25-15.雨に濡れない体質(2)
雨が降ってても気付かないなんて……
これには、さすがに唯も少し呆れた。
「本当に神様みたいな人ですね」
「え?」
なんてことだ。
俺は、この公園に”おっさんだと思われるため”に来たのに、大失敗じゃないか!!!
よく見ると、確かに、雨が降っているようだ。
今更遅いかもしれないが、雨が降ってるなら、濡れておくか。
「俺は濡れてるよ」 そう答える。
「あっ、私も今、雨が当たるようになりました」
ちぇ、失敗だったか。俺に連動してるのか。なんでだ?
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”この人は神様だ”
唯は思う。
この人は、唯が雨が降っていることを教えてあげないと、雨に濡れることもできないほど不器用な神様なのだ。
それなのに頑張って人間のふりをしているのだ。
唯はガンで死ぬとか言われているのに、さっぱり死ぬ気がしなかった。
”放っておけばガンで死ぬ”そのことを信じられないわけでは無かった。
この不器用な神様が助けてくれることが分かっているからだ。
助ける理由もわかっている。
唯が死んだら母(洋子)が悲しむから。
唯は、神様に会うのは、はじめてだったが、人間のふりをしている神様について、少しわかった気がした。
神様は、自分が神様であることを知っているけれど、人間のふりをする。
神様は、神様であることを歓迎していない。
だけど既に神様であることには気付いていて、それでも人間のつもりで過ごしたいのだ。
唯は、この神様が人間のふりで失敗しても、そこはフォローしてあげることにした。
「変ですね。少し前から降ってたんです。
傘さしてる人見えますよね」
そう言って、離れた道を歩いている通行人をゆび指す。
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ぬう。傘さしてるんだから、少し前から降っていたのだろう……
『オーテル、いつから降ってたんだ?』
『私は雨が嫌いです』
いや、好きか嫌いか聞いたわけじゃ無いんだが。
「栫井さんがやったんですか?」 唯ちゃんに訊かれる。
わざと、声に出して言う。
「ベスじゃ無いのか?」
ところが、オーテル(ベスの中の人)は、念話で答える。
『私ではありません。お父さんは、人間が神様だと思うほど、力が強いです』
これじゃ、唯ちゃんに聞こえない。
力の強弱はともかくとして、なんで、唯ちゃんが濡れるかどうかが、俺の魔法(?)で変わるのだろう?
『なんで、唯ちゃんが濡れるかどうかが、俺の力で変わるんだ?』
『たぶん敷物のせいです』
『敷物?』
『お父さんのことを人間達は、雨漏りの神様だと思っています』
なんで、敷物で雨漏りの神様なのだろう?
唯ちゃんには、なんて言って説明すれば良いのだろうか?
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栫井さんは、答え方に困っている。
返答に困っている間にも濡れるので、唯は、ひとます避難を提案することにする。
「濡れちゃうんで、続きは、雨宿りしながらにしませんか?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、あの橋の下に」
荷物を持って移動する。
大きな橋の下なので、雨は安心だ。
河川敷なので、上流で大雨が降ると、ここも川の一部になってしまう。
川の様子は、ここからじゃ見えないが、少なくともここは小雨なので、おそらく大丈夫だろう。
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雨と言うのは、不快なものである。栫井は、そう思う。
雨はあまり強く無いので、そんなにたいして濡れたわけでは無いが、濡れると腹立つ。
俺はもしかして、今まで雨に濡れずに生きてきたのだろうか?
まずい、だとしたら、他の人にもバレてるかもしれない……
自分のことより、唯ちゃんだ。
「唯ちゃん、だいじょうぶ? 濡れてないか」 唯ちゃんに、声を掛ける。
「ありがとうございます。栫井さんが、雨止めててくれたおかげで」
なんてことだ……自動で俺がやったことになっているのか。
いや、もしかして、俺より俺のことを良く知っている?
この子はどこまで知ってる?
『オーテル、俺は俺は雨に気付かなかった。雨に濡れないのか?』
俺が念話で話しかけたのに、オーテルは、今度は音声で返してきた。
「お父さんは雨漏りを止めると言います」
「え? 人が居たら」 驚いて、唯が反応する。
近くに人は居ない。
「だいじょうぶ、今は聞こえるような範囲に、人は居ない」 栫井が答える。
そう言われて、唯は、辺りを見回す。そして、気配を見る。
確かに、近くに人が居る様子が無い。
ベスと栫井さんは、気配を感じる力に慣れていて、周りに人が居ないことを確認して話している。
「それにしても、何? ベス、今の話し」
「あ、ああ、いや、おおお、ベスは俺の事を父親だと思っていて」
「思っているのではありません。お父さんは私のお父さんです」
「そこじゃ無くて、ベス、何?今の喋り方」
「なんじゃ。何か文句でもあるか?」
”なんじゃ。何か文句でもあるか?”
こっちが、唯の知る、いつもの話し方。
いつもがあの口調なのに、父親と敬語で話す。そこが不思議に感じた。
「ベスは、栫井さんをお父さんと呼んでいて」
ああ、そうか、お父さんの話は知ってるんだよな。
もう知られていることなので、そこは諦めるが、その先が酷かった。
「お父さんは、私のお父さんです。お父さんが来ないと私が生まれません」
『おい、ちょっと、それはまずい』
唯ちゃんは、困ったような顔をしている。もしかしたら、既知の話だったか?
「まあ、ちょっといろいろあって。そういうことに、なってるみたいで」
少々無理があるが、言い訳をする。
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唯はベスの言葉の意味を考える。
ベスは、栫井さんは、いつかベスの世界に行くと言っていた。
その時に持って行くのが、妻の形見……ベスが、人間の股の布と呼ぶ物。
あれは本当のことかもしれない。
唯は知っている。股の布……ショーツをカバンに入れたのは母(洋子)自身なのだ。
母自身も、いつか送り出すことを知っている。今回は、タイミングを間違ってしまっただけだ。
唯は一つ聞いてみたいことがあった。
本当に、いつか、ベスの世界に行くのかを。
「栫井さん……」
「え? 何かある?」
また、神様っぽい事してたらまずい。そう思って、一通り確認するが、何も無さそうだ。
唯ちゃんを見ると、何か迷っているようだ。
ところが、そこで、オーテル(ベスの中の人)が口を挟む。
『私はベスの体にしか張れませんが、お父さんはもっと強い力があります。
それに、唯は、魔法が使えます』
『たしかに、気配察知が使えてるみたいだからな』
「唯は、魔法が使えます。いえ、使える理由があります」 オーテルが何故か、声に出して言った。
「は?」
「なんで?」 唯も反応する。
「お父さんは神様です」
「本当に神様なの?」
何言ってるんじゃ!!
あわてて、言い訳をする。
「いや、オーテルが神だと思っているだけで、本当は、ただのおっさん的な何かだ」
つまり、俺が神様だとすると、唯ちゃんに魔法が使える説明が付くのだろう。
神様とは、いったい何なのだろう?
ついに真相に……と思ったが、ならなかった。
唯は名前の方に釣られた。
「え? オーテルって言うの? 本当の名前?」
そっちかよ!!!
俺が重要だと思った、神とかおっさんの方は無視された。
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「ベスはこの生き物の名じゃ。竜は竜に名前は付けぬ」
竜?はじめてベスに会った時、竜だと言っていた。
竜って何?
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唯ちゃんが考え込んでいる間に、オーテルに聞いておく。
転移すると人間を辞めることになる。……つまり神になるのだと思う。
『そう言えば、神様は転移するのか?』
『そんなのは、お父さんの他に居ません』
『大きな竜は?』
『大きな竜は、恐らくもう存在しません。私をここに連れて来た時点で、役目は終わりました』
『なんか、オーテルの話聞いてると、竜って命を捨てて会いに来るよな』
『私も役目が終われば消えるだけです』
『俺も、唯ちゃん治したら消えるのか』
『はい。お父さんも同じです。でも、本当に消えるのは向こうに行った後です』
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この話の一部は、唯に傍受されていた。
私を治したら消える?
もしかして、お母さん(洋子)も、そのことを知ってる?
形見の話を聞いたときに思った。
この人はたぶん、目的が済んだら、どこかに行ってしまう。
だから、凄く納得できた。
神様で、人間の願いを叶えたら、どこかに行ってしまう……
この人……栫井さん自身は、それで幸せなのだろうか?
そんなことを考えてしまう。
すると、栫井は、その視線に気付く。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事、俺人見知りで、女の子と喋るの苦手で」
「ええ? 凄く慣れてる感じがします」
「はは、そうかな? 俺、小泉さん以外の女性とほとんど話せないんだけど」
「そうだ、帰りに少しだけ、母に会ってもらえますか?」
「ああ。そりゃいいけど、嫌がらない?」
「恥ずかしがってるだけなので。
いい歳して、栫井さんには、見せたくなかったみたいで」
本当に意味が分からない。自分で入れたくせに、本気で恥ずかしがっているように見えた。
そして、”武士の情け”と言った。
すると、栫井がその言葉を口にする。
「武士の情け言ってたし。事故だから仕方無い」
武士の情け……どういう意味だろう?
「武士の情けって何なんです?」
そう訊くと、栫井は困った顔をしつつも、答える。
「最大限のお目こぼしって感じかな。
だから、見なかったことにしとくから問題無い。ベスのやった事だし」
唯には、母の行動の意味が少しわかった気がした。
母の願いが叶えば、この人は行ってしまう。
そのとき持って行くのが、自分のボロボロの下着だったら……
もし、そんなものを大事にしてくれるとしたら……
渡したらどうなるか、それを知りたいけれど、手放したくない。
その迷いが、今の謎の行動に繋がっているのではないか。そう思う。




