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第1話 目覚めたら別人でした

「はうあ!」


どれほどの時間が経ったのだろうか。俺は意識を取り戻した。

痛い。どうやら相当の怪我をしているようで、腕と言わず足と言わず胴体と言わず、全身に強い痛みを感じる。


「ぐっ……」


どうやらベッドに横たわっているらしい。とすると、ここは病院なのだろうか。

目は既に開いていたが、夜なのかとても暗い。わずかに差し込んでいる光は、月明かりか星明りか。

どうにか眼球を動かして様子を探ると、部屋の中らしいことが分かる。俺以外に、人がいるような気配は感じなかった。


今度は一体、何がどうなっているのだろうか。あの女神ポルペネルの話によると、俺は隕石に当たって死に、異世界の貴族の家に転生するという話だったが、今がその転生後なのか。

それとも、隕石に当たったところだけが本当で、一命を取り止めて今病院で治療を受けているのか。


いや、少なくともここは日本の病院ではないな。俺は思い直した。呼吸を補助するマスクも着けていないし、周りで電子機器が作動している様子もない。病院で俺のような重傷患者を収容しているにしては、何とも不自然である。


とりあえず、今は考えても分からない。俺は詮索を中止した。

そう言えば、少しは動けるだろうか。試しに、包帯を巻かれた感触のある腕を動かしてみた。少し横にずらす程度はできるが、上に持ち上げようとすると痛みが激しくなった。無理はしない方が良さそうだ。


「ふう……」


大きく息を吐く。動けないし、周りの様子もさっき感じた以上のことは分からない。手詰まりである。

こうなったら、このまましばらく待つしかないか。


そのときである。小さくカチャリと音がして、部屋に光が差し込んで来た。外にいる誰かがドアを開けたのだろうか。続いて、人の入ってくる足音がした。


「だ、誰ですか……?」


思わず問いかける。体の痛みのせいであまり大きな声は出せなかったが、それでも聞き取れたらしく、入って来た人影はビクリと震えた。


「ガイアス様……?」


人影が声を発する。どうやら女性のようだ。俺に向かって呼びかけたのだろうか。


「あ、あの……」


声を出すと、女性はさらに近寄って来た。そして手にしているランプのようなもので俺の顔を照らした。

俺は視線を動かして彼女を見ようとしたが、ランプのまぶしさで目を開けられなかった。辛うじて口を動かす。


「あの、ここは……?」

「お目覚めになられたのですね」


女性は俺の問いかけに答えることはなく、恭しい口調で言った。


「少々お待ちください。只今、旦那様と奥様をお呼びしますので」

「ま、待ってくれ……」


俺は呼び止めたが、女性はそれを無視して去って行ってしまった。事務的というか、冷たい感じの対応だ。

どうしようもないのでそのまましばらく待っていると、数名の人間が部屋に入ってくる気配がした。何かの照明が灯されたのか、部屋が明るくなる。


「…………」


薄眼を開け、明るさに慣れるのを待っていると、呼びかける者があった。


「ガイアス、気が付いたようだな」


やっと目を開けて視線を動かすと、金髪の、西洋人らしい中年の男性がいた。隣には同じ年代ぐらいの女性がいて、さらに周囲には数名の男女が立っている。

何と言えばよいか分からず、俺はとりあえず、呼ばれた名前を鸚鵡返しにした。


「ガイ……アス……?」

「そうだ。まさか、自分の名前を忘れたのか?」


ガイアス。どうやら、それが俺の今の名前らしい。ということは……

ポルペネルが言った通り、俺は死んで転生したということなのだろう。ずっと半信半疑だったが、これほど酷い痛みを感じるからには、おそらく夢ではない。


そうだ。俺は死んだのだ。

両親にも、妹にも、友達にも武道を教えてくれた先生にも、二度と会うことはできない。別れの一言も告げられなかった。


「…………」

「お、おい。泣く奴があるか」


知らない間に、うっかり涙がこぼれていたようだ。中年の男性が、戸惑ったような声を出す。


「あなた。もう休ませてあげましょう」

「う、うむ……」


隣の中年女性が提案すると、中年男性はそれに従った。


「ではガイアス。今夜はもう休め。明日には医師のケンプ先生も来る」

「…………」


わずかに頷いて見せると、全員が部屋から出て行った。灯りも消されて、部屋は再び真っ暗になる。

俺は顔を涙で濡らしたまま、先程の考えの続きを始めた。

会社のみんなは、今どうしているだろうか?

ポルペネルの話ぶりでは、俺以外に死者は出ていないようなので、その点は安心ではある。だがおそらく、オフィスもパソコンもその他の機材も、根こそぎ吹っ飛んだことだろう。何がしかの保険でいくらかは回収できるかもしれないが、仕事のデータはほとんどパーのはずだ。うちの会社は、遠隔地にデータのバックアップを取るなどという、洒落た対策を取れるほど余裕のある企業ではない。

客先との取引はどうなるだろうか。事情が事情だから、違約金までは取られないだろうが……


そして、俺が体を乗っ取った、元のガイアスの精神は今どうなっているのだろうか?

この怪我を負ったときに、死んでしまったのだろうか。もしかしたら俺と同じように、どこかの誰かに転生したのかも知れない。

どちらにしても、今の俺にはどうすることもできなかった。ポルペネルは『処理する』と言っていたが、悪いようにはしていないと信じるしかない……


あれこれ考えるうちに、いつしか俺は眠りに就いていた。

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