26-7.妻の許可下りず(3)
「プレゼントは、よく覚えて無いけど、騙されたような気がする。
俺的には”騙されて酷い目に遭った”」
それは、洋子にも伝わった。
そして、もう一つわかったのは、人間と竜は別の生き物で、確かに竜の妻、オーテルの母も存在することだ。
石には”未来の情報”も入っている。
だから、”これから行く”のか、それとも、”一時的に戻ってきただけ”、なのかは、わからない。
だが、どうも、戻ってきたように感じる。
期待したのとは違ったが、竜の妻に、騙された記憶が読めた。
次は、人間の話を聞く。
さっきは、調味料の話だけで終わってしまって、ろくに聞けなかった。
「人間は? 食べ物じゃ無くて、社会とか、子どものこと教えて」
そう言われて、栫井は思い返す。
建物は低くて、店は個人商店ばかり。
外食は有ったかもしれないけど、俺は金持ってなくて……
金がない……以前に職がない。
「無職だった」
そう言えば、当然こう聞かれると思った。
「え? どうやって生きてたの?」
俺も聞きたい。なぜ、石から、俺の身近なことは、読み出せないのだろうか?
「わからない」
「じゃあ、家族構成とか……一人暮らし?」
一人暮らしじゃ無いな……俺は誰かと一緒に居た。
むしろ、自由が無かった。俺はトイレに一人で行くことすら、禁止されていたように思う。
「たぶん誰かと一緒だと思う。俺は誰かの所有物だったかもしれない」
「え?」
洋子は、それを聞いてドキッとした。
洋子にもあるのだ。
洋子が栫井の所有者だと言う記憶が。
”石の記憶”なのだろうか?
それは、唯にも伝わった。
どういうわけか、母(洋子)は、栫井を、自分の所有物だと思っている。
そして、栫井は、洋子を自分の所有者と決めているように見えていた。
何故そう思ったのか、そう見えるのかは、わからない。
でも、唯にはそう見えた。
洋子は思った。
栫井は、所有者の元に現れるのではないか?
その世界での、栫井の所有者を知りたい。
「どんな人と住んでたの?男の人?女の人?」
誰かと一緒に住んでいたイメージはあるが、それが誰だかわからない。
思い出せるのは、ダルガンイストの長い階段、熊と盗賊。
この風景は、洋子と唯にも見えたが、階段ははっきり見えたものの、熊と盗賊は過去の回想みたいな感じで、ぼんやりとしか見えなかった。
「それが、思い出したのは、雨漏りする宿舎とか、変な場面ばかり」
栫井が言うが、そのイメージは、洋子と唯にも見えていた。
人が良く見えるのは、雨漏りの宿舎。前に見えたものと同じだ。
このイメージは鮮明に見える。
このとき、栫井は、宿舎内の全員を庇護の対象だと思っている。
そして、そこに居るのは女ばかりで、栫井を神と慕っていた。
「女ばかり」洋子が言う。
「うっ。理由は分からないけど、女ばかりだった」
栫井は、なんだか気まずかった。
なんで女ばかりなのか?
そこで思い出す。
”ぐはっ”
…………
引き取り先が無い場合、普通は領主に届けられるそうだ。
ただし、若ければ……で、俺はおっさんなので除外されるのだそうだ。
…………
※1-3.救助されたは良いものの老人扱いで引き取り先が決まらない 参照
”若ければ”
そうだ、……なんで俺は、これを忘れてたんだ?
「俺、49歳だった。向こうでは、老人で産廃扱いだった」
「え?」
洋子は驚くが、確かに、洋子にも見えた。産廃扱いそのものだ。
押し付け合う姿。誰も引き取りたがらない。
ついさっき洋子が見た、雨漏りの宿舎では、栫井は女達の憧れだった。
どういうことだろう?
次は、森の中を疾走するイメージ。凄い速度だ。
「そうだ。尻尾が生えて、怖くなって逃げた。
俺は、誰かと間違われて、バレたら殺されると思って」
「お父さんを殺せる者など、居ません」
ベスはそう言うが、洋子にも迫害シーンが見えていた。
確かに、栫井は、尻尾が生えて逃げた。
誰かと間違われても逃げた。
雨漏りの宿舎は、特別だったのかもしれない。
異世界でモテモテだったように見えたが、確かに、捨てられそうになったり、危険を感じて逃げている。
尻尾の神様は、人々に迫害されていた? 地域差がある?
洋子は、人間の暮らしを聞きたかったのだが、老人扱いで迫害されるシーンばかり読めた。
========
どよ~んと、空気が沈んでしまったので、お茶にする。
ケーキを出すが、ベスは2秒くらいで食べ終わった。
そして、じぃーーーーっと見つめる。
「ベスは自分の食べたでしょ」
凄いプレッシャーの中、ケーキを食べる。
それにしても、俺は神様だと思ってたのに、竜の妻に騙されたり、人間たちにも迫害されたりで、ろくなことが無い。
凄く絶望した。
※結局ベスは、栫井から1/4くらい、追加で貰いました(それも2秒くらいで食べた)。
========
「まだ読む? なんか、俺が迫害される歴史しか……」
そこまで言いかけて、諦める。
洋子が、クッション敷いて、スタンバイしてるのだ。
また、むにょんと寝転がる。
俺はもっと、ほのぼのした雰囲気の中、ひざまくらを堪能したいのに、
唯ちゃんまで、すぐ横に座って、情報共有しようとしている。
俺の恥ずかしい歴史のページがまた1つ捲られてしまいそうな気持になって、ドキドキ……動悸がしてきた。
若い時は、ドキドキがカタカナなのだが、歳をとると、ドキドキが動悸動悸と、漢字に変わって行くのだ。
おっさんが何故か緊張しているとき、洋子は洋子で、知りたい情報がさっぱり手に入らず、焦っていた。
多少なりとも、洋子が望む情報が石から読めるのではないかと、期待していたのだ。
迫害されたり、慕われたり、神様的な部分は見えたが、洋子が知りたい部分が見れていない。
思い切って、聞きたい内容に近い話をして様子を見てみる。
話をしながら読んで行けば、関連情報が読めるのではないかと思ったのだ。
「唯ね、生まれた時500gしか無かったの。でも、たちまち大きくなって」
----
急に唯ちゃんの話?
500g? 子供の体重って、そういう単位だっけか?
俺が2900いくつとかで、だいたい3000gくらいじゃなかったか?
「ふつう、3000gくらいだっけ?」
栫井が答えるが、特に情報は読めない。
「うん。そのくらい」 洋子は答える。
「1/6か、そんなに小さく生まれても、成長で追い付くものなのか」
返ってくる答えは、まともなものだった。情報が読めたりもしない。
もう一歩踏み込んでみる。
「その世界で、赤ちゃん見たことある?」
「その世界……って、オーテルの世界か。どうだろう?」
と言ったとき、強烈なイメージが思い出される。
「あ、子どもが、赤ちゃん産んで育ててた。唯ちゃんよりもっと小さい子。
そこらで母乳あげてるから、ちょっと困るんだよ。
いや、でも、子どもが子供育ててるからびっくりだよ」
そのイメージは、洋子と唯にも見えた。
確かに唯より小さな、しかも、身長なんか小学生みたいな子が、子供育てている。
「ええっ?」 唯は驚きの声をあげる。
が、洋子は反応無し。既知の情報だった?
「赤ちゃんの大きさは?」 洋子が訊く。
「赤ちゃんの大きさ?」
そう言いつつ栫井は考える。唯ちゃんと関係あるのだろうか?
すると、洋子が更に詳しく聞く。
「そう。乳児の、生まれたばかりの赤ちゃんの大きさ」
「ああ、それが……母乳あげる時、胸見えちゃうから」栫井はそう答えた。
ああ……洋子は、ガッカリしつつも納得した。
年寄りとは言え、父親でも無いのに、生まれたばかりの子供を、見る機会は無かったのかと納得したのだ。
----
栫井は、生まれたばかりの子供を見た記憶は無いが、話の流れで気付く。
500gで生まれた唯と、異世界の関係について。
なんだ? どういうことだ?
「唯ね、生まれた時、未熟児でね。凄く小さかったの。
思い当たることあるでしょ?」
未熟児に関しては、ぜんぜん意味わからん。
だが、異世界との関係であれば、思い当たることがある。
唯ちゃんには、”気配察知”の能力がある。
唯ちゃんの気配は、オーテルそっくりで、俺はそれを遺伝と言ったらしい。
オーテルから遺伝って何だ?
オーテルの娘が唯ちゃんで、俺が連れてきた?
もちろんそんな情報は石から読めなかったが、おかしなことに気付く。
首の骨は5個しか戻ってない。
そもそも、なんで既に唯ちゃんが生まれてる?
「あれ? なんで唯ちゃん産まれてる?」
「え?」「ええ?」
この言葉に、洋子と唯は驚く。特に唯は、いきなり存在否定されたのだ。
----
今回の1回前、時間を戻す直前の記憶が出てきたのだ。
俺は、あのとき思い出した。
俺は、7個の首の骨が集まったとき、はじめて唯ちゃんが生まれると思っていた。
ところが、唯ちゃんは既に生まれていた。
でも、年齢的にはそれで正しいように思う。
俺が7個揃えた時、洋子さんは49歳か50歳。それから生まれても遅すぎる。
洋子さんの、願いを叶えるためには、それより20年前に、唯ちゃんが生まれてないといけない。
…………
俺は、洋子さんとの、一番重要な約束を守れなかった。許してもらえなかった。
代わりに提示された条件は、とても難易度が高かった。
7個の首の骨を集めるまで、死ねない呪いがかかった。
呪いと引き換えに、7個集めた時、洋子さんが子を産み育てる。
俺は今5個しか持っていないし、前回は4個だった。もっと少ない時から唯ちゃんは居た。
でも、7個揃うまで、俺は死ぬことができない。
その時、洋子と唯には、鎧のイメージが見えていた。
「なに、この鎧」
いきなり説明しても、わからないだろうな、と思いつつも説明する。
「大鎧。俺の片割れ。その鎧がある間、人間として過ごすことができる」
唯が感じていた印象、そのままだった。
鎧が存在する間、神様は人間の振りをして生きることができる。
そして、神様は、いつか人間の振りもできなくなってしまう。
「鎧がなくなると?」
「全部回収すると、竜に戻ってしまう」
そうか。鎧が俺に呪いをかけたと思ってたが、俺が自分にかけた呪いを、代行してくれただけだった。
----
鎧をすべて回収すると、竜になってしまう。
神になるのではなく、竜になってしまうと言う。
洋子は、何かを思い出す。
7個の首の骨? 竜になる?
その直後、巨大な竜のシルエットが見えた。
洋子はそれに見覚えがあった。
洋子は急に、強い気持ちが湧き上がってくる。
今まで胸の奥でくすぶっていた感情が、今解き放たれた。
”最後の時”が近付いたから。
洋子は、急に大粒の涙を流す。
思い出した。
「本当に、神様になって、約束守ると思わなかったから
神様なら簡単にできると思ったのに」




