25-12.普通科おっさんの劣等生
途中でヤキトリを買う。
今日は公園でヤキトリ食べて、のんびりして帰る。
「タレなんですね」 唯が言う。
焼き鳥の味付けの話だ。
「甘いのは好きじゃ無いんだけどな。
塩はシンプル過ぎて、脂の味を感じやすくて」
そう答える。
しばらく前は、ヤキトリで塩と言えば、飲み屋とか、焼き鳥専門店にしか無かったものだったが、今はスーパーでも塩とタレがある。
他の土地では、以前からそれが普通だったところもあるかもしれない。
俺が育った横浜近辺……つまり、南関東では、昔は塩はあまりメジャーでは無かった。
たまたま俺の家の近くがそうだっただけかもしれない。
細かく調べたわけではないが、少なくとも俺はそうだったと記憶している。
俺は、塩は味がシンプルすぎて嫌なのだ。
いつの頃からか、塩こそが正統みたいな扱いが浸透してきたように感じるが、俺にとって、塩味は格下みたいなイメージがあるのだ。
塩味で異世界が浮かぶので、異世界の記憶のせいかもしれない。
いつもシンプルな塩味で、飽き飽きしていたイメージがあるのだ。
そして、塩と一緒に、懐かしい雑草感が。
うーん、雑草感……
俺は、塩味の雑草食わなきゃ生きていけないほど貧しかったのか……
もしかしたら、俺が貧しかった訳ではなく、それが普通な世界だったのかもしれない。
もしかしたら、栽培された農作物の味がそれだったのかもしれない。
今俺が食ってるような野菜は、原種とは大きく違っている。
品種改良される前の元の野菜の味なんて、そんなものなのかもしれない。
例えば、異世界ではなく、はるか昔のこの世界に行っても、そこでの野菜の味は、俺にとっては雑草味なのかもしれない。
俺はいずれまた、そんな世界に行かなければならないのだ。
オーテルが居るということは、俺があっちに行ったということだから。
だから、今のうちに、なるべく多く、塩味以外のものを食っておこうと思う。
いつの頃からか、素材の味が重要視されるようになった。
これは、化学調味料万能説の反動みたいなものだ。
俺の祖父母の時代は、化学調味料正義みたいな感じで、色々なものに、化学調味料を振りかけて食べていた。
七味やコショウと同じノリで、食卓には、化学調味料が置かれていた。
そして、自分でかけて食べていた。
今では、そういう使い方はあまりしなくなったように感じる。
昔は化学調味料を食べると頭が良くなると信じられていたそうだ。
俺が子供の頃は、乳児をミルクで育てると、大きく育つと言われていた。
母乳より勝るものという扱いだった。
当時は、自然のものより人工物が優れていると考えられていたのだ。
カップラーメンも出始めは高価でオシャレな食品だったらしく、古くからある定番のカップラーメンが縦長なのは、片手で持って食べられるようにするためで、当時は若者が街中で食べ歩くのがオシャレだったそうだ。
今そんなことしてる人が居たら、貧乏で座って食べる場所も時間も無い人なんだなと思うだろう。
感覚は時代とともに変化する。
そして、優れたものでは無いことが判明する。
単に万能ではないことが発覚するだけなのだが、それまでの反動で過剰な自然主義が蔓延る。
俺が子供の頃は、インスタント食品は悪だった。
なので、ろくに食べたことがなかった。
無添加が正義みたいな風潮になって、必要だから入れるものも悪とされる。
まあ、食卓から化学調味料が消えたとしても、そんなのかけなくても、加工食品には、予め入っているので、摂取量が減った訳では無いと思う。
昔は加工食品があまり出回らなかった。保存技術が発達していなかったから。
レトルトカレーが製薬会社から出ているのは、レトルトが医療技術だったからだ。
中身をカレーにして発売した。
味付けも○○の素みたいのは無かった。
だから、基本的な調味料に化学調味料を加えていた。
そして、その反動で、化学調味料を敵視し、素材の味を重視するようになる。
素材の味は重要だ。だが、死亡フラグにもなりやすい。
塩だと素材の味が見えやすい。
良いトリなら脂も美味いかもしれないが、スーパーで売ってるやつは、安い肉を加工して冷凍して、解凍したものを、焼いて冷やしたものだ。
もしかしたら、焼いたものを冷凍して、解凍しただけかもしれない。
そういった食品で素材の味を生かすとかは死亡フラグと言うものだ。タレが無難だ。
まあ、塩の方も、見た目的に目立たないだけで、塩以外の調味料がたっぷり含まれているのかもしれないが。
「ベスもタレ派で、ネギまを食べたがるんですよ」
俺は”ねぎま”と”レバー”。タレで。
『私もお父さんと同じものが良いです』
オーテルもネギまを食べたいと言うが、その体には、ねぎは良くないと思うのだ。
『ネギ食べると体壊すんじゃなかったか?』
『はい。洋子もそう言ってました』
知ってて言うのか。
『じゃあ、ダメだろ』
『少しなら大丈夫だと思います』
まあ、飲んだくれ親父とかも、酒控えろとか言われても、飲んだ方が体に良いとか訳わからないこと言い出すから、あれと一緒なのだろう。
『ベスが死んだら触れ合えなくなるぞ』
『それは困ります』
人間は元々雑食だからか、ネギを食べることが出来るが、犬や猫はネギを食べると中毒を起こすという。
そもそも、犬が食べても旨いと感じないと思う。
『ネギは草だから、たぶん、ベスの口には合わないぞ。
俺がベスだったら、鶏だけの方が旨く感じると思うよ』
『そうですか。そうであれば、”ねぎま”より鶏モモを希望します。タレの方です』
途中のスーパーで、ヤキトリを買うが、冷えているのが俺的には不満だった。
そして、公園でヤキトリ食うのに、ビールが無いことにも違和感を感じていた。
何故か、ペットボトルのお茶。
なんかガッカリだけど、公園はある意味チャンスでもある。
さっき、唯ちゃんに神様っぽいとか言われてしまった。
気配がわかる人間がこの世界にいるとは思わなかったから、気配なんか気にしてなかった。
でも、唯ちゃんは気配に気付くのだ。
何もしなくても神様とか言われるとは思わなかった。
ここは、なんとか、”ただの人間のおっさん“だということを証明しなくては。
これは挽回のチャンスだ。
焼き鳥買ったスーパーから公園までは、ちょっと遠かった。
ベスの散歩を兼ねているので問題無いのだが。
公園は結構広いが何も無い。
芝生があるだけの、ただの広場だった。なんでも禁止。
老人がちらほら居る程度。
「公園って、何も無いんだな」
「私が子供の頃は、アスレチックがあって……縄とかタイヤとか、たいしたやつじゃ無かったですけど。何年か前に、使用禁止の張り紙があって、その後撤去されました」
唯ちゃんが子供の頃と言うことは、10年前くらいは有ったのだろうか?
ボールも飛んでこないので、寝るには良いが、今の子供は、どこで何して遊べばよいのだろう?
そんなことを考えつつも、同時に、効率的に、おっさん力を発揮する方法を考える。
ここでヤキトリ食って、飲んだくれて寝ていれば、俺は立派な人間のおやじと思われるに違いない。
こんな所で、暇そうに寝転がっていたら、
その姿は、どこからどう見ても、人間のおやじっぽいと思うのだ。
誰も神様だとは思わないだろう。
俺は、意識しておっさんに徹しないと、神様だと思われてしまうかもしれないから、常に完璧なおっさんを演じる必要が有ると思うのだ。
常にそうしていないと、俺は、”ごく普通の、どこにでも居るただのおっさん”から落第してしまうような、劣等生なのだ。
俺的には、今の俺が十分普通のおっさんだと思うのだが、意外に正しくおっさんとして評価を受けることができないのだ。
中年太りが足りないかもしれないが、それを含めて考えても、俺は、どう考えても優秀なおっさんなのに、おっさんの評価基準から外れた部分があるらしく、ただの人間のおっさんだと思ってもらえない。
簡単に言うと、普通科おっさんの劣等生みたいな感じだ。
※どこが簡単なのかわかりませんが、個人の感想です
凄いおっさんなのに、おっさんの評価基準から外れているところがあるから、おっさんとして正しい評価が得られないのだ。きっと。
俺は一見さほど太っていないが、腹の肉は余って弛んでる。
服を着てると目立たないだけだ。
でも、おっさんに徹することで、唯ちゃんに嫌われてしまうのも、ちょっと嫌なのだ。
たぶんこのくらいの年の子……特に、身近なところに”野生の純粋なおっさん”が居ない、おっさんに不慣れな女の子には、俺が全力で、ただのおっさん力を発揮したら、たぶん凄く嫌だと思うに違いないと思うのだ。
そんなことを考えつつも、邪魔にならなそうなところを選ぶ。
芝生に座って、ヤキトリを出そうとすると、殺気を感じた。
見ると、ベスがヨダレダラダラ垂らしている。
すげー猛獣って感じだ。俺の手ごと食われそうだ。
「うわっ、串抜くから待て」
串を抜くと、ベスは即食った。
速い。
次のを抜く。即食う。
そんな調子で5本とも瞬時に食った。
手がベタベタなので、拭いて、じゃあ、自分の分でも食うかと思うと、ベスが、じーーーーーーーーっと見てる。
”お前今、大量に食っただろ!!” 心の中で突っ込みを入れる。
「ネギは毒になるから食えないだろ」
そう言うと、今度は唯ちゃんにたかりに行った。
よし、今のうちに食う。
こんなに急いで食べたら、おっさんぽくないじゃないかと残念に思う。
だがベスは、唯ちゃんにも冷たくあしらわれる。
「ベスは5本も食べたでしょ」
そう言うと、唯ちゃんは瞬時に食べた……
慣れてるな……
そして、ベスは、また俺の方に戻ってきた。
そして、じーーーーーーーーっと見てる。
1串に5つ刺さっているので、レバーを2つあげてみる。
「じゃあ、これだけだぞ」
ベスは臭いを嗅いで即食べた。
『今のは何ですか?』
『レバー』
オーテル(ベスの中の人)は、次のやきとり配給では、レバーも混ぜてもらおうと思った。
ところが、今の会話が、唯にも聞こえていた。
”レバー?”
今レバーと言った?
唯は、栫井とベスが、声を使わない会話をしていることに気づく。
正確には、もっと前から、何かを話しているようだとは思っていたが、内容までは聞こえなかったのだ。
だんだん聞き方のコツがわかって来た。
何を話しているか聞こうと思うと、唯は、ベスにも気配があることに気付いた。
そのとき、この、音ではない声に耳を傾けることと、気配を感じることには共通点があることに気付いた。
ベスにも気配がある。そして、栫井にも。
栫井とベスには、何か、他の人や犬とは違う気配がある。
栫井は気配を小さくしただけで、やっぱり存在している。
だとすると、さっき、唯が指摘した時、故意に小さくした。
気配は大きくしたり、小さくしたりできるのだろうか?
唯は、自分にも気配はあって、大きくできるのではないかと思った。
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なんか、唯ちゃんの気配がモコモコしてる。
変な特技を持って……あれ? これって普通の子使えるんだっけ?
こっちでは、使えないと思っていたが、
『オーテル、お前、唯ちゃんに余計なこと教えただろ』
『お父さんが教えたのではないですか?』
俺が教えれば、オーテルが知っているはず。
俺には教えた記憶は無い。
ん? 俺が気配小さくしたから?
たったあれだけで気付くだろうか?
『さっきので?』
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唯にもその言葉は聞こえた。
”さっきので”
気付いた! 唯が気配を大きくしようとしたことに気付いた。
自分自身では、自分の気配がどうなっているかを直接感じ取るのことはできないが、
栫井さんの反応から、やっぱり”自分にもできるんだ”。唯はそう思う。
そして、確信する。
この気配は、唯が感じるだけではなく、栫井も感じ取っている。
気配を大きくするのをやめる。
これがいったい何なのか聞いてみたいが、さっきも気配を隠そうとした。
おそらく、あまり話したがらないだろう。
声が聞こえることも、もうしばらく黙っていようと思う。
何かヒントが得られるかもしれない。
盗み聞きは良くないが、謎が多すぎる。
ベスは人間の言葉を話す。
この時点で特別な犬だったが、さらには、声を使わずにベスと会話できる人物が現れた。
いったい何者なのか。
表向きは、母の高校の同級生。
でもそれだけじゃないのは確実だ。
もっと別の何かがある。
それを知りたい。だが、おそらく知るチャンスは多くは無い。今がその時だろう。
唯はそう思った。