第12話 今後について話しました(後編)
「それではこうしてはいかがでしょうか? この怪我を負うに当たって、ガイアス様に軽挙妄動があったと説明するのです。公爵家の跡取りにふさわしくない振る舞いがあったと申し上げれば、皇帝陛下もご納得されると思うのですが……」
怪我をした経緯はサキリアから聞いていたが、内緒にすると約束していたので、そこは曖昧にして俺は言った。
「ううむ……」
公爵は難しい表情になる。グラッセンが口を開いた。
「それは、難しいですな……」
「と、おっしゃいますと……?」
「ガイアス様は近くの村で農家の娘に乱暴を働いていたところ、その娘の家族から袋叩きにされました。そしてその懲罰として、その農家の畑に火を放った結果、その怪我を負われました。領主に連なる者が領内の畑を焼くなど、本来であれば天に唾する行為。全くもって褒められたことではないのですが……」
「それだけのことをしても、廃嫡の理由にはならないのでしょうか?」
「普通なら、なりましょうな。しかしながら……実は旦那様は今上皇帝陛下の従弟に当たられるのです。つまり……」
「あっ……」
「さよう。大旦那様は皇帝陛下の叔父なのでございます。大旦那様は何かしら理由を付けてガイアス様をかばおうとなされるでしょう。皇帝陛下がそれをはねつけて嫡子変更の御裁可を出されるかどうか……」
「うーん……」
今度は俺が唸った。嫡男をルシエスに譲るには、あの公爵父の同意を取り付けないといけないということか。ガイアスを溺愛していたあの雰囲気からすると、なかなかハードルが高そうだ。
「……では、これはいかがでしょうか? 今回の怪我を、実際よりも深刻に見せかけるのです。ケンプ先生にお願いし、ガイアスは再起不能だと診断書を作ってもらえば、先代公爵殿下も同意されるしかないと思いますが……」
「うむ。それならばおそらく……」
「そうですな……やはり、ガイアス様はどうあっても爵位を継げぬという形にする方がよろしいかと」
公爵が頷き、グラッセンもそれに続く。どうやらこれで行けるようだ。俺はようやくほっとする。
「では殿下、グラッセンさん、そのように……」
「うむ。ケンプ先生には、明日来てもらうことにしよう。父上には私から話しておく。余計なことをなさらぬように、釘を刺しておかねばな……」
「どうかよろしくお願いします。公爵殿下……」
こうして、話し合いは無事決着した。公爵とグラッセンが部屋を出て行くと、ずっと外で待っていたのだろう、入れ違いにサキリアとエイノンが入ってきた。
「どうなりました?」
ベッドの側まで来たサキリアが、開口一番聞いてくる。
「俺は怪我が深刻で再起不能ってことにして、ルシエス様に嫡男を代わっていただくと決まったよ」
そう答えると、サキリアは頷いて言った。
「再起不能ということは……この先もずっとわたくしが、リョウキチ様のお世話をさせていただくということですね?」
「ま、まあ、表向きはそうだけど、本当にずっと動けないわけじゃないから、君らにそんなに負担はかけないと思うよ」
そう言った途端、エイノンが俺の顔にビンタした。
パァン!
「? ??」
え? 何? 今、叩かれるような流れだった? 俺が不思議に思っていると、エイノンは言った。
「何を甘いことを言っておられるのですか、御主人様……」
「な、何が……?」
「御主人様が私の手を借りずに動いているところを、うっかり誰かに見られたらどうなるとお思いですか? そういった些細な油断から謀は漏れるのです。御主人様はあくまでも半身不随、奴隷を使わなければ日常生活もままならない状態を貫いてこそ、事が成就するのではありませんか?」
「ううっ……」
国を失った王女の発言には、重みがあった。俺は反省する。
「そ、そうだな。俺が悪かったよ……」
「分かってくだされば良いのです。御主人様」
「くれぐれも、メイドの手を借りずに1人で何かしようとは考えないでくださいね」
やがて就寝の時刻となる。2人は当たり前のように俺のベッドに入って来た。
「こ、今夜も一緒に寝るのか?」
「わたくしはメイドですので、お仕えする方と同じベッドに寝るのは普通ですが何か?」
「夜中に御主人様に何かあっては大変ですから、奴隷としてはお側にいませんと……」
「う、うん……」
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…………
「う、うーん……」
眠りに就いて、どれくらいの時間が経ったのだろうか。俺は寝苦しさにふと目覚めた。
「はうあ!」
見ると、サキリアとエイノンが両側から俺に抱き付いていた。2人の体重がかかっていたせいで寝苦しかったのだ。
それに加えて、4つの巨大なマシュマロが俺の胸に押し付けられて歪んでいた。そのことに気付いて変な気持ちになり、ますます眠れなくなる。
こいつら、寝相悪すぎだろ……
「ああ~ん、リョウキチ様……そんなにわたくしのお尻ばっかり触らないでくださいませ……」
「御主人様……こんなところで御奉仕するなんていくら奴隷でも……」
「…………」
2人の寝言を聞きながら、俺は思った。
毎晩これではもたない。
明日になったら、彼女達のベッドをここに置いてもらうことにしよう。