26-8.”かれいしゅう”語り継がれる
栫井が、ずいぶん静かだと思ったら、洋子の涙が直撃して、のびていた。
このおっさん、精神的ダメージに、滅法弱かった。
洋子は、泣き続けて話にならず、栫井は、へろへろに伸びていて、どうにもならない。
唯は、しばらく待つものの、状況は変わらない。
あまりに栫井が動かないので、救急車でも呼ぼうと思ったほどだった。
そこに、ベスが顔をべろべろ舐めて、追い打ちをかける。
「ベス、ダメ」 唯が制止する。
「なんじゃ、親子の美しい触れ合いに、水を差すでない」
ベスがそう言ったとき、唯の頭に何かが浮かぶ。
”くっ付く女”
栫井に、くっ付いて離れない女のイメージが読めた。
女がくっつくと、栫井は倒れる。
「ベス、そのまま」
栫井とベスに同時に触れていると、何かが読めることに気付く。
読めているのは、ベスの石? 静かに、石の記憶を探す。
すると、栫井が倒れているシーンが、大量に出てきた。
なんで、こんなに倒れまくってるのだろう?
そう思いつつも、倒れまくるなら、回復方法もあるだろうと探す。
そして気付く。倒れてるシーンの中には、母(洋子)と一緒のシーンもあった。
飲み屋で、酔っ払った洋子が、栫井に絡みまくっていた。
栫井は、この状態の洋子をアクージョ様と呼んでいる。
洋子が、栫井に、ヤドカリを食べることを強要しているようだ。
なんで、ヤドカリなんか食べさせようとするのか、意味がわからない。
※一般的な意味でのヤドカリとは違います。
”もう、お母さん、なんで嫌われるようなことするの!!”と思うと同時に、時期が気になる。
いつの話だろう?
でも、なんだか、母(洋子)は幸せそうに見えた。
※ヤドカリは、22-25.足長おじさんを捕獲せよ(18) スーパーヤドカリ大戦(1) 参照
回復方法はあった。
ところが、ひざまくらだった。
ひざまくらで、のびたのに、ひざまくらで回復するのか疑問に思ったが、
それ以前に、さすがに、こんなへろへろで力の抜けたおっさんをひざまくらというのは、唯にはハードルが高かった。
とりあえず、簡単に倒れるけど、そのうち復活するようなので、放置することにした。
気にせずベスの石を読むことにする。
さっきの話だと、母(洋子)は、子を産めない体だった。
ベスは”唯は特別だ”と言った。
それに何より、栫井は、こう言ったのだ。
”あれ? なんで唯ちゃん産まれてる?”
唯には、今産まれてるのはおかしいという意味に聞こえた。
唯には、栫井の特性が遺伝して、同じ病気で死ぬ。
どう考えても、唯の出生の秘密は栫井が握っているはずだ。
なのに、何も無い。
唯は、唯自身のことを調べたかったのだが、出生の秘密みたいなものは読めなかった。
子供に関する情報は、子どもが子供産むという、さっき見たのと同じ内容だった。
栫井が相当衝撃を受けたことがわかる。子供と言うが、唯と同じくらいの年の子だ。
唯と関係のありそうな情報は、ほとんど無かった。
ただ一つ、唯にも関係ありそうなのは、フジの樹海。
神殿のある場所。
そこが、とても重要な場所だということは、わかった。
いつか行ってみたいと思うが、唯には、迷うと二度と出られない恐ろしい森、自殺の名所と言うイメージしかない。
唯と関係ありそうな情報を追っていくうちに、気配のことが見えた。
直接見えていなくても、近くに人や生き物が居ることを知る技術で、唯が今でも使える。
これも魔法の一種だと言う。
その世界には、魔法があった。
雨除けも魔法の一種。気配が分かるなら、雨除けも、唯にも使えるのではないかと思う。
「雨除けの魔法、私も使えるかな?」
「なんじゃ。そんなもの誰でも使えるわい」
ベス曰く”そんなもの誰でも使えるわい”
確かに、魔法に呪文は必要無く、呪文を暗記したりして覚えなくても、誰でも使える。
ただし、熟練度は人によって大差がある。
誰でも使えるとは言っても、使い続けるのは疲れるようで、連続して使える時間には大差がある。
雨の中でも仕事を中断できない人は、慣れていて長時間使える。
そして、栫井の一行も、慣れていて雨でも行動できるが、テントに籠ることが多い。
栫井の連れは、雨の日は特に、栫井を頼もしく感じていた。
雨漏りするのが、普通で、それを防ぐことができるのは、凄く珍しいようだった。
不思議なことに、栫井の同居人が、はっきり見えた。
栫井は、誰と暮らしていたか思い出せなかったのに、唯には簡単に見える。
5~6人の娘と暮らしているが、妻は居ない。
孤児でも拾って育てたのかと思ったが、娘たちの立場は高いように見える。
娘は、栫井を、とても大事に思っているが、トイレにまで見張りが付いて、逃げ出さないように見張られている。
大事にされているように見えるが、栫井は、よく、酷い目に遭って逃げるようだ。
家出しても、すぐに捕まえられてしまう。
唯は、栫井を不憫に思う。
栫井は、確かに神様だった。
ところが、よくわからない。
神様だと言うので、もっと神様っぽいことをするかと思ったのに、神殿に行くと水がきれいになるだけ。
でも、きれいな水の出る井戸が貴重なのか、街ができてしまう。
神様が居ると皆喜ぶ。
でも、栫井は倒れる。水浴びを無理やり覗かせて、倒れると女が喜ぶ。
母(洋子)も、栫井に、風呂を覗かせようとした。
倒れさせることに意味がある?
そして、この石にもあった。雨漏りの神様の記憶。
驚くことに、あれは軍隊の宿舎で、あの女達は軍人さんだった。
意味は分からないが、雨漏りしないからか、確かに神様だと思われているようだ。
軍人たちは、神様に守られていると思っていて、神様は、そこに居る女たちを庇護している。
ただ、神様には欠点があった。神様がトイレに出ると、即雨漏りが発生するのだ。
トイレに行くたび大騒ぎ……と思うと、読めなくなる。
あれ?
何故だろうと思っていると、栫井は、よろよろとトイレに行き、戻ってくると、またへとっと倒れた。
唯は続きを見ようと思ったが、見失ってしまって、続きは見られなかった。
栫井がトイレに行こうとしたとき、トイレの記憶が読めたのだろうか?
続きは読めなかったが、かわりに、興味深い情報を手に入れた。
見つけたのだ。竜の情報を。
巨大な犬が喋っている。
「当り前では無いか、何を言っておるのだ、このたわけが!」
これが竜。とにかく大きい。でも、おそらくこの竜が、オーテルの母親だ。
他の人間は、こんな話し方はしない。そして、ベスと同じ喋り方だ。
とにかく大きい。
なぜか、2頭の竜が戦っている。あまりの迫力に絶望感が漂う。
人間が介入して止めるのは不可能だった。
人間ができるのは、見守ることだけ……
ところが、栫井は、かまわず2頭の竜を止めに行き、何かを言っている。
騙された?
よくわからないが、騙されたので抗議しに行ったようだが、いきなり踏み潰された。
唯は驚いて、心臓が止まるかと思った。
ところが、栫井は、そのまま起き上がり、少し怒った。
”今のはちょっと痛かったぞ!”
え? ちょっと? 怒ったけど少しだけ、”ちょっと痛かった”、あれがちょっとなの?
だが気付く。あんなでかい生き物に、向かっていくような特別な存在なのだ。
あれは、人間では無く”一番大きな竜”なのだ。
最強の竜と言うのは、本当に竜なのかと思ったが、尻尾の生えた人間のことだったのか……
と思った途端、その竜を見下ろす視点に変わった。
あれ? ”一番大きな竜”って、これのこと?
立ち上がらなくても、見下ろす角度。
これが、栫井が竜の時の視点だ!!と納得した。
そのとき、ベスがはしゃぐ。
「おお、一番大きな竜の記憶じゃ、でかした唯。
おお、なんと大きいことか。大きな男は良いものじゃ。
妾のお母さんが、あのように小さく見えるとは」
やはり、オーテルの母親だ。
「”一番大きな竜”って、いったい、どんだけ大きいのよ」
「さすが妾のお父さんじゃ。ほほほ」
ところが、人間がバタバタ倒れる。
”一番大きな竜”は、危ないから、皆に避難して欲しいと思ってるのに、”一番大きな竜”が怖すぎて、腰が抜ける者が続出する。
※16-23.でかい女の竜の妻、2頭現る(後編) 参照
人間を、助けようとしてるのに、見た目が怖すぎて、人間が倒れてしまうのだ。
人間の時も、逃げないように見張られて、竜になっても、見た目が怖いだけで恐怖で人がバタバタ倒れる。
凄く不憫に思い、唯は、ますます同情した。
”見た目が怖いだけで、人間を守ろうとしている優しくておとなしい竜なのに”
そして、次の瞬間、もっと驚いた。
尻尾で2頭の竜を弾き飛ばす。巨大な竜が、転がって崖が崩れて土煙が上がる。
「え? 妻なんじゃないの?」
唯は、いくらなんでも酷いと思ったが、ベスの反応は違った。
「おおお、強い男は良いものじゃ。妾もあのように強い夫が欲しかった。
お父さんのように強い男はおらなんだった。妾もあのように男に負けてみたかったのう。
妾も、くっころしたかったのじゃーー!!!」
※ベスの中の人は、リアルで”くっころ”見てます
ベスが竜だったとき、その竜のときのベスに勝てる男は居なかったらしい。
(なので、本気で負けて、くっころできる相手がいない)
…………
…………
凄いものを見てしまった。
栫井は、相変わらず、のびている。
でも、唯は思った。
確かに、一番大きな竜の記憶が入っている。
ベスの……オーテルの話が無かったことを不思議に思う。
すると、何かが読める。
…………
竜と、人間の女の子が話をしている。
竜はオーテルだ。だいぶ歳をとっている。
『とても大きな男だった。良い匂いがした』
『人間でもわかるの?』
『人間の女が、しつこく寄ってくる』
『それなら、”かれいしゅう”でしょ。今でも言い伝えが残ってる』
石はオーテルが持っていたが、人間にも、その話は、まだ残っていた。
『たしかに、人間は、そのように呼んでいたな。そんな言葉を再び聞くとは思わなかった』
人間は、石が無くても、口伝でも話を伝えていくことができるのだ。
『元は、たまらないほど良い匂いの意味だったって』
『その言葉は、本人は、とても嫌っていたのだが』
『はい。知っています。でも、私たちにとっては、とても素晴らしいものの意味で伝わってます』
『そうか。では、会えたら伝えておこう。子孫代々伝わっていることを。
私も、いつか会えるはずだ。その日はもうすぐ訪れる』
『お父さんに会えると良いわね』
『知っていたのか。お前にとっても遠い先祖であろう。人の命は短い。さらば、兄弟よ』
『さよならグライアス』
…………
「グライアス?」
「そうじゃ。”グライアス”、人間は、妾のことを、そう呼んでおった」
「じゃあ、オーテルって?」
「お父さんは、妾をオーテルと呼んでおる。はじめて会ったときから、そう呼んでおった」
唯の知りたかったことは、ほとんど読めなかったが、ベスが竜の時のことが見られた。
だが、読めた情報では、人間に対して、”このたわけが!”みたいなことは言っていなかった。
なんで、今は、こんな話し方なのだろうかと、不思議に思う。
…………
…………
唯は、いろいろ考えたが、どうやら全部、本当のことなのではないかと、思い至った。
凄くおかしなことが、たくさん重なって、結局、今に繋がっているように思えた。
神様が居て、生まれるはずの無かった、唯が生まれた。
結局、唯自身については、よくわからなかったのだけれど、神様が居る時点で、常識は通用しないのだと思い、ひとまず諦めることにした。
========
夕方になって、ようやく洋子が落ち着いた。
そのときまだ、栫井は、倒れていたが、ひざまくらしたら、回復した。
ところが、ベスが
『”かれいしゅう”は、とても良いものです。子孫たちにも、ずっと伝わっています』
と言うと、栫井は、また倒れた。
唯は、ついさっき、倒れたシーンを大量にパラパラ見たが、本当に良く倒れるんだなと思った。