25-20.暴露
届け物のついでに、ちょっと寄ったつもりが、また長居してしまった。
「それじゃ、そろそろ」
「帰る?」
「また長居しちゃったな」
「ううん、いいの、ごめんね……わざわざ持ってきてもらって」
「ああ、ベスと散歩したし、雨止んだし……」
元の目的は別だったけれど、どっちにしろ、魔法の力とやらを補充する必要が有ったから、来る必要はあったのだ。
それを考えると、昨日のあの”パンツ混入”は、今日俺をここに来させるために必要なイベントだったのだろう。
俺の人生は、こんな感じで、変なイベントが発生して進んでいく。
今日は、まだやらなくてはいけないことがまだ1つ残っている。
帰る前に一言伝えておかないといけないことがあるのだ。
が、なかなか切り出せない。
俺が居ればチャージできるという、魔法の力と言う謎のエネルギー。
それについて、伝えておかねばならないことがある。
いきなり魔法だったり、俺が供給源だったり、いろいろツッコミどころはあるが、まあ、とにかく、これは使うと無くなってしまう。使わなければ、しばらく残るようだ。
そして、活力の元のような効果があるようで、元気が出る。
今の小泉さん(洋子)は、体も心も弱ってるので、俺としては、元気の素として使って欲しいと思っている。
前回溜めた分は、小泉さん(洋子)は石を読むために使ってしまった。
狙って読んだのか、無意識で読んだかはわからないが。
小泉さん(洋子)は体のどこかに、石を持っている。
その石には情報が入っていて、読みだすことができる。
単に必要な情報が必要な時に読めるのなら、都合良いのだが、そうとも限らない。
厄介なことに、その石というのは俺の遺骨なのだ。
俺の理解を超えた何かがあるのだ。
まず、俺が生きているのに遺骨があるという異常事態であり、さらに問題なのは、俺が生きてるのに存在している遺骨なので、そこに入っている情報には、未来のものが含まれるかもしれない。
その遺骨は、オーテルが持って来たもので、現時点の俺が知らない情報も含まれている。
下手したら、俺が死ぬまで知らない情報も含まれているかもしれないのだ。
何しろ遺骨だから。
さらには、既に過去になった情報でも、俺の知らない情報も入っているわけで、極めて厄介な状況なのだ。
できれば知ってほしくないと思う過去の情報も入っている可能性が高い。
唯ちゃんが亡くなって、小泉さん(洋子)が首吊ったことなんか、できれば思い出さない方が幸せだと思う。
前回どこまで読んだかはともかくとして、力を補充しても、また読んでしまえば無くなってしまう。
ひとまずは、それを何とかしたい。
説明して理解して貰えるだろうか?
「小泉さん、俺には元気になる力があって、それを小泉さんに分けることができて……」
「ええ。体調良いと思ってたけど、栫井君の力だったのね……
栫井君、本当に神様なのね」
洋子は既に、栫井が尻尾の神様だということを知っている。
そして、石を読んで力を使ってしまったことも。
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神様のことまで知ってるのか。
どこまで知っているのだろうか?
正直、小泉さん(洋子)にはあまり知られたくなかった。
「いや、俺は神様とかそう言うのは」
洋子は、栫井が、洋子を救うために時間を戻し神になってしまったことまで知っている。
「ごめんね。私が神様に……」
ああ、遅かった……もう、そこまで知っているのか。
「いや、いいんだ、俺は神様だと思われるのが嫌なだけで。
それに、俺は、もっと嫌なことから逃げてるだけで」
俺はその時の状況はよく覚えていないけれど、その時の状況が嫌で逃げたのだと思う。
手短に、魔法の力の説明をする。
「この力を小泉さんが持ってる間元気が持続するんだけど、消費すると消えちゃうから」
「うん」 洋子は短く答える。
「奥底にある記憶を読むと、その力が使われてしまうから、小泉さんが元気になるまでは、使わずに持っていて欲しいんだ」
それを聞いて、洋子は呟く。
「……石の記憶」
石のことも知ってるのか。それなら話が早い。
「そう。石の記憶。それを読むと力が消費されるから」
「なんで、急に思い出したのかと思ったけれど……読むには栫井君の力が必要だったのね。
ありがとう。唯が生きてる」
「え? お母さん?」
唯はさすがに、この言葉には驚きを隠せない。
「唯、あとで話すから」
”唯ちゃんが生きている” それを言うということは……死んだ未来があったことを……
やっぱり、そこまで知ってたのか。知ってて黙っていてくれたのだ。
やっぱり、わかっていて下着を持たせたのか……
※実際には、時差があり、洋子は下着を持たせた後に知った
だったら……俺は、受け入れるしかない。
「うん。良かった。だったら、安心して行ける」
そう答える。
ところが、当事者である唯はそれを知らない。
ええ? 私は病気でこれから死ぬと思ってた。死んだことがあるの?
唯にはさっぱり記憶が無い。
唯は明らかに動揺していたが、洋子はそのまま続ける。
「でも、まだダメ」
「まだダメ?」
「もらった力、使って思い出した」
「……じゃあ、病気のことも?」
俺は、唯ちゃんの病気を治してから、行かなければならない。
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病気、洋子は、具体的にどんな病気かは知らないが、”病院に行っても治らなかった”ということは知っている。
治すには、栫井に頼むしか選択肢は無い。
洋子は頷く。
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病気のことまで知っている……もう隠す必要も無いのか。
帰る前に少しだけと思って話しはじめたが、そこまで知っているなら、隠しても仕方ない。
もう、雨もバレてるし、ベスのお父さんも妻の形見も。
「そこまで知ってたのか。だったら、話すよ。唯ちゃんも聞いてて欲しい」
唯は遂に出生の秘密が明かされるのかと思った。
唯は癌で死ぬ。それは遺伝の影響が強く、栫井と同じ病気で死ぬ。
栫井は、その病気を治すことができる。
そして、この人は、自分を父と慕う、不思議な喋る犬ベスを送り込み、見守っていてくれた。
他にもある。気配を感じることができる不思議な力。
唯は緊張してきた。
栫井が話しはじめる。
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「唯ちゃんは、このまま放っておくと病気で死んでしまう。
その病気は、俺が治すことができる。
ただ、小泉さん(洋子)がお願いしてくれないとダメなんだ。
だから、お願いして欲しい」
「お願いするだけ?」
あれ? そう聞かれると自信が無い。
「たぶん……」
そう言いつつ色々考える。
何かお供えが必要なのか?
あれ? もしかしたて、小泉さん(洋子)の命と引き換えとかだったら?
そうだとしたら、俺はその願いは叶えられないと思う。
「オーテル、何も要らないよな? 例えば小泉さんの命とか、寿命とか」
「そんなものは必要ありません」オーテル(ベスの中の人)が答える。
洋子も唯も気付く。やはり、栫井はベスをオーテルと呼んでいる。
そして、ベスはオーテルと呼ばれると、栫井に敬語で答える。
そのとき洋子は思い出す。オーテルとは過去に会っている。
「あっ、オーテルさん?」
「ようやく思い出したか」
すると、洋子は唐突に言う。
「ヤキトリ」
「そうじゃ、お前は約束したのに忘れおった」
※思い出せないのを知っててした約束なので、洋子の落ち度では無い
このとき洋子は、オーテルと会ったことがあるということと、ヤキトリの話をしたことを思い出しただけだった。
「小泉さんは、前回オーテルと会ってたのか」
「知り合いだったことを思い出しただけよ」
オーテルと洋子が知り合いだったことを知り、唯が驚く。
唯が拾ってきたベスと洋子は知り合いだったのだ。
そして、オーテルと呼んでも、結局、母(洋子)に対して、ベスは敬語で答えたりはしないのだ。
そして、何よりも、唯が思っていたより、はるかに大事だったのだ。
なんと、唯は死んだことがある。
『唯ちゃん、この歳でバツイチ経験有りか』
え? わたし、バツイチなの?
『お父さん、バツイチとは何ですか?』
『戸籍のバッテン』
戸籍のバッテン? 唯は、バツイチというのは離婚の意味だと思ったので、唯も離婚するのかと考えたが、この歳でと言ったのが気になる。
そこに洋子が声をかける。
「どうしたの?」
静かになってしまったが、どうも、洋子には聞こえない声で会話しているような気がしたのだ。
「洋子、お前が、お父さんに、唯を治せと願えば良いのじゃ。それだけで良い。
お父さんは、お前の願いは断れぬ」
”断れぬ”?
オーテル以外の3人は、ここに引っかかる。
栫井はなんとなく気付く。
自分がこの世界に残っているのは、洋子の願いを叶えるためだと。
洋子の願いを叶えた時、安心して成仏してしまうのだろう……と。
「だから、治すようにお願いしてくれれば良いんだと思う」
理由はわからないが、俺はお願いされないと治せない。
お願いされるのを待っているのだ。
「それは嘘よ……代償が必要なの」 洋子が言う。
オーテルは要らないと言っていたのに?
代償とはなんなのだろう? 聞いてみる。
「代償?」
「妻の形見」 洋子が言う。
あれは見た目に反して、何か特別なもの? 代償と言えるほど凄いものだったのか。
でも、”捨てて”とか言ってなかったか?
そこに、オーテルが入る。
「願いが叶ったら、形見を渡して、お父さんを解放するのじゃ」
「そう。栫井君を、手放すこと。それが代償」
唯と栫井は、理解した。
そうか。俺は俺が勝手に安心して消えるだけで、それは代償のうちに入らないと思っていた。
「俺自身も代償に入るのか」
「妻の形見わたすって、そういうことでしょ」
妻の形見って、そう言うことか、”行っても良いと言うお墨付き”を与えるもの。
俺は“あっちに行ってから必要なもの“なのかと思っていたが、“あっちに行くために必要なもの“なのか。
或いは、貰えないとこっちに戻ってきてしまうのか……
参った。俺はオーテルの世界に行けなくなってしまう。
「ベスがうちに居る理由は、唯の病気を治すことと引き換えに、
栫井君を自分の世界に連れて行くためだから」
「仕方が無いでは無いか、お前と唯が生きて居らねば、妾のお父さんは、妾の世界に行かぬのじゃ。
お父さんが唯を治して行かねば、妾が生まれることができぬ」
ベスはまったく否定しなかった。
洋子と唯は理解した。
お父さんと言うのは、単なる呼び方の問題ではなく、血のつながった実の親子であること。
栫井が行った先で生まれる子供であること。
「そんなことはどうでも良いのじゃ。妾も協力するでな」
「まあ、行くのは、親を看取って、唯ちゃんが社会人になってからかな」
栫井は、だいぶ先の意味で言うが、突っ込みが入る。
「それでは、ベスが死んでしまいます」
確かに、ベスは既に若くは無い。
洋子はいろいろ考えてしまった。いよいよ話が繋がって来た。
唯は生きている。そして、栫井が治せる。
でも、何かが引っかかる。
「とにかく、力は使わないように。休みの日なら、呼んでくれれば来るから」
力を使うなと言い残し、栫井は去る。
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唯は情報を集めて考える。自分が癌で死ぬのはいつ?
社会人になってからと言っていた。25歳とかそのくらいだろうか?
それとも20歳?
唯の父親かと思った栫井は、オーテルの父親だった。
でも、遺伝の話を考えると、父親は栫井だと思う。
「お母さん。私、本当のお父さんは栫井さんだと思うの」
「ええ? どうして?」
洋子は驚く。洋子に聞くのではなく、唯が思うと言った。なぜ?
父親が誰なのか疑問に思うとき、普通は母親に聞く。なのに唯は自分が思うと言った。
唯が生まれる前後、洋子は栫井とは全く会っていない。
まったく思い当たることが無い。
次の言葉で情報源が分かる。
「ベスは遺伝って言ったでしょ」
「聞いておったか。お父さんは遺伝と言っておった」
「癌で転移して」
「よう知っておるの。
洋子が許さなかったのじゃ。死ぬと契約違反だと言ったのじゃ」
「え? 契約違反」
「だから、仕方無かったのじゃ。
おかげで助かった」
「助かった?」
洋子には思い当たることが無い。何故唯が知っているのか?
「覚えておらんのか。ならば、話は出来ぬ」
洋子は、記憶を辿る。
契約違反。以前、契約があったのだ。いつのことだろう?
”死ぬと契約違反”。誰が死ぬと?
癌のキーワードで病室が見える。
今なら読める……でも、週末まで待つことにする。
金曜、家に帰ってから記憶を読めば、補充がある。
おそらく、読める内容は、楽しいものでは無いだろう。
それでも、読んでみよう。洋子はそう思った。




