第9話 公爵に正体をバラしました
翌朝、朝食を済ませた後、俺はサキリアに、公爵を呼んでくるよう頼んだ。
「かしこまりました。リョウキチ様」
真実を語るに当たって、最初に公爵家の誰に話すかは悩んだところだった。命が助かったはずの長男ガイアスが、実はやはり死んでいた。そんな話、公爵家の誰もが受け入れられるわけではないだろう。
結局のところ、俺は公爵1人に話すことに決めた。聞いた話を、さらに誰に話すかは公爵に任せることにしたのだ。言ってみれば丸投げである。俺では判断が付かない以上、申し訳ないがそうするしかなかった。
出て行ったサキリアは、しばらくしてから公爵を伴って戻ってきた。エイノンはずっと部屋に控えていたので、俺を入れて都合4名が部屋にいることになる。
ベッドの側まで来た公爵は、いささか不機嫌そうに尋ねた。
「ガイアス、話とは何だ? 記憶でも戻ったか?」
「公爵殿下、まだ傷が癒えておりませぬ故、床に伏したままでの拝謁をお許しください」
お辞儀の代わりに、俺は少し首を倒す。突然の他人行儀な物言いに、公爵は面食らったようだった。
「何だ? 急にどうしたというのだ?」
「信じていただけないかも知れませんが、わたくしはガイアス君ではございません。異界で死んだ者の魂が、この体に宿っているのです」
「何だと……? 馬鹿々々しい。私は忙しいのだ。そのような世迷言に耳を貸している暇はない」
公爵は踵を返し、部屋から出て行こうとする。俺は思わず叫んでいた。
「お聞きください!!!」
自分でも、びっくりするような大きな声だった。サキリアとエイノンはもとより、公爵までもがビクリと体を震わせる。
こちらを振り返った公爵が、声を漏らした。
「ガイアス……?」
「そのようにお考えになるのは当然です! しかしこれは誠の話。証明する方法もございます!」
「証明、だと……どうするというのだ?」
「わたくしのこと、わたくしがいた異界のこと、何なりとお尋ねください。そうすれば、今申し上げているのが作り話かどうか、ご判断いただけるはずです。騙されたとでも思ってお試しください!」
「ううむ……」
一声唸った公爵は、改めてベッドの側まで戻ると、俺に質問した。
「……では、試みに尋ねるとしよう。そなたの名は?」
「アタザワ・リョウキチと申します。アタザワが姓でリョウキチが名です」
「……生まれはどこだ?」
「ニホンという国の、カナガワという地域です。カナガワはニホンの首都、トウキョウのすぐ南にあります」
「……父母の名は何と申す?」
「はい。父の名は……」
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俺と公爵の問答は、かなり長い時間に渡った。俺は公爵に問われるままに、俺や家族のこと、死んで女神に出会ったこと、さらに俺の住む地域のことや、日本や世界の政治、地理、歴史について答えていった。
「……その労働基準法とやらで、本当に働く者の権利が守られているのか?」
「その通り、と申し上げたいところですが、残念ながら法を無視して与えるべき休暇や給料を与えず、利益を貪るところもございます。我が世界では、これをブラック企業と称し……」
「ううむ……」
ついに公爵の質問が止む。俺も黙って公爵の次の言葉を待った。しばらくの沈黙の後、公爵は口を開いた。
「……リョウキチ、と申したな?」
「はい」
「異界から来たというそなたの話、どうやら信じるしかなさそうだ。いかなる吟遊詩人であっても、私の質問に応じて今の話を即興で作るなど、できはすまい……」
「ご理解に感謝します……」
俺はもう一度、首を軽く倒した。
「だが、そうなると、やはりガイアスは死んでいたのだな……」
「はい、おそらく……申し訳ありません」
「そなたが悪いのではない。自業自得だ。馬鹿な奴よ……」
公爵の目頭が、少し光ったような気がした。やはり、粗暴な息子であっても、公爵は公爵なりにガイアスを愛していたのだ。
「……して、リョウキチよ。そなたはこれからどうするつもりだ?」
「いささか考えはございます。しかしそれは、命があればの話です。今の自分はまな板の上の魚。我が息子の体を乗っ取った異界の者を許せぬと殿下が仰れば、黙って手打ちにされるより外にありません……」
「「!」」
サキリアとエイノンが、息を呑んだのが分かった。サキリアは「旦那様……」と言いかける。公爵はそれを制し、からかうような口調で言った。
「ほう……死を覚悟で告白したと申すか?」
「はい……一度死んだせいでしょうか。どうやら、命への執着が薄れているようです。一度死ぬも二度死ぬも同じこと。それよりも、筋を通したいという気持ちが勝りました」
「そうか……だが安心いたせ。私も落ち度のない者を殺したりはせん。そなたがガイアスの体に乗り移ったのも何かの縁であろう。ここでゆるりと傷をいやすが良い」
「ありがとうございます。公爵殿下……」
どうやら、打ち首は免れたらしい。それどころか、すぐに追放されることもないようだ。先程は死んでも構わないようなことを言ったものの、やはりほっとした。
「……して、リョウキチよ。今の話、この2人以外に知っている者はおるのか?」
公爵はサキリアとエイノンを指差して尋ねた。俺は答える。
「いいえ。今ここにおいでのお三方のみでございます」
「そうか……ではこの一件、私に預けてもらおう。しばらくは引き続き、ガイアスとして振る舞ってもらいたい」
「分かりました……」
「旦那様。リョウキチ様のお世話一切は、引き続き私にお任せください」
サキリアが申し出ると、公爵は頷いた。
「うむ。それが良かろう。頼んだぞ」
「公爵殿下、私も引き続き、リョウキチ様の奴隷として振る舞いたく思います」
エイノンが負けじと宣言する。公爵はこれにも頷いた。
「良かろう……では、後でまた参る」
「「「ははっ……」」」
部屋を出て行きかけた公爵は、ふと振り返り、俺に向かって言った。
「ああ、それからな」
「?」
「1度死ぬのと、2度死ぬのは違うぞ。我が息子の肉体、あまり粗末には扱ってくれるなよ」
「……はい、心得ました。御心配をおかけして申し訳ありません」
俺の答えに、公爵は改めて頷き、部屋を後にしたのだった。