26-5.異世界から来た竜の娘(2)
オーテルは、人生の最後に父に会いにやってきた。
オーテルは”竜”と呼ばれる、人間とは別の生き物で、父というのは俺のことだ。
はじめてオーテルの声を聞いたとき、俺は最初、幻聴かと思った。
でも、そのうち、愛でるようになっていた。
オーテルは竜なので、その父親の俺も竜だった。
つまり、俺には”竜の妻”が居るのだが、オーテルの話を聞く限り、あんまり魅力的な感じじゃないのだ。
…………
…………
『一番大きな竜になればわかります。他の竜は、お父さんの相手にはなりません』
「じゃあ、妻には優しくしないといけないな」
『問題ありません。お父さんの妻は強くなければなりません』
「なんでだ?」
『一番強いものが、お父さんの子を産む資格を持ちます。
お母さんは、お父さんには勝てなくても、他のすべての竜に勝ちます。
お父さんは、弱い竜に興味ありますか?』
強さで選ばなきゃいけないのか?
俺は、強いか弱いかは、それほど気にならないんだけど。
「俺はそんなに、強さには……」
『お父さんほどの竜に相応しい妻です。強くなくてどうしますか!!』
…………
…………
どうしますか言われてもな。
むしろ、俺は思うのだ。
”俺は、妻を強さで選ばなきゃならないのかよ!!”と。
俺は強さで妻を選ばなきゃならないらしい。
でも、思うのだ。
それだと、”俺を賞品にした、武闘会”が開かれただけで、俺が選んで無い。
あれ? 俺が選ぶのに選んで無い……凄い勢いでデジャブ感があるぞ?
まああ、とにかく、だ、
「それじゃ、一番強いのがだれかを競っただけで、俺は選んで無いじゃないか」
『そんなことはありません。お父さんは、人間の世界で、
とても大きな獲物をお母さんにプレゼントしたのです。
私も、そんな特別なものが欲しかったです』
※大きな獲物のプレゼントは、16-22.でかい女の竜の妻、2頭現る(前編)参照
「俺が人間だったときの話か?」
『お父さんは、人間のつもりでした』
つもり……厳密には、人間とは違う生き物なのかもしれない。
「俺が竜にプレゼントしたのか?」
『お父さんは、お母さんに求愛したのです』
あれ? そうだったか?
なんか、騙されたような記憶が蘇ったような気がした。
心の奥底に、”知るかボケ”的な感情が湧き上がってくるのを感じた。
俺の魂の叫び的なやつだ。
なんか、騙されてないか俺。
「それって求愛だっけ?」
『とてもステキです。私も見てみたかったです』
なんか、竜のことを知らない人間を騙しただけのような気もするんだが。
俺は、竜の妻とうまくやっていける自信がない。
あ、竜の妻?
竜の妻で何かを思い出す……なんか、凄くどうでも良いことだ。
…………
…………
「オーテルは女の子なんだよな?」
『それは若い女を指す言葉ですか?私は老いていました』
「いや、歳はいいや。俺の感覚だと、子供っぽいんだよ」
『私は竜の時のお父さんに、可愛がって欲しかったです』
その希望は叶えられない。
まあ、性別は、女性で合ってるようだ。
「男と女が居るんだよな?」
『男と女が居ます。両方いないと子供が産まれません』
「俺は男だよな」
『お父さんというのは男の方の親のことです』
性別はこの世界と一緒っぽい。
俺を奪い合って、一番強いやつがGETするみたいな話だったので、心配になってしまったのだ。
「なんで手伝ってくれてるんだっけ?
『私は満足すれば消えてしまいます。お父さんは成仏と言う言葉を使っていたようです』
「娘が成仏って……」
『私はもうやるべきことを終えて、最後にここに来ました。とても歳をとりました。
ここに来なくても、長生きしません。もうすぐ死ぬのです』
なるほど。そういうことなら納得できる。
「小泉さん(洋子)が死んだら、俺は絶望する。説得力を感じるよ」
『私の世界には、良いことがあります』
「良いこと?」
『お父さんを待っている竜の妻が居ます。人間の妻も居ます』
「人間の妻?」
『竜の妻には興味を示さないのに、人間の妻には興味を示すのですか?』
ああ、確かに、そう思うよな。
でも、俺はできれば先に人間の妻が欲しいのだ。
「だって俺、人間だからな」
『お父さんは、人間と言うより、神様です。人間達も、皆、神様だと思っています』
「だから、俺はそういうやつは好きじゃ無いって」
『わかりました。私の勘違いです。お父さんは神ではありません。
人間が神だと思っているだけです』
それじゃ、一緒だよ!
まあ、コイツは、嘘を付けないやつなんだな。
「オーテルは嘘がつけないんだな」
『私は嘘をつくこともできます。本当は、お父さんは神様です』
「いや、それはいいよ」
『良いのですか? それでは、お父さんは神様です』
ぬう。でも、俺は、竜の妻を貰うなら、その前に人間として、妻が欲しい。
「俺が人間でいる間だけでも、一緒に歳をとってくれる妻が居てくれたら嬉しい」
『竜になる前に、お父さんと一緒に歳をとる人間の妻は居ます』
「そうか。だったら行ってみたい気もするな」
『お父さんは行きます』
「どうやって行くんだろう?」
『知りません。行きたくなった時行くようです』
「おまえ、正直だな」
『私は時々嘘をつきますが、必要な時だけです』
「うん。凄く正直だ」
『何故でしょう?私は時々嘘をつくのです。私は正直ですか?』
「俺が知っている中で、一番正直だ」
『そうですか。お父さんの回りは嘘つきばかりなのですね』
「そうだな……まあ、俺も嘘つきだからな」
『お父さんは嘘つきなのですか?』
…………
…………
それにしても、なんで俺は異世界とか竜の妻の話を聞いていたのだろう?
「オーテルが、俺は神様じゃないって嘘ついたときあるだろ。あれっていつの話だ?」
『私が来て、お父さんと話ができるようになって、何日かしたころです』
「なんでのんびり話してるんだ?」
『私は、お父さんと話ができて嬉しかったです』
俺が聞きたいのは、そういう話じゃないんだが。
なんで俺は、このときのんびり話をしていたのだろう?
唯ちゃんの病気を治して、オーテルの世界に行けば、爪が揃う。
竜になって……竜って寿命長くないか?
だいたい生き物の寿命は大きさに比例する。
でも、オーテルが生まれた時俺は死んでる?
「竜って長生きなんだよな?」
『人間と比べるとずっと長いです』
「ってことは、そんな世界で神様になったら、長生きしそうだな。
俺、長生きしたくないんだけど」
『竜の寿命は人間よりずっと長いですが、お父さんはすぐ死にます。
だから嫌がる必要はありません』
”ぐふ”
「すぐ死ぬって」
『私が生まれたときには死んでいました。
お父さんは長生きしたいですか?』
「いや、長生きしたくないけど、まあ、なんていうか、いろいろ有るんだよ」
確かに、俺は長生きしたくないんだけど、すぐ死ぬとか言われると、スペランカーみたいじゃないか。
※スペランカー:自キャラが、些細な段差を降りるだけで死ぬゲーム
少なくとも妊娠期間中には死ぬわけだから……竜の妊娠期間って?
卵だと?何日で孵化する?
「竜って何日くらいで生まれるんだ? 卵か?」
『なぜお父さんは卵と言いますか?』
竜って言うから、卵かと思ったんだが、胎生なのか。
「胎生なのか」
『胎生とはなんですか? お父さんは哺乳類と言いました』
おお、哺乳類。胎生だ。
「おっぱい有るのか」
『生まれた子供は、乳を飲んで育ちます』
「思いきり哺乳類だな」
『お父さんは人間のおっぱいと、竜の匂いが好きだと聞きました』
”ぐはっ”
心にダメージを受けた。なんか娘に性的嗜好を指摘された気分だ。
でも、ちっぱい好きとは違って、違和感はさほど無い。
恐らく正しいのだろう。指摘されることは好ましくないが、受け入れるべきなのだろう。
「まあ、人間は視覚の生き物だからな。竜は嗅覚の生き物なんだな」
『それは正しい解釈だと思います』
…………
…………
おお、そんな話もしてたのか。
竜は、視覚より嗅覚の生き物らしい。
でも、妻を匂いで決めたりせず、強いやつを選ぶのか。
なんか不思議だな。
で、獲物をプレゼントするのが求愛行動なんだな。
まあ、これは、生き物として、割と普通か。
人間も、プレゼントで気を引くのは普通だしな。
生き物全般の話かもしれない。
「獲物をプレゼントするのが求愛行動なんだな」
『人間の女が股の布を渡すのも、求愛行動です。
洋子がカバンに入れたのが最初のようです』
「小泉さん(洋子)がはじめ?」
他の妻もパンツをくれるのか。
なんでだ? しかも、ボロボロだったら、むしろ萎える。
『いえ、間違いです。私が入れました』
「いや、それはもういいから」
『よいのですか?』
「なんで、小泉さん(洋子)が今くれた?
唯ちゃんの病気を治さないといけないのに」
『私は洋子の準備ができたのだと思いました。
お父さんが持っていけるのは、体の一部だけです。
ですが、股の布は持っていくことができるのです。
人間には毛皮が無いからだと思います』
あれの威力は凄かった、見た目ボロボロで汚いと思ったけど、
俺は”妻の形見”を持つと、転移してしまうということがよく理解できた。
俺が持って行けるのは本来は体の一部。
だから、あのくらいボロボロになるまで、体と接触していたものしか持っていけないのかもしれない。
そんなものをくれるなんて。武士の情けのセリフを出してまで。
そこまでして、送り出されるなら、悔い無しって気もしてきた。
何だかんだで、俺も心の準備も、できつつあるのかもしれない。
『お父さん。お父さんは、お父さん自身の願いを忘れています。
お父さんにも、人間だった頃があるのです』
なんだそれ。
なんか、遠い昔の話のように……
俺が人間だったのは、遥か昔のことで、ずいぶん前から、俺は人間じゃなかったのだろうか?