第18話 聖女に正体をバラしました
「……先程メイドに対して怒っておられたのは、もしかしてお芝居だったのでしょうか?」
まずい。これはまずい。パトリシエに図星を言い当てられ、俺は答えに窮していた。
「いや、あの、それはですね……」
「お気を悪くされたら申し訳ありません。ただ……おかしいとは思っていたのです。水を持って来させるだけなのにわざわざ耳打ちなさったり、急に農家の人達のことを持ち出して非道なことをおっしゃったり……もしかして治療を受けたくない事情がおありか、あるいは私を遠ざけたいのではと思って、あのときは理由を付けて中断させていただきました」
「ううう……」
パトリシエが回復魔法を中断したのは、農家の人達を心配してのことではなかった。そうではなく、俺の思惑に薄々勘付いていたのだ。
そして、部屋に招き入れたばかりに確信を持たれてしまった。だが今更後悔しても遅過ぎる。認めざるを得ないところは認めて、向こうの出方を探るか。
「……御明察の通り、芝居をいたしました。ですが、決してパトリシエさんを遠ざけたかったのではありません。あの場ではどうあっても、治療を受けて回復するわけには行かなかったのです」
「まあ……何故でしょうか……?」
「……パトリシエさん。私の評判はお聞きになっていますよね?」
「えっ? それは、まあ……」
「今回の一件で、私は公爵位を継ぐに値しないと痛感したのです。そこでルシエスに嫡子の座を譲るために、再起不能を装うことにしました。ですので、あの場で怪我を治され、それを皇帝陛下に報告されてしまうとはなはだ困ったことになるわけで……」
俺は、ケンプ先生にしたのと大体同じ説明をパトリシエに向かって繰り返した。後はパトリシエが口裏を合わせてくれるかどうかなのだが、先程彼女は、俺の意図を汲んで治療を中止してくれている。説得の余地は十分あると思った。
「まあ……そうだったのですね。そのことは、公爵殿下もご存じなのですか?」
「はい。父上も御存じです。パトリシエさん、先程言われた通り、ガイアスは臓器や骨格の損傷激しく再起不能ということにしてはいただけないでしょうか? 無茶なお願いとは思いますが……」
「ご安心ください。ガイアス様……」
パトリシエは、微笑んで言った。
「回復術師とは、肉体の治療を通じてその方を救う存在です。ガイアス様のお心に背いて無理やり治療をしたり、明かしてくださった他所に秘密を漏らすことなど有り得ません。今回のこと、私の胸にしまわせていただきます」
「ああ……」
助かった。この世界の医療従事者に守秘義務があるのかどうか分からないが、少なくともパトリシエはそれを守ってくれるらしい。俺は安堵した。
「感謝いたします……パトリシエさんこそ、誠の聖女です……」
「まあ、そんな、ガイアス様。嬉しいことを……」
頬を赤らめるパトリシエ。すると、それまで黙って聞いていたサキリアが咳ばらいをした。
「エヘンッ! えー、つまりパトリシエ様。パトリシエ様がガイアス様のお世話をしたいとおっしゃったのは、わざと粗相をしてガイアス様の真意を見極めるためだったのですね?」
「ええ。その通りです……」
「無礼な! 御主人様を試すとは!」
パトリシエの答えを聞いたエイノンが怒号した。サキリアはそれには構わず、パトリシエの側に回って言う。
「でしたら、もう用はお済みですね。大変お疲れ様でございました。お客様用の寝室へご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
サキリアはパトリシエの手を取り、部屋の外に連れ出そうとした。パトリシエは空いている手でサキリアの手を握り返し、強引に振りほどく。
「何するのよ!?」
「ああ、乱暴にされたのでつい……失礼いたしました。そんなことより、ガイアス様にお伺いしたいことがまだあるのですが……」
「な、何でしょうか……?」
さっきので一件落着ではないらしい。パトリシエは何を知りたいのだろうか。俺は身構えながら聞き返した。
「ガイアス様は、今回の事故を機に改心なさったのですよね……?」
「えっ……? あっ、はい。その通りですが……」
「それでしたら、無理に嫡子を譲らなくても良いのではないでしょうか? 使用人や領民に狼藉を働いていた頃は嫡子のままで、改心した途端に廃嫡というのは、どうにも……」
「はうあ!」
俺は慌てた。まさかそこを突っ込まれるとは思っていなかったのだ。公爵家に仕えるケンプ先生は、公爵や俺の意志に素直に従ってくれたのだが、パトリシエは疑問に思ったことを容赦なく追及してきた。
「ええと、その……」
また言葉に詰まった俺を見かねたのか、サキリアが口を挟んだ。
「パトリシエ様! 嫡子を誰にするかは当家の問題ですので、関係ない方がこれ以上立ち入るのはご遠慮くださいませ」
「何ですって? 私は帝都に戻れば、公爵家の長男を治療できなかった駄目聖女の烙印を捺されるのですよ? ガイアス様のお気持ちを尊重すればこそ、そのような悪評も甘んじて受け入れるのです。それでも関係がないのでしょうか!?」
「ぐぬぬ……」
反論され、押し黙るサキリア。エイノンはパトリシエとは反対側に回って俺の耳元に口を寄せ、「討って口を封じましょうか?」と物騒なことを聞いてくる。俺は首を細かく振り、否定の意を伝えた。
「…………」
少しの間、俺は考えた。そして腹を決め、口を開く。
「……私のせいで、パトリシエさんにそこまでご迷惑をおかけしていたんですね」
「あっ、いえ、私が勝手にしたことですからお気になさらないでください。私はただ、ガイアス様が次期公爵のままでも良いのではないかと……」
「パトリシエさんがそこまでしてくださるというのなら、自分も真実でお答えしなければなりません。信じていただけるかどうかは分かりませんが、本当のことをお話しいたします」
「「!」」
サキリアとエイノンが、体を強張らせたのが分かった。パトリシエは怪訝な表情で俺の顔を覗き込む。
「本当のこと、ですか……?」
「ええ……自分はガイアス様ではありません。別の世界から来た者なのです」