26-4.異世界から来た竜の娘(1)
”大鎧”の記憶が読めた。
……今、俺が持っている”石”には、”大鎧”の記憶も入っている。
……そうか、俺が”一番大きな竜”になれば、”大鎧”も含んだ状態だから、”大鎧の記憶”が入っていても、おかしくは無いのか。
”大鎧”はもともと、”一番大きな竜”の一部。俺が人間であるとき、”大鎧”が存在する。
”一番大きな竜”に戻れば、”大鎧”と俺は1つ。
そうだ。やつは、踊る女を愛でてしまって、あっちに残った俺の一部だ。
俺は、”小泉さん(洋子)が死んだ世界”を、そのままにして放置できないから、戻ってきた。
オーテルの成仏の件もある。
だから、戻らないといけないと思った。
でも、俺は、あの世界の女たちに惹かれていた。
その気持ちが残ったのが”大鎧”。
自分の心が2つに割れるなんて馬鹿げている。
しかも、使い古されたようなネタ……
そんなのが自分に起こるとは思いもしなかった。
物語の中ではありがちで、実際には絶対に起きないと思うような、散々使い古された話。
そう思った時フラグは立っていたのだろう。
俺の心が、善と悪で分かれたとかだったら、なんでそんなイベントが起きたのか理解できないけど、俺には、大鎧の気持ちは痛いほどよくわかる。
その苦肉の策が分裂だったのだろう。
俺は、あの時の人生では、あの歳になるまで、女にさっぱり縁のない生活をずっと続けてきた。
誰からも必要とされていなかった。
全く需要が無かったわけでは無い。だけど、替えの効く人材でしか無かった。
俺は誰かに歓迎されたりしたことが無かった。
そんな人生歩んで来て、あんな”おもてなし”をされたら、逆らうのは難しすぎる。
メイド喫茶とかだと”相手はプロだ、商売なんだな”って思うから、そうでもないが、
あんな素朴な女の子たちに一生懸命”おもてなし”されたら、もう後ろ髪引かれまくって、
なんか、カツラを、ズルっと落としてきちゃった……みたいになって、
大鎧さん置いて来ちゃっても、仕方が無い。
俺は、あそこに残った大鎧を責める気にはなれない。
大鎧は、不死に気付いた。
もし、俺も死ねないとしたら? いや、たぶん、死ねないのだと思う。だから時間を戻す。
俺も、死ねないとしたら、大鎧は俺の敵じゃない……
俺は、神なんか嫌だ。不死なら尚更だ。
「なあ、オーテル、神様って、死ねないのか」
『それはわかりませんが、お父さんは死ぬくらいのことで、死ぬことはありません』
死なないっぽいな……
だったら、”一番大きな竜”はどうだろうか?
「そうか。”一番大きな竜”は、死ぬことができるんだな」
『”一番大きな竜”を殺せるものは居ないと思いますが、お父さんは私が生まれた時、
既に死んで居ます』
無事、死ぬことができたようだ。
俺は死ぬためにも”一番大きな竜”に、ならなきゃならないのか。
俺は不死でありたいと思わない。
だが、どうやって死ぬ? 死因くらいは、知ってるだろうか?
「オーテル、一番大きな竜が、どうやって死んだか、知ってるか?」
『妻に、死ぬ許可を貰いました』
ん? 妻に許可?
「それは、ここでの話だろ」
『妻が良いと言うまで、お父さんは死ぬことができません』
「それは、神様の話じゃないのか?」
『お父さんは神様です』
神様を辞めて、竜に戻ったのが”一番大きな竜”なんだよな?
「で、妻は死んで良いって言ったのか?」
『わかりませんが、お父さんは、妻が幸せにならないと、死ぬことができません』
今と変わらないじゃないか。
だとしたら、小泉さん(洋子)に貰う許可も、”死んで良いか?”という許可なのか?
俺が異世界に行くってのは、死ぬことなのだろうか?
ああ、もしかしたら、異世界ってあの世のことか!
確かに”他界する”って言葉を使う。
死んで戻ると、異世界から戻ったことになるのか?
俺は何度も臨死体験……いや、死んでも時間は戻らないから、臨死体験とは違うだろう。
そして、俺は、異世界に行くと、”大鎧”のパーツが揃う呪いにかかっている。
パーツと言っても、鋲の一つとかじゃなく、剣とか盾とか、そういう単位のものだ。
数個しか無い。
あと、足りないのが、”爪”だと言っても、手足20本の爪、1本、1本とかじゃ無いだろう。
「”大鎧”になったパーツで、足りないのは爪だけなんだよな?」
『はい。爪だけです』
「あと、1回だよな?」
『はい。1回です』
やっぱり、あと1回だ。
俺は、鎧の計画通り、何度も、”あっちの世界”に戻っている。
まあ、大鎧を敵だと思わないのも納得だ。
もう、あっちに残してきた大鎧のほとんどは俺の体に戻っている。
俺はあっちに行って、1回目は大鎧の回収に失敗した。
2回目以降は、女の子を助けたような気がする。
あれが、妻の子供の頃なのだろうか?
1回じゃ無かった。大鎧の記憶だと、パーツごとに妻の証として、所有権を与えていた。
でも、1つ疑問が解消した。
なんで、小泉さん(洋子)にお願いされないと、唯ちゃんを治すことができないのか。
俺は、あっちに行ったら死ぬからだ。小泉さん(洋子)は、それを知っている。
だから、その許可は小泉さん(洋子)にもらわないといけない。
なんで、小泉さん(洋子)に貰う必要が有るかと言うと、これはだいたい想像がつく。
小泉さん(洋子)にも、何かバレたのだと思う。
知ってしまえば、そう簡単に許可は貰えない。
でも、同時に”許可を出さないといけない理由”も知ることになる。
そろそろ潮時なのだ。お別れの時が迫っている。
オーテルと、小泉さん(洋子)と、唯ちゃんと。
オーテルなんか、もうすぐ成仏して消えてしまうのだ。
今のうちに愛でておかないとな。
今の俺は、オーテルと過ごした日々の記憶が無い。
いろいろ聞いておく。
…………
…………
『そうだったのですか。人間は私のことをグライアスと呼んでいました』
「俺が呼ぶ名前と、人間が呼ぶ名前は別なのか。変だよな」
『違う名前で呼んでいました。それは不思議なことですか?』
「まあ、無くは無いけど、不思議だな」
『お父さんと人間は同じではありません。私から見ると、自然です』
まあ、オーテルは俺の竜の子供だからな。
人間は異種族なんだろうが、今の俺は人間なのだ。
「まあ、今の俺は人間だからな」
『お父さんは人間ではありません。人間の振りをしているだけです』
中身が変わらず竜になるなら、体は入れ物に過ぎないのだろう。
「オーテルと会ったのはいつだ?」
『ずっと前です。お父さんは人間として暮らしていました』
「オーテルがはじめて、この世界に来た時の話だよな?」
『いえ、もっとずっと前です』
もっとずっと前っていつと比較しての話だ?
「もっとずっと前って、何と比べて前なんだ?」
『私の娘が、お父さんに会うより、ずっと前です。森に来てすぐです』
「森に来てって、オーテルの世界での話か?」
『はい。そうです』
「オーテルの娘とも会うのか?」
『はい。人間がプルエクサと呼ぶ竜です』
オーテルの娘とも会うのか。
俺の孫ってことだな。
もう会ったのか、これから会うのかは、わからないけれど、竜の家族に会う機会はあるようだ。
「俺は森に行くとどうなるんだ?」
『死にそうになります』
あ、なんか知ってるな、その話。
『はい。私が言ったのです。樹海より良い森があります。そのとき、お父さんと話ができました』
「でも、死にそうになるだけ……」
『お父さんは森で遭難します』
でも、最強なのに遭難するのだろうか?
「最強なんじゃ無かったのか? そのときは弱かったのか?」
『お父さんは、自分がただの人間だと思い込んでいます。少しずつ、その体に慣れます』
じゃあ、まあ仕方ないのか。
死にそうになる……つまり死なない。
俺は助かる。誰かに助けられた?
「遭難した俺を、助けてくれたのか?」
『助けたのは、はじめの女と呼ばれる人間です。
お父さんは、助けてもらうために行ったのだと考えてください』
なんで助けてもらう? 俺は死ぬのに樹海より良い森を捜していたはずだ。
微かに思い出せる。
確かに、俺は、この時、助けてもらいたかったようだ。
なぜだ?
「俺は死にに行ったんじゃないのか?」
『それを忘れていたようです』
ああ、そうか。行くと忘れるからか。
凄く納得した。目的を忘れちゃったのか。でも、意味無いな。
『お父さんは、私の世界に行った時、一番最初に、はじめの女に会う必要が有ります。
ですが、私が歴史を変えてしまいました』
「はじめの女ってのが居るのか。
なんで、その女である必要があるんだ?」
『お父さんと、”大きな竜”が”黒い悪夢”を見ることができたように、
お父さんを”見つけることができる女”は、決まっています。お父さんの人間の妻の一人です』
他の人間からは見えないのか。確かに、神様っぽいな。
でっかい竜が、女と会って、お前を妻にしてやろうとか、そんな感じか。
でも、竜の視点だと変態だよな。
いや、人間がハムスター愛でるみたいなもので、竜の視点から人間見ると可愛いのかもしれないな。
でも、妻。やっぱ変態だ。
でも、遭難して助けてほしかったときの感覚は、人間っぽい気がする。
「でも、そのとき人間だったように感じるな」
『はい。お父さんが人間として暮らしていたときです』
ん? 異世界で竜に生まれ変わる話じゃ無かったのか。
なるほど。
俺は、この子の世界でも、人間として暮らしていた時期があるようだ。
「俺は、竜に、生まれ変わるんじゃなかったのか」
『はじめは人間です。私は見たことがあります』
はじめは人間だと言っている。
「人間が竜になる世界なのか?」
『人間は竜になりません』
人間は竜にはならない世界だ。まあ、普通だ。
「はじめは人間ってのは嘘なのか?」
『嘘ではありません。はじめは人間です。私は見たことがあります』
見たことがある? 俺は既に死んでいた。
「どうやって竜になるんだ?」
『お父さんは、竜になることを選びました』
ここがわからない。
「どうやって?」
『知りません』
「なんで知らない?」
『私が産まれる前にお父さんは死にました』
「死んでるのに見たのか? 俺が人間の時の姿を見たんだろ?」
『はい。私は、過去の人間の目で見たものを、見ることができるときがあるのです』
信じがたい話ではあるが、嘘とも言い難い。
でも、あっさり死んだ言われると、ちょっとショックだ。
あ、あれ? 凄いデジャブ感が……
あ、俺、たぶん、過去にこの話してるな……
…………
…………
『変です。お父さんは私の名前を知っていました。
はじめて私がお父さんに会ったとき、お父さんは人間の名前では無く、私を名前で呼びました』
「グライアス?」
『違います。それは人間が呼ぶ名前です。
お父さんは、私とはじめて会ったときにも、私を名前で呼んだのです』
ん? 俺は名前を知っているのか。
ああ、でも、この子が生まれたときには、俺は死んでるんだから、名前は付けないと思う。
「生まれたときには、俺は死んでいたんだろ?」
『お父さんは忘れています。お父さんは今、私と会っています』
いや、そうじゃなくて、俺が名前を呼ぶという情報を、俺は今聞いたわけで、じゃあ、呼び始めたのは誰なんだよ!
「グライアスってのは?」
『人間がそう呼びます』
俺は、人間とは別のカテゴリーの何かなんだな。
『人間は一番大きな竜を、グラディオスと呼びました。口から火を噴く竜です』
「火竜なのにグラディオスか。惜しい、沙羅曼蛇じゃないのか」
『お父さんは、昔そう言っていたそうです。
私の世界のサラマンダーは、人間よりも、もっと小さな生き物で、トカゲの仲間です』
ああ、そういえば、竜はでっかい犬だったか?
『犬ではありません!!竜です』
ん? 俺は、口に出してないと思うんだが。
…………
…………
そうか。思い出した。
俺は、けっこうオーテルと話をしてるんだな。
今回は、小泉さん(洋子)に会った後だったけれど……はじめは、小泉さん(洋子)が死んだ後で、俺は生きる気力を無くしていた。
そこにやってきたのが、自称、俺の娘で、謎の幽霊みたいなやつだった。
はじめは、バカバカしいと思ったけど、相手が何者かはともかく、俺は、けっこう愛でていた。