25-13.勇者と神様の関係
ベスは寝そべったまま、しばらく動きそうもない。
「ベスは本当に昼寝していくの?」
ベスは何も答えず、動かない。動く気が無いという意思表示だ。
しかたがないので、しばらく時間を潰すかと、唯も寝転がってみる。
すると、その途端、何かに包まれた。
まるで、安全地帯に逃げ込んだかのような錯覚に陥る。
そして、意外に常時緊張しているのではないかと思えてきた。
常時緊張していると、緊張していることを忘れてしまう。
緊張が解けた時に、今まで緊張していたことを知る。
それが今だった。そして、急に眠くなる。
空は青くなかった。雨が降りそうだから、早めに帰らなきゃ……
そう思いつつ寝てしまう。
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あれ? 唯ちゃん寝ちゃったのか。
『唯ちゃん寝ちゃったな』
『人間の女は、だいたいお父さんの近くで寝ます』
『なんだよ、それ。俺の近くで寝る女性なんか、まったくいなかったぞ』
『私の世界の人間の女は、お父さんの近くで寝ることを好みました』
まあ、そうかもしれないが、あまり嬉しくなかった。
巨大な竜の回りに、たくさんの人間がわらわらと寝ているシーンを思い浮かべる。
確かに、俺が居れば他の猛獣に襲われたりしないのだろう。
俺の気配は、今でも竜の時と同じ大きさなのかもしれない。
でも、不思議に思う。
気配に気付いたり、気配を強めたり弱めたりできる……
これって、この世界では一般的ではない、特別な能力じゃないだろうか?
なぜ、唯ちゃんには、その力があるのだろうか?
さっきは、あまり深く考えなかったが、俺は今まで生きてきて、記憶にある限り、駅に着いたらすぐわかったとか神様だとか言われたことは無い。
時間を戻す前にどうだったかは分からないが。
唯ちゃんにはわかるとしても、唯ちゃんと会うのは、今回がはじめてなので、おそらくは初だろう。
こっちの世界では。
だが、こっちの世界に限らなければ、思い当たるものがある。
神様だと言われたかはわからないが、あっちにいた時、確かそんなのがあったはずだ。
見えていなくても、誰がどこにいるか何となくわかる技だ。
俺の気配が、でかく感じるなら、気配察知じゃないか?
あんまり気にしていなかったが、こっちでも気配察知は使えるのか。
あっちは、ヘッポコとは言え魔法があった。でも、あっちは竜も居るファンタジーの世界だ。
そう言えば、ファンタジーの割にはずいぶん地味だった。
魔法も、気配を感じるだけとか、雨風を凌ぐとか。
ずいぶん実用的なものばかりだったように思う。
水で攻撃とか無かったと思う。
こっちでも使えるものなのか……
魔法は、世界にあるのではなく、人に付随するものなのか。
あっ!! そう言えば、小泉さんを回収しに行った時に、急に暗くても見えるようになった。
あれも魔法か? 暗視か!
気配察知、急に思い出した。
何となく、そんな感じのがあったと言う感覚から、使っていたイメージに変わる。
目に見えていなくても、誰がどこにいるか何となくわかる能力だ。
今まで感じていた人混みの嫌悪感は、気配察知のせいかもしれない。
集中すると、確かに人が居るか居ないかは、結構よくわかる。
そして、唯ちゃんの気配は他の人間と区別できる。
かなり、特別っぽい。
何故だろう?
こっちではあまり気にする必要が無かったが、オーテルなんか、実体無しの気配だけの存在だ。
それに、唯ちゃんとは同じ家で暮らしてるので、オーテルなら、唯ちゃんの気配のことは何か知ってそうだ。
軽く聞いてみる。
『唯ちゃんって、なんか、あっちの子みたいだよな?』
ところが、凄く予想外の言葉が返って来た。
『ようやく気付きましたか』
ようやく? そう言われても、俺は以前の人生では、唯ちゃんとは会ったことがなく、昨日……いや、今日は日曜だから、一昨日か。
一昨日の夜にはじめて会った。それから、まだ48時間も経っていない。
そこから考えると、オーテルの言い方は、初対面で即気付けって感じだ。
”あっちの子”、この言葉が正しい意味で伝わっているとしたら、大変なことだ。
俺は、何か凄い秘密に踏み込んでしまったようだ。
まずは、”あっちの子”の意味が正しく伝わっていることを確認する。
『小泉さんの娘だろ、なんであっちの子なんだよ』
『それはお父さんのせいです』
俺が何かやったらしい。
でも、まだ、”あっち”がどこを指しているかはわからない。
『オーテルの世界の子? 竜なのか?』
『見た通り、竜ではありません。私の世界の人間に近いものです』
竜と人間の区別は見ただけですぐにわかるものらしい。
大きさの差だけでは無いようだ。
『俺は人間なんだよな?』
『お父さんは人間ではありません』
『どっから見ても、普通の人間のおっさんだろ?』
『いいえ、どこから見ても普通の人間ではありません』
なんだと! 俺は仲間外れか!
唯ちゃんは見たままで人間。俺は見たままで人間では無い。
唯ちゃんはオーテルの世界の人間に近いもの。
どういうことだ?
『ここの人間と、あっちの人間は何が違うんだ?』
『細かなことは、わかりません。あっちの人間の男は寿命は短いです』
あっちの男の寿命は短い? 戦争続き?いや、話の筋に関係無いよな。
意味がわからん。
『他に特徴は無いのか?』
『石を読めるのは、私の世界の人間だけかもしれません』
『小泉さんは、オーテルの世界の人間なのか?』
『いいえ、洋子は、ここの人間です』
意味が分からん。
『それじゃ、小泉さんが読めるのに、石を読めるのがオーテルの世界の人間って話はどこから来たんだ?』
『洋子は勇者です』
勇者ってなんだよ!!! 俺は、意味不明すぎて絶望した。
『なんで、こっちの世界に勇者とか居るんだよ!!!』
『勇者を選ぶのは神です。お父さんが神であれば、選ばれた人間は勇者です』
『ぜんぜん意味が分からん』
勇者とか神様とかは、俺が最も苦手とするタイプのやつだ。
『勇者って、世界を救ったりするだろ』
『はい。勇者が失敗すれば、神が絶望して、この世界は失われてしまうでしょう』
ぜんぜん意味が分からない。
俺は勇者とかは凄くやりたくない。
だけど、それを知り合いに押し付けるのもどうかと思うし、神も嫌いだし、そもそもファンタジーはあっちの世界だ。
こっちはリアル。
でも、小泉さんが失敗すると、俺は絶望してしまう。
魔王とかと戦わないだけで、意味は通るのか。
『勇者と神について書かれた書物。人間が、”大鎧の書”と呼ぶものがあります。
お父さんも良く知っています』
『いや、記憶に無い』
『お父さんについて書かれたものです』
勇者と神について書かれた書物は、俺について書かれた書物。
なんだか、すごく萎えるシチュエーションだ。
『勇者と神について教えてくれ』
『はい。聞いたら、引き返すことはできません』
え?
『だったら、少し考えてから……』
そう言いかけたところに、文章が浮かぶ。
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神がいる場所が神殿であり、神が住めば聖域となる。
勇者は神が選ぶ。
神殿には竜が住む。神殿に住む一番大きな竜が人になった。
一番大きな竜が人になるとき、尾は剣に、牙は盾に、爪が鎧と兜になった。
決して壊れることは無い。
迷宮の竜が導く。
勇者は神に力を与え、
神は一番大きな竜になった。
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なんだ? こんなに短いのか?
でも知っているような?
あれ? 俺が一番大きな竜になる理由って? 勇者が小泉さんなら、小泉さんが関係あるのか?
その時、尾骨にキーンと来た。
痛でてでで、持病の尾骨痛が出る。
あまりの痛さに、自分で突っ込み入れる。
”ちくせう! 尾骨痛くて、尻尾生えるわぼけー!!”
尾骨痛と戦いつつも考える。
大鎧の書、俺は、これ聞いたことあるぞ。
忘れていたが、過去に知っていたという妙な感覚がある。
むしろ、わざと封印された記憶なのでは無いか? そんなことを思う。
でも、意味わかった。勇者ってそう言うことか!!
超強くて、世界を救うとかじゃ無くて、世界の運命を左右しちゃう人か!!
あれ? でも、勇者が、竜を殺して平和な世界を取り戻すとしたら?
歴史を変えたりとか、悪いのは俺で、俺がいなければ世界は平和になるんじゃ?
色々考えてしまう……が気付いた。
唯ちゃんの話と、全然関係無いじゃねーか!!!
『勇者は、後で考える。それより、唯ちゃんが、あっちの子ってどういうことだよ』
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朧気ながらも、唯にも少し聞こえていた。
あっちの子?
私の話?
尾骨が痛むと尻尾が生える?
なんのことだろう……