25-16.神様は要返却です
唯ちゃんは黙り込んでしまった。
なんだか様子がおかしい。
「ベスが入れたんだよね?」
「私がうっかり入れてしまいました。唯が証人です」 ベスが答えるが言い訳っぽい。
「はい、ベスが……」
唯ちゃんも歯切れが悪い。
どうも変だ。
もしかしたら、小泉さんが自分で入れたのだろうか?
小泉さんは、イタズラはするが、パンツは無いと思うし、入れるにしても、もっと、きれいなやつを入れると思う。
小泉さんが入れたくて入れたとすると、そこが矛盾しているように感じる。
武士の情け言ってたし、見られたくないと思っていたのは確かだと思う。
仮説としては、小泉さんは俺にイタズラで、もっときれいなパンツを入れようとした。
ところが、何かの手違いで、ボロボロのやつが入ってしまった。
……あまりしっくり来ない。
やっぱり、ベスが何らかの形で絡んでいるのか?
「母(洋子)は、栫井さんに嫌われたくないって思ったのだと思います」
俺の考えていることがわかったのか、唯ちゃんが付け加える。
パンツがボロボロ過ぎて、悲しくなったが、嫌ったりはしないと思う。
「俺はそのくらいで嫌ったりしないけどな」 そう答える。
唯もそう思っていた。
ピクルスマシマシしても、風呂を覗いても怒らない人だ。
----
どうも、ベスがやったことにしている感がある。
小泉さんが自分で入れた風だ。俺を試したのか?
嫌われると思ってもやらなきゃいけない理由があった……と考えるのが妥当だろうが、小泉さんだ、イタズラという線も捨てきれない。
俺が嫌がるか喜ぶか確認したかったのか?
いや、確認する必要が有った?
そう言えば、今日、ベスはヤキトリ5本も食べた。5本は多くないか?
もしかして、ヤキトリの配給って、何かの褒美じゃ?
もしかして、俺があのパンツで喜んだかどうかをベスに報告させたのか?
『オーテル、もしかして、小泉さんは、俺があのパンツを受け取ってどうなるのかを試そうとしたのか?』
『何を試しますか? 洋子は間違って入れただけです』
あっさり小泉さん(洋子)が、やったのバラしてる。
……やっぱり、小泉さんが自分で入れたのか。試そうとしたわけでも無い。
いったい何の意味があったのだろう?
他に思い当たること、有るとすれば、俺が今日返しに来る必要があった?
もしかして、小泉さんも何か情報を持っていて、フラグ操作をしている可能性は?
例えば、ボロボロパンツを持たせると、俺が今日返しに来て、雨が降ってきて、唯ちゃんにバレる。
そのことを小泉さんは、知っていたとしたら……
小泉さんは、俺の知らない何かを知っているのではないか?
俺が1人で小泉さんが幸せになれるよう頑張ってるつもりだったけど、小泉さんも知っていて協力してくれている可能性は?
もしかしたら、ボロボロパンツで呼び出されて、俺は今日あっちの世界に旅立つのかもしれない。
そんなふうに、思える理由がある。
俺は、今日初めて知ったことがある。
この世界でも魔法が使えるのだ。何十年生きてきて、今まで気付かなかった。
そんなことに今日気付くと言うのもタイミングが良すぎる。
気配察知があることを知り、その上、雨除けの力があることまで、同じ日に気付く。
オーテルにも確認してみる。
『この世界にも……魔法があったんだな』
『魔法があるか無いかではありません。誰が使えるかだけです。
今、魔法を使えるのは、お父さんとベスと唯だけです』
一番大きな問題がコレだ。
俺とベスは良いとして、なんで唯ちゃんが使えるんだ?
これも遺伝なのだろうか? いったいどこから遺伝してるんだ?
あっちの世界では、魔法は皆使えたのだと思う。
あっちの世界には、俺が覚えている限り、傘は無かったと思う。
雨が降っても、傘不要な世界だった。
『あっちの世界では、雨除け魔法くらい、皆使えたんだよな?
だったらなんで、俺が神様なんだ?』
『お父さんは、どこから見ても神様です。
私の世界の人間は皆、お父さんを神様だと思ってました』
これが良くわからない。なんで、皆が魔法使えるのに俺だけ神様なんだ?
雨漏りしないと神様だと思われる世界らしい。皆が魔法を使えるのに。
俺は、その世界には、あんまり行きたい気がしないのだ。
その時気付いた。何かのイメージが見える。
雨漏りを止めるために頑張って……寝転がっている風景が浮かぶ。
石の記憶だ。
寝転がっているが、それこそが、俺が頑張っている姿だ。
俺はそこに居ることで、何かの役目を果たしているのだ。
雨漏りの神様の記憶は、俺の持っている石に入っている。
あの雨漏りの時、俺はこの石を既に持っていた。
石の記憶が、はっきり見える。
俺の主観的視点。俺が見た風景だ。
宿舎の壁を抜いて……兵士には女も居て……女ばかりだ。
俺は女の兵舎の雨漏りを止める?
いったいどんな状況なんだ?
壁を抜いているのは、宿舎全体を1つの閉鎖空間にするためだ。
俺の雨漏り除けは、閉鎖空間の内側だけに効果があるものだったようだ。
まあ、そんな能力、こっちの世界では持ってても気付かないだろう。
でも、大荷物も濡らさずに運べる。これは、こっちでも使えそうな能力だ。
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
俺の雨避けの能力が見えた。
雨漏りだけじゃない。たぶん触れている物にも効果が伝搬する。
あれがここでも使えるのなら、俺の雨除けは、敷物越しで唯ちゃんに届くかもしれない。
でも、下に敷いた敷物経由より、もっと手っ取り早い方法がある。
「唯ちゃん、ちょっと手を貸して」
「え?」
てっきり、ショーツをカバンに入れたのが誰で、何のためか推理中なのかと思っていたら、急に声をかけられる。
”手を貸して”。その意味は、捜査に協力ではなく、物理的に手のことを言っているようだ。
唯は少し驚いたが、手を出す。
すると、栫井が、手に触れた。
その瞬間、水しぶきが上がる。水滴が体から離れた。
「わ、水滴飛んだ」
体に付いていた水滴が弾かれたようだ。
それを見たベスが言う。
「さすが、私のお父さんです」
やっぱり敬語だ。
でも、唯はそれどころでは無かった。
この人は本物の神様で、信仰する人が沢山いる。それが伝わって来たのだ。
…………
…………
栫井の手は、ガサガサしていた。
これって、人間の手?
見えているものと、触った感覚の差に、違和感を持つ。
だが、そんなことは瞬時にどうでも良くなった。
触れた途端に、体が熱くなる。
近くに居るだけで体が楽になったアレが、手に触れると、直接手を伝って入ってくる。
その瞬間、唯は栫井は雨漏りの神様だと理解した。
雨漏りの神様として、信仰の対象になっている。
信者達が見える。
神様として崇めてるのかどうかは疑わしいが、好意を持っているのは確実に思えた。
大勢の女が見えた。肉体労働者のように見える。
暑いようで、ずいぶん露出が激しい。
今にも倒れそうな粗末な建物に大勢の女たち。
ろくに角材にもなっていないような、不揃いの木材で建てられた建物だ。
その大量の女達は、栫井を神様だと思っている……尻尾の生えた?
……尻尾の生えた神様。
そして、その女達は、尻尾の神様がとても好きで、隙あれば妻になりたいと考えていた。
ところが、この神様は、人間の女を、娘か孫のように可愛がっていた。
※雨漏りの神様については 19章参照
そして、今の栫井自身は、生まれてこの方、女にモテたことは無かったと思っている。
さらには、つい昨日、洋子と両思いだったことが分かって、凄く喜んでいる。
この、たくさんの女たちのことは、忘れてしまったのだろうか?
このことを思い出したら、どうなってしまうのだろう?
それでも母を特別扱いしてくれるだろうか?
そこに居る大勢の女たちの中心的な年齢層が、今の唯と同じか、少し上くらい。だから、こっちでの、高校生くらいの歳の娘達なのだ。
幸い、神様自身は、娘か孫くらいに思っているようだが。
そして、神様は、女に弱かった。
すぐに興奮して倒れてしまう。
神様の弱点は女。特に裸に弱い。薄着にも弱い。かわいい服にも弱い。
好きだけど弱い。
女たちは、神様が倒れると喜んだ。
女たちは、神が戻るのを待っている。
その気持ちが伝わって来た。栫井さんの気持ちや記憶では無いように思った。
もっと神様に想いを寄せる側の視点だ。
いったい何が見えているのだろう? 唯は疑問に感じた。
唯には、栫井の過去の出来事に思えたが、もしかしたら、未来の出来事かもしれないと思う。
未来であれば、辻褄が合う。唯はおそらく未来の話だろうと思い納得したが、それを打ち消すものが届いた。
唯宛のメッセージだ。誰かが、この情報を読んだ時に届くメッセージ。
“私たちの神様を返して。石を読んでいるなら、神様を返して“
え? 返して?
いつか行くんじゃなくて、行って戻ってきた……途中で抜けてきた?
次の瞬間、感覚が現実に戻る。
水滴が飛び散る。体や服についていた水滴が一気に弾かれた。
「雨漏りの神様って、これのことか?」 栫井が言う。
「はい。とてもたくさんの人間を雨から守ることができると聞きました」 ベスが答える。
「え?」
「いや、俺、雨漏りの神様で」
唯は、てっきり隠すと思っていたのに、栫井は隠さなかった。
唯は、今見たことを言える訳もなく、知らないフリをする。
「なんですかそれ」
----
「俺もよく分からない」
俺には、雨漏りを止めると神様になる理由が分からない。
「さすが、私のお父さんです」
「それはいいから」
「さすがです。お父様」
オーテルは自慢げだが、俺にはその価値が良くわからない。
俺は神様とかになるのは、あまり好きではないのだ。
傘は無いが、敷物被ってれば、濡れなくても、そんなに目立たないだろう。
「敷物屋根にして帰るか。こうしてれば、濡れなくても目立たないだろう」
「わかりました、母(洋子)に連絡入れておきますね。
いきなり連れて行くと怒ると思いますし」
そう言って、唯は母(洋子)に連絡する。
…………
…………
「とにかく、一度家に行くからね」
何事も無かったかのように、連絡はしてみたものの、石の記憶の一部を読んで、唯は困惑していた。
“神様を返さなきゃならない“
唯は理解した。この神様は、神様を必要としている人のところに現れる。
だから、全てが終わった時、神様を返さないといけない。
そして、神が去る時、形見を持って行く……ベスが言う、”人間の股の布”
母(洋子)は、何故、昨日、それをカバンに入れたのか?