26-2.妻の許可下りず(1)
”石”を読む。石と呼ばれるアイテム。俺の首の骨、しかも遺骨だ。
俺が死んだ後にできるアイテムを、俺自身が持っている。
もともとこの石は、関連する情報が読めるというものなので、新たに関連情報を追加できれば、条件付きで記憶を思い出させることができるようだ。
予め、起こることが分かっている特別なイベントがあるなら、それに関連付けて思い出す内容を入れておけば、そのイベントが起きた時に、その内容を思い出す。
何を設定したのかはわからないが、俺は40の時の同窓会に行こうとすると、尾骨が痛むようになっているようだ。
それと、小泉さん(洋子)が死んでしまうと、たぶん、樹海に行こうとする何かが入っている。
過去は変えない限り毎回同じなので、石に発動条件を設定してやり直すことができるなら、歴史を変えやすくなる。俺の些細な行動は、俺の行動が変わると、その後変化する可能性がある。
それに対して、同窓会とかは、俺の行動が少々変わっても、同じ時期に開催される。
そういうものであれば、条件設定しやすい。
ただし、さらに条件がある。
結局、俺が動くエネルギーの根源は、消化試合によって生み出されるのだ。
何かが頭に浮かんだところで、その情報に釣られて動くかというと、俺の置かれている状況に左右されるわけで、意図した行動をとるかはわからない。
俺は30のときに友達の結婚式の二次会で、小泉さん(洋子)と話し、”またあとで”という言葉が最後になる。
その後、その言葉が呪いになって、俺は人生消化試合を始めることになる。
その時無駄に消費される人生は、俺を動かす力になる。
つまり、”またあとで”の言葉を聞いた後、俺が後悔した気持ちを使って動く。
別に、力は別のものでも良いのだが、俺が溜め込む力は”後悔”。
つまり、小泉さん(洋子)が死んだとき、死にたくなるほど溜め込んでいる力を使って、その歴史を変えることができる。
そう考えると、俺が”後悔の念を効率的に溜め込むための仕組み”が作られて、それが俺が歩んできた人生なのではないか。そう思える。
おそらく、既に何かが仕込まれていて、俺が人生消化試合を始めるようになっている。
例えば、小泉さん(洋子)についての情報が流れてきても、一切記憶に残らないようになっていたとしたら?
俺は、本当は小泉さん(洋子)が離婚して、貧乏生活を送っていることを知っている。
だけど、それを無視するような設定になっていたら?
実際、40の同窓会に行くのを邪魔する設定が入っているのだ。
今回は41歳で再会になってしまったが、本当は50で会うはずだった。50で再会だと、溜め込んだエネルギーは今よりはるかに大きい。
もしかしたら、小泉さん(洋子)を助けるために、自分から動けるかもしれない。
俺は思うのだ。
俺が、”偶然、小泉さん(洋子)を助けないと、気が済まない状況に追い込まれている”のではなく、もともと、小泉さん(洋子)を助けることを目的にして、この俺の人生が作られたのではないだろうか?
例えば、今回、唯ちゃんから電話がかかってきたが、あれは、俺が契約しているケータイだ。
俺は、小泉さん(洋子)が離婚していることも知らないのに、あれが唯ちゃんの手元にある。
そして電話がかかってきた。
40歳の同窓会は、尾骨痛で行けなかった。すでに、石には条件設定が入っていて、機能している。
何か情報を思い出すだけではなく、無意識に何かをさせる方法があるのかもしれない。
関連した情報を与えることができるだけでも、条件を加えれば、より良い結果に変えることができるのではないかと思う。
俺はよく、フラグに釣られる癖がある。
フラグを立てそうなパターンを洗い出して、俺自身の行動を変えることができるかもしれない。
3回くらいチャンスがあれば、いろいろ試せるのだが……たぶん3回くらい前の俺はそう思ったはずだ。
だが、あと1回しかチャンスが無い……あと一回しか時間を戻せない……あれ?
足りないのは爪。爪はあっちの世界にある。
全部のパーツが揃って、一番大きな竜になってしまう。
オーテルに確認する。
「あと一回時間を戻せる? 行くだけじゃ無くて?」
『わかりませんが、ベスの体で触れ合えるのは、今回が最後だと思います』
俺は行ったら最後、戻って来られない可能性が高そうだ。
せっかく、石に条件付けできることがわかったのに、残念だが、今回で終わりにしないといけない。
いや、何回か前の俺が頑張った結果が今回かもしれない。
そう思うと気が軽くなる。何十年をやり直すのは、正直しんどい。
それに、俺は、小泉さん(洋子)が生きていて、ひざまくらしてもらえて満足してしまった。
今なら成仏できそうだ。
異世界って、本当は単なる”あの世”なのかもしれない。
俺が成仏して行くところ。
だとしたら、俺は安心して成仏できる……死ぬことができるということになる。
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週末まで待って、ようやく唯は、母(洋子)から、自分が生まれた時の話を聞いていた。
洋子は石を持っていて、事故で石を読んでしまう可能性があるため。
唯は、唯の父親は栫井なのではないかと疑っていた。
ところが、当時の話を聞いても、栫井は一切登場しない。
栫井の言っていた(正しくは、栫井が言ったと、ベスが主張している)遺伝とは何だったのだろうか?
病気も不思議な力も、受け継いでいるように思える。
「唯は極端な未熟児で生まれて……あのときは救急車呼んで大変だった。
出産は病気じゃ無いから、救急車呼んでも来てくれないのよ」
この話は、唯も何度か聞いたことがあった。
実際は、洋子はこの時、流産かと思い焦っていた。
予定日は遥か先なのにおなかが痛くなった。流産を疑っても仕方のない状況だ。
ところが、流産では無く出産、陣痛だった。
「産まれた時、こんなに小さかったのよ」と洋子が大きさを手で表現する。
唯には、それがどのくらい極端に小さいものかは、よくわからなかった。
体重2000g未満を未熟児と言うが、唯は500gと通常の1/5以下と言う極端な未熟児であった。
「未熟児だったせいか、産むのが楽でね。準備の方が大変だったわよ。
「準備?」
「何ヶ月先の予定が急に来たから、産着も無いし、用意しててもサイズ合わないし……」
「産後の経過が良くて、すぐ動けるようになって、病院が退屈だった」
早産は、子どもが小さいので体の負担が小さい面もあるが、通常、何ヶ月もかけて、身体が出産準備をしているのに、その途中でいきなり出産となるので、母体のダメージも大きい場合が多い。
ところが、洋子はピンピンしていた。
新生児の唯は、更に輪をかけて予想外に順調だった。
500gで生まれたら、即保育器行きで、しばらく出られない。
通常、かなり長い間入院が必要で、なかなか退院できない。
しばらく退院できないはずが、あまりに元気(保育器に入っているのに、寝返り打とうとする)なので、大幅に前倒しで退院した。
家に帰ってからも、あっという間に大きくなって、首が座るのは並の子より早かったほどで、大きさはまだ追い付かなかったが、3か月検診のときには、未熟児だったとは思われないほどに、成長していた。
一気に大きくなったので、どこまで大きくなるかと思ったが、体の大きさ自体は、そこから先は普通の子と変わらなかった。ただし、話したり、歩いたりするまでの期間は明らかに早かった。
「でも、唯が生まれて、ちゃんと育ってくれて良かった。不妊じゃないかって言われてて、心配してたの」
「不妊とは、子を産まぬことじゃったな」 ベスが言葉の意味を確認する。
「ええ」
唯には兄弟は居ない。洋子は、本当は欲しかったができなかった。
そのことは唯も聞いて知っていた。
二人目ができなかったのも、離婚理由だった。
唯が生まれたこと自体が奇跡みたいなものだった。
唯が生まれるより少し前、洋子は不妊症を疑い、病院で調べていた。
結果は不妊症で、自然妊娠で子供を産める可能性は、ほとんど無いと言われていたのだ。
ほとんど無いというのは、つまり絶望的という意味だ。
子供が欲しいなら、本格的に治療する必要があるから、次は旦那さんと一緒に来いと言われていたが、夫に相談できずにいたところに、気付いたときには妊娠していた。
そして、まだまだ予定日には遠かったが、極端な未熟児で産まれてしまった。
ところが、ベスが妙なことを言う。
「洋子、お前は、もともと子を産めぬ」
「え? 何言ってるの? 唯は私の子よ」
「唯が特別なのじゃ」
「とくべつ?」 唯は、話を聞いて良いものかと思いつつも、とても聞きたかった。
「話を聞いたら、お父さんに、唯を助けるよう頼め」
「関係あるの?」
「あるに決まっておろう。
関係無ければ、唯を救わずとも妾の世界に行けるが、それでは妾が困るのじゃ。
もう、条件が揃ってしまう。もう、行ったら戻って来られぬかもしれぬ」
「どういうこと?」
「もう時間は戻せぬ。あと1つで揃う故、もう戻る必要が無いのじゃ。
話すからには、お父さんを解放してもらうぞ。
お主が許可せねばならぬ理由は、契約のせいじゃ」
契約?
「栫井君と契約したってこと?」
「そうじゃ。お前は、子が居れば開放すると言った」
「たしかに、唯が生まれたこと自体が、奇跡みたいなものだったけれど」
「奇跡じゃ。だから、お父さんを解放するのじゃ。
お主との契約は果たされた。
お主が”子供が居らねば行くことを許さぬ”と言ったのじゃ」
そのとき、急に映像が見えた。石の記憶だ。
…………
…………
20代前半くらいか、すっかり大人になった唯。
このときまだ気付いていなかったが、唯は発病している。
50の同窓会で栫井と再会する。
そして、洋子は栫井に頼む。
もちろん栫井は承諾して、治療する。
30くらいだろうか、さっきの治療前より、だいぶ歳をとった唯の姿。
唯は生きていた。洋子も……老けて。
「あれ? え? 唯が年取って、私も」
そのとき栫井は居ない。
栫井は、去ってしまったようだ。
そう思ったとき、部屋の片隅に仏壇が見えた。
家には仏壇が……唯は生きてて仏壇?誰の?
お父さんか、お母さんか。15年後でも、まだ亡くなるには少し早いような気がした。
ところが、遺影には、意外な人物が。
栫井君?
なんで栫井君の仏壇がうちに? なんで?
映像はそれだけだった。洋子の家に栫井の仏壇。
最後のシーンには言葉が入っていた。
”あの人、異世界で神様やってたから。こっちでも神様だったけど”
洋子が自分で言っていた。
”あの人、異世界で神様やってたから。こっちでも神様だったけど”
…………
…………
あの人というのは、遺影の……栫井君は、尻尾の神様。
「尻尾の神様か……」
「え? お母さん、どうしたの?」
唯が訊くが、洋子はそれには答えず、ベスに尋ねる。
「石に、未来の情報まであった。なんで?」
「妾の、お父さんが助けてくれたのじゃ」
「うん、それはわかった。なぜ未来のことまで?」
「おお、そうか! お主は覚えておらんのじゃな。
この石にとっては、全て過去のことなのじゃ。
お前とは、別の時間を歩んだのじゃ」
「別の時間?」
「お前の時が戻っても、この石の時は戻らぬ。
妾はお父さんが死んだ後の世界から、この石を持ってきたのじゃ」
「私がやり直した時間も、もっと未来のすべて入っているってこと?」
「どこまで入っていて、何が読めるかはわからぬが、
未来のことが読めてもおかしくは無いのじゃ」
洋子の頭に、未来の世界から来た青いタヌキ型ロボットが浮かぶ。
四次元ポケットという収納庫を持ち、未来の世界の道具を出してくれる。
未来から来ただけあって、時間を移動する道具もあり、主人公の少年の机の引き出しが、タイムマシンの出入り口になっている。未来の話も度々出てくる。
洋子も、何度か考えてみたことがある。
だが、自身が、未来の情報の入ったアイテムを持つとは思わなかった。
しかも、それを持ってきたのは、四次元ポケットなんて持たない、犬型の何かだ。
『犬ではない、ベスという生き物じゃ』
↑この声は、唯には聞こえていたため、なぜ急に言ったのか不思議に思う。
洋子がいろいろ考えこんでいると、ベスが言う。
「洋子、お前は言うておった。お父さんの骨は、お前の持ち物だと。
石はお父さんの首の骨。お前のものじゃ。いずれお前の元に戻る」
栫井のお骨は、洋子のもの。そういうこと?
仏壇があるということは、洋子と栫井は結婚して、遺骨は洋子の元に来た。
だとすれば、辻褄が合う。
でも、会うのは50の同窓会になるはずだった。
「50の同窓会で会うはずだった?」
「妾もお前と、お父さんは50の同窓会まで会わぬと聞いておった。
そのときには、ベスは寿命でもういないのじゃ。
いつ、ベスの体で触れ合うのかと疑問に思うておった。
唯が電話で呼びおった。おかげで、お父さんと触れ合うことができたのじゃ」
どうしよう……
その時に歩むはずだった人生と現状は違う。
正しい歴史では、洋子が酔いつぶれて、唯が栫井を呼んだりはしない。
ようやく唯が声を出す。
「ねぇ、ベス……オーテルさん、私が特別ってどういうこと?」
この声を待っていたかのように、ベスは話しはじめる。
「お前が気付いてる通りじゃ。
妾の世界の人間は、この世界の人間のように大きく生まれたりせぬ。
…………
…………
これには、洋子もショックを受ける。
その話が本当だとすれば、栫井の行動は? 洋子との契約の内容は?