがとう。それじゃ頼むとしようか……」

「はい! どうぞお手を」

「うん……」


言われるままに、俺は右手をゆっくりと差し出した。利き手だけでも動かせれば、今の状況よりずっとマシになるだろう。


「お待ちを、ルシエス様」

「「えっ?」」


サキリアに止められ、俺達は彼女の顔を見た。


「人は長く伏していると、最初に足から弱って参ります。まずはガイアス様の両脚をお治しください。その次に胴体、最後に左腕です」

「何でだよ!?」


俺の利き手が動けば世話が楽になるはずなのに、サキリアはそこを一番後回しにするように言って来た。ルシエスも不思議そうな表情だったが、サキリアが布団をまくって俺の足をしきりに指差すので、特に言い返さずにそこに歩み寄った。

まあいい。治療してもらえるなら体のどこでも文句はない。ルシエスが呪文のようなものを唱えると、彼の両手が光り、俺の右脛を包み込んだ。


「ああ……」


痛みが、少しずつ引いて行く。これは凄い。後であのケンプ先生に直った足を見せたら、さぞ驚くことだろう。

そう思った俺だったが、ふと異変に気付いた。ルシエスの顔が赤くなっていて、呼吸もきつそうなのだ。見ているうちにだんだん酷くなっていくようだった。

もしかして、魔法というのは体や精神に負担をかけるものなのか。そう考えた俺はルシエスを制止した。


「おい、もういい。止めるんだ」

「でも、もう少し……」

「もう十分だ。エイノン、止めさせろ」

「はいっ」


俺の命令で、エイノンが無理やりルシエスを俺から引き離した。既にルシエスは、全力疾走した後のように汗だくになっている。息も絶え絶えだ。

優しい子だ。乱暴者とはいえ兄の負傷をみかねて、何とかしようと魔法を振るってくれたのだろう。だが、これ以上消耗させるわけには行かない。


「サキリア」

「はい、ガイアス様」

「ルシエスを連れて行って、休ませてやってくれ」

「かしこまりました……」


サキリアがルシエスの体を支え、外に連れ出していく。しばらくすると彼女は1人で戻ってきた。


「ルシエスは……?」

「ルシエス様付のメイドに任せました。今はお休みになっています」

「そうか……」


そのとき、またドアが開き、数人の人間が入ってきた。


「!?」

「やっと会合が終わったぞい」


見ると、昼間来たばかりの公爵父だった。1日に2度も来るなんて、もしかして暇なのか。


「これはお祖父様、先刻は……」

「どうじゃその奴隷は? 嬲り甲斐はあるかのう?」

「え? あっ、いや、まだ満足に動けませんし、嬲るとかはちょっと……」


突然エイノンのことを言われ、俺はあいまいに誤魔化した。続けて公爵父は言う。


「気に入らんかったり、反抗的だったりしたら、いつでも儂に言え。また新しい奴隷を買ってくるでのう」

「は、ははあ……」


やっぱり、この老人のノリには付いて行けない。そう思ったとき、エイノンが叫んだ。


「お、お楽しみいただいております!」

「え……?」

「ほう! 本当か?」

「ほ、本当です。このように……」


そう言うと、エイノンは俺の右手を取り、自分の左胸に押し当ててしまった。


でかっ!


いや、そんなことを考えている場合ではない。俺はエイノンの顔を覗き込んだ。彼女は顔を真っ赤に紅潮させ、涙目になっている。奴隷の役割を全うしているように見せようと、必死になっているのだ。奴隷として不適格と判断されたらどうなるか分からないと、恐怖を感じているのだろう。


俺は動けなかった。この状況で振りほどくのもいささか不自然だし、そもそも手をろくに動かせない。何もできないまま、ただ脂汗が流れる。


「…………」


一方、エイノンは円を描くように俺の手を動かし、自らの肉を歪ませた。そんな彼女の様子を見て、公爵父は満足げに頷く。


「うむ。ガイアスに絶対服従しておるようだな」

「はい、当然のことです……」

「結構。お前の運命はガイアスの機嫌1つでどうにでもなることを忘れるでないぞ。ではまた様子を見に来るでな。ガイアス、大事にせえよ」


公爵父は、お供を引き連れて去っていった。完全に出て行ったのを見届けてから、ようやくエイノンは俺の手を自分の胸から離し、ベッドの上にそっと置く。


「失礼いたしました。ガイアス様」

「だ、大丈夫か!?」


慌てて尋ねると、エイノンは俺と視線を合わせずに答えた。


「別に……ご心配には及びません」

「それならいいが……もうあんなことはしないでくれ」

「いいえ。あれぐらいしなければ、あの者の目は誤魔化せません」

「…………」


はっきりと言い切られ、俺は返す言葉がなかった。とは言え、また今のようなことを繰り返させる訳には行かない。公爵に頼んで、公爵父との面会は当分断ってもらうか……

そこまで考えた時、サキリアが害虫を見るような目で俺を見下ろし、ぽつりと言った。


「最低」

「うっ……」

「メイドならいざ知らず、抵抗できない奴隷の胸を無理やり触るだなんて……やはりガイアス様はガイアス様だったようですね」

「……ああ、そうだな」


言い訳はしなかった。俺の手を取って触らせたのはエイノンだが、そうせざるを得ない状況に彼女を追い込んだのは俺だ。愛想を尽かされたとしても、仕方がない。


「無礼な! 今のは……」


エイノンが俺を弁護しようとする。俺はそれをさえぎった。


「いや。いいんだ。俺がしっかりしていれば、あんなことはさせずに済んだ」

「「…………」」

「2人ともご苦労だった。今夜は下がって休んでくれ」

「……かしこまりました、ガイアス様」

「……お休みなさいませ、御主人様」


2人は一礼し、部屋を出ようとした。だが、すぐにサキリアが振り向き、俺に近づいて言う。


「ちなみに、申し上げておきますが……」

「えっ?」

「わたくしも同じぐらいございますので、ご承知おきくださいませ」

「? ?? ……何がだ?」


答える代わりに、サキリアは俺の手の甲を嫌というほどつねった。

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