表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/115

26-3.大鎧の呪い

挿絵(By みてみん)


金曜の夜に、小泉さん(洋子)から電話があった。

さっそく読んでしまったそうだ。まあ、週末までもっただけ良かったけど。


「ああ、読んじゃったのか」

「うん。勝手に読めちゃって」


また力を、補充しに行かないといけない。


「じゃあ、明日か明後日」

「ねえ」

「え?」

「私、たくさん読むことにした。だから、明日」


たくさん読むことに……何かを知ってしまった。戻れなくなった……ということだろう。

俺はまた、どんどん普通の人間ではないことを知られてしまう。


だから、できれば読んでほしくなかった。

でも、小泉さん(洋子)が望むなら……読む勇気があるのなら、俺は邪魔はしない。


「ああ、わかった」 そう答える。


…………

…………


小泉さん(洋子)が、石を読めば読むほど、俺は、人間として、いろいろとおかしいことを知られて、嫌われてしまうのかもしれない。

それでも、唯ちゃんを治療するよう、頼んでくれれば、妻の形見を渡してくれれば、俺はオーテルとの約束を果たすことができる。


小泉さん(洋子)は、石の記憶を、積極的に読むことに決めてしまったようだ。

言葉に強い意志を感じた。


俺は、小泉さん(洋子)の意思を尊重したい。たとえ、結果として嫌われてしまっても。


何か”切っ掛け”となる”強い引き金”があれば別だが、小泉さん(洋子)が石の記憶を読むには、俺の力が必要だ。

力と言うのは、魔法の力だそうで、俺はその力の供給源になる。


つまり、たくさんの情報を読もうと思うのなら、俺が補充しながら読むことになる。

必然的に、これからしばらく小泉さん(洋子)と会える。


それじゃ、俺も、付き合いで、石の記憶を読んでみるかな……と思うものの、俺は、異世界に行くと、記憶を無くしてしまう。


どうせ、忘れると思うと、読む甲斐が無い。


オーテルに訊いてみる。

「俺も読んでみようと思ったけど、どうせ、記憶は無くなるから、意味無いんだよな?」

てっきり、肯定されるかと思ったが、思ってたのと違う答えが返って来た。


『お父さんは、満足して行くとき、記憶を持って、行くことができます』

「なんでだ?」

『”未練にならないから”だと、お父さんは、言っていたようです』


ああ、俺は”記憶を持って行けない”んじゃ無くて、”未練になるものを持って行けない”のか。

確かにそうかもしれない。

異世界のことも、かなり覚えているけれど、居るはずの身近な人が記憶に無いので、不思議には思っていた。


俺が逝くときはときは、もう、この世界とは無関係になるから、持って行けるってことか。


じゃあ、オーテルのことも、今のうちに、聞いておいた方が良さそうだ。


「オーテルが、はじめて、こっちに来た時の話を教えてくれ」


『はい。私が来た時、お父さんに私の声は届きませんでした。

 そして、ベスは既に死んで居ました。だから、話をする方法がありませんでした。

 私はとても困ったのです。

 私は、ここに来る前、お父さんと会って、すぐ成仏すると思っていました。

 お父さんに話が通じたのは、洋子が死んだときです』


「ああ、富士の樹海か」


『はい。私は、お父さんが、フジの樹海に行きたがることを知っていました。

 でも、お父さんには、フジの樹海では足りません。もっと、もっと大きな森を望みます。

 私はそれを知っていました。そのとき、もっと良い森に呼ぶことができます』


「俺は、その話に釣られたのか」


『はい。でも、森に行きませんでした。もう気力が無いのだと言ったのです。

 だから、私は困りました。私の知っている話と違っていたからです』


「ああ、だからか。しばらく一緒に暮らしてたんだよな?」


オーテルは俺に森に行くよう勧めた。

だが、俺は行きたがらなかった。だから、オーテルと話をする機会ができた。


『しばらくとは、どのくらいですか?』


「一月とかか?」


『一月は30日のことですね。

 私はずっといましたが、話ができるようになってからは、15日くらいだけでした』


「そうか。あまり長い期間では無いのか」


『お父さんは、はじめて会った時、私をオーテルと呼んでいました』


「なんで知っているのか不思議だったってことか?」


『はい。でも、このときも不思議に思ったのです。

 このときのお父さんは、私の名前を知りませんでした』


「なんで不思議なんだ? 俺は記憶を無くすんだろ?」


『記憶を無くすなら、はじめて会ったときに、私の名前を知りません。

 だから、私の名前を憶えていると思ってました』


「はじめて会ったときっていつだ?」

『森で会ったときです』


「俺は、オーテルに呼ばれて森に行ったんだよな?」


『私が呼びに来たのは、帰ってしまった、お父さんを呼びに来るためです』


「帰ってしまった?」


『はい。私は歴史を変えてしまいました』


「歴史を変えたから、帰ってしまった?」


『はい。私は、歴史を修復するために来ました。

 やり直すために、お父さんを呼びに来ました』


ををを!!!! やっとつながった。

俺には、異世界に行って結構な期間暮らしていたような記憶がある。


時間を戻すために、行き来していたと言う感じても無いのだ。

やっぱり、しばらく住んでたのか。


ん? そもそも、なんで俺は帰ったんだ?


「なあ、なんで俺は帰ったんだ?」


『”黒い悪夢”を滅ぼすことができなかったからです』


ちょっと待て、これって、勇者モノだったのか?

世界を救う話? 俺は神様になるんじゃなかったのか?


そもそも、黒い悪夢って何だ?


「”黒い悪夢”ってなんだっけ?」


『お父さんが滅ぼす敵です。お父さんにしか、滅ぼすことのできない敵です。

 でも、お父さんは、簡単に滅ぼすことができると言います』


凄く不吉な予感が……


「黒い悪夢は、世界を滅ぼしたりするのか?」


『はい。触れたものはすべて消えます』

「世界を滅ぼすのか?」

『お父さんは世界を救ったと言います』


なんてことだ!! 俺は世界を救うとか、そう言うのは嫌いなんだよ!!


「俺は世界を救うのは嫌なんだよ。

 他の竜は? 俺じゃ無きゃ倒せない理由があるのか?」


『はい。竜も対抗できません。見ることができません。

 見えるのは、大きな竜と、一番大きな竜だけです』


「一番大きな竜が俺なんだよな? 大きな竜ってのは?」


『私をここに連れてきた竜です。大きな竜は、一度、黒い悪夢を倒しました』


「一度?」


『でも、黒い悪夢は小さくなっただけで、滅ぼすことはできなかったのです。

 大きな竜は、黒い悪夢を滅ぼす方法を探していました。

 そして、一番大きな竜が滅ぼすことを知りました』


「それで、帰ってしまった一番大きな竜……

 つまり、俺を、オーテルが呼びに来た……ってわけか」


『私は、お父さんに会いに来たのです。子供の頃からの夢でした』


ん? オーテルは、帰ってしまったから呼びに来たのではないのか?


俺は、世界を救うとか、そういうのは嫌なんだよ!!


「そもそも、簡単に倒せるのに失敗して帰ったって何だよ」


『お父さんが来ないとどうなるかを、お父さんが知るようにしたのです。

 そのとき、お父さんは来ない方が良かったと思って帰ることを選びます』


「だったら行かない方が良いんだろ?」


『ダメです。お父さんは、私と”洋子を助けたら私の世界に行く約束”をしました』


くそっ、それかよ……


『それに、お父さんは黒い悪夢を滅ぼします。妻が死ぬことを嫌います』


「小泉さん?」


『洋子ではありません。私のお母さんたちと』


「たち?」


『人間の妻が居ます』


「人間の妻?」


妻が、何人も居るのか?


『お父さんが、帰ってしまうと、妻たちは黒い悪夢に殺されてしまいます。

 お父さんが、はじめから来なくても、人間の妻達は、早くに死ぬか、不幸になります』


どういうことだ?


『鎧が呪いをかけました。お父さんは妻が死ぬのを嫌って、黒い悪夢を倒しに戻ります』


「鎧って?」


『大鎧です。一番大きな竜が、人になるとき生まれる鎧です』


「くそっ、俺の敵は大鎧だったのか」


『大鎧はお父さんの敵ではありません。

 お父さんの言葉が残っていたので、私は知っています。

 鎧はお父さんの一部です。鎧には寿命がありません。

 お父さんも、死ぬことはできません。でも、一番大きな竜は死ぬことができます。

 お父さんは、妻が死ぬのを見たくありませんでした。

 だから、鎧も、お父さんも、一番大きな竜になることを望みました』


あれ? なんか知ってるような?


そのとき、記憶が蘇る。大鎧の記憶だ。石には、大鎧の記憶も含まれるようだ。

※23-8.大鎧出現(1)~23-13.残った大鎧 参照


…………

…………


大鎧は、人間の女たちを愛でていた。女たちも鎧を慕っていた。

女達に子ができ、孫ができ、歳をとっても、鎧は人間の女たちを愛でていた。

ところが、だんだんと女達は減って行った。死んでいった。


人間には寿命があった。一人死ぬごとに鎧は大層悲しんだ。


元々、人間だったこの鎧は、人間の女たちと共に年を取り、歳の順に、女たちより先に死にたかった。


神と人は、共に生きて死ぬことができない。

神の一部である鎧は、寿命で死ぬことができなかった。


鎧は鎧である限り、死ぬことができない。

鎧は、竜に戻ることを望んだ。


竜に戻れば、再び寿命を手に入れることができる。

老いて死ぬことができるようになる。

寿命だけではない。死を手に入れることができる。


その為には、去って行った半身が、この世界に戻ってこなければならない。


鎧は、もう人間の女を愛でるのは辞めようと思った。


でも、鎧は人間の女を愛でてしまう。


あるとき、竜の気配を持つ女が、鎧のところにやって来た。

この女は、未来のことを知っていた。

そして、一番大きな竜の妻になりたいと言った。半身は戻ってくるのだ。


妻と聞いて、鎧は、半身を呼び戻す方法を思いついた。

死ぬはずの女を妻にすれば良い。

妻の名はテラ。

この妻になりたいと言った女は、テラという名を持つが、若いうちに死ぬ女では無かった。


それでは、半身をおびき寄せる餌にできない。

その話をすると、その女は、娘を生贄に捧げると言った。


生贄の娘も、死にはしないが、半身が来ないと不幸な人生を送る。

娘もテラの名を持つ。


そこで、この女と協力して、半身を呼び戻すための呪いをかけることにした。

生贄の娘には、妻の証として、盾の所有権を与えた。


だが、それだけでは、呪いは弱い。


しばらくすると、鎧と話のできる子供がやって来た。この子供の名はテラ。

近々死ぬ子供だった。鎧は、この子供を妻とし、その証に、剣の所有権を与えた。

※大鎧は、大鎧を纏う神様の名前で、鎧だけでなく、盾や剣、兜が含まれている


これで、鎧の呪いはほぼ完成する。


黒い悪夢が、妻たちを殺しに来るよう仕向けることができる。

そうすれば、確実に”鎧の半身”は、やってくる。


”一番大きな竜”を天敵だと理解すれば、”黒い悪夢”は、”一番大きな竜”に関係するものを、優先して襲う。

”黒い悪夢”に天敵であると認識させるには、”黒い悪夢”に食われる女を、先に妻にしてしまえば良い。


このテラと言う名を持つ子供が罠に使える。この娘は、もうすぐ、”黒い悪夢”に食われて死ぬ。

半身は、妻が自分より先に死ぬことを許さない。


その妻を助ける時、半身は”黒い悪夢”を敵と認識する。”黒い悪夢”も、半身を敵と認識する。

そして、呪いは完成する。


半身は、妻を救うために、横浜に戻ったのだ。

必ず妻を救いに来る。


鎧も、半身も、女を愛で、死ぬと悲しむ習性がある。

鎧も半身も、心がとても弱かった。だから、悲しい思いをしたくなかった。


世界を救いたいとは思わなかったが、

愛でている者が死ぬのを見るくらいなら、それより先に死んでしまいたいと思っていた。


鎧と半身は、1つに戻らないと、死ぬことはできない。


…………

…………


ああ……

俺は世界を救ったわけじゃ無いのか。

俺は、小泉さん(洋子)を救うために神になったけど、鎧も俺も神を辞めて死にたかった。


”黒い悪夢”が被害者だ。


鎧もよく考えたな。

これなら、”黒い悪夢”以外は、みんな幸せになれそうだ。


俺は、異世界には死にに行く。

行かないと、死ぬことすらできないからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ