25-11.洋子の股の布回収(7)
『”お父様”はやめろよ!!』
『お父さんよりも、お父様の方が適した呼び方だとわかりました』
くそ、しくじった。余計に悪くなった。
『私も何だか変だと思ったのです。”さすがです、お父様”これが正しい形でした。
お父さんごめんなさい。私は間違っていたのです』
いや、俺は”お父様”だと、間違いの度合いが、ますます酷くなると思うのだ。
『その、お父様は辞めてくれよ』
『どうしてですか? この方がカッコイイです』
カッコ良さで決めるなよ!!!
…………
…………
おお、やっと着いた……遠かった……超疲れた。
オーテルが”お父様”とか言い出して、俺はますます居心地が悪くなってしまって、駅に着く前に、心のエネルギーを大量消費してしまった。
改札を出て、下に降りると、ベスと唯ちゃんが待っていた。
小泉さん(洋子)は居ないようだ。
「悪いね、連日で」
「すみません、母(洋子)は恥ずかしいからって」
ああ、ちょっと残念だけど仕方ないか。
まあ、昨日会ったばかりなので、今日会えないからと言って、そんなにダメージ大きくないが、このままフェードアウトだったら悲しい。
もし、このまま会えなかったりすると、パンツ返したことが致命傷になりかねない。
俺が使命を果たすには、何故か妻の形見が必要で、それが、何故かパンツだと言うのだ。
さらに、俺は結婚していない。
なんか、いろいろ間違っていて意味が分からないが、そのせいで、俺は危うく異世界に行きそうになるし、今日もまた来る羽目に陥ったくらいなので、本当のことなのだろう。
昨日カバンに入っていたパンツは、ちょっとあまりにも見すぼらしいので、どうかと思ったのだが、俺の人生で、他に再び、心の妻的な女性が現れる気はしないので”これを返してそれっきり”だとまずいのだ。
とは言え、唯ちゃんの病気を放置すると、いつか死ぬ。
放置できないので、これっきりということも無いのだろう。
唯ちゃんの病気は、小泉さんの許可が無いと治せないらしい。
そして、放置すると死に至り、小泉さんは後を追う。
治すの一択だ。選択肢など無いと思うのだ。
それにしても、なぜ小泉さんに頼まれないと治せないのだろうか?
唯ちゃんが病気で、俺が治せるなら、小泉さんの許可が必要だろうか?
俺が考え付くのは、治すには裸にしないとダメだからとか、その程度。
それだって、俺が手術とかは無理だし……ぜんぜん想像つかない。
あるとしたら、ビジュアル的、商業的に、そういうシーンが必要で、ストーリーと全然関係無かったりとか。地上波では放送されないサービスシーン的なやつだ。
まあ、それは無いだろうから、それを裸見せる理由とするのは無しとして、やはり無理がある。
仮に裸見せるのは嫌だとしても、裸と命、天秤にかけるような話でも無いと思う。
他に何が……
そもそも、唯ちゃんは、こうして見ている限り、今は元気そうに見える。
痩せ細って弱っている小泉さんの方が心配だ。
これから急に、不治の病が発見されたりするのだろうか?
病院に行っても治らないなら、不治の病だ。
『お父さん。また会えて嬉しいです』
予想外なことに、オーテルにも挨拶される。
俺的には、オーテルと散々話ながら来たと思ってるので”また会えて”とか言われても違和感が。
まあ、”ベスの体で会えて”の意味だとは思うが。
それはそうと、懐かしい響きだ。”また会えて嬉しい”……このセリフ、デスラー風だ。
『なんか、デスラー風だな』
『デスラーとは何ですか?』
デスラーと言うのは、俺が子供の頃やっていた、テレビアニメに出ていたキャラだ。
オーテルは、アニメの絵はよくわからないらしい。デフォルメされたものは分からないようだ。
だから、伝わらないのは承知の上で話しをする。
『機械に表示される絵だから、オーテルには理解できないかもしれないけど』と前置きしつつ、説明は続ける。
『敵なんだけどな、わざわざ、”ごきげんようヤマトの諸君、また会えて嬉しいよ”とか
挨拶してくる律儀で頼れるやつだ』
『デスラーはカッコイイですか?』
『もちろん、カッコいいぞ』
敵なんだけど、紳士だ。
下品な冗談を好まない、紳士の中の紳士。欠点は、顔色が悪いくらいだ。
ああ、あと放射能好きなとこも欠点だな。
『とてもカッコいいですか?』
『おう。カッコ良すぎて主役食っちゃうくらいな』
※TV版の3作目では、ほぼ主役。ヤマトはオマケ
『そうですか。私はとてもカッコイイです』
オーテルは無邪気に喜んでいる。
意外にオーテルにとって、オーテル自身がカッコイイかどうかは重要らしい。
デスラー砲のことは黙っておこう。
宇宙戦艦ヤマトには、波動砲という超強力だけど、連射できない武器が搭載されている。
それに匹敵する敵の武器がデスラー砲だ。波動砲とどっちが強いかは不明だが、当たれば一撃で撃沈するので、事実上威力の優劣を語る意味が無い超破壊兵器だ。
ただし、デスラー砲は、不運な兵器で、撃とうとすると死亡フラグが立つ。
撃つと跳ね返されたりと、理不尽な結果になることが多い。
当時敵だったヤマトには、サナダと言う、自分の体まで機械化するような、マッドサイエンティストが乗っているので危険なのだ。
毎回だいたい酷い結果になるので、デスラー砲発射用意し始めたら、ああ、こいつ死んじゃうのかとか思ってしまうようなやつだ。
後にデスラーがヤマトの諸君の保護者になってからは、ハイパーデスラー砲を使うようになって、こっちはまあ普通に使える兵器になった。
ヤマトは弱くて、味方にしても役に立たないが、敵に回すと鬱陶しいから、仲間にしてルイーダの酒場に置いておくのが良い。
※ルイーダの酒場=ドラクエで、使わない仲間を預けておく場所
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今はスマホ……唯ちゃんのはガラケーだが、すぐに連絡が付くので助かる。
おおよその到着時間を伝えておけば、時間のロスも少ない。
会って早々、さっそく、例の物を渡しておく。
「唯ちゃん、コレね。一応洗ったけど、気になるようなら再度洗って」
「すみません、わざわざ」
そう言って、苦笑いで受け取る。
中身を知っているだけに、二人とも、ちょっと気まずい。
そんな空気の中、唯が切り出す。
「このあと、時間良いですか? ベスが散歩したいって期待してて」
ベスが、尻尾、ブンブン振っている。ベスの体の時は、ちゃんと犬風に喜ぶようだ。
『犬ではありません。ベスと言う生き物です』
※もちろんスルーしました
散歩の話は、事前に、オーテルから聞いて知っていた。
唯ちゃんが俺のところに下着を取りに来なかったのは、ベスが電車に乗れないからだ。
ベスが会いたがっているが、電車には乗れない。
一緒に散歩するためには、俺が行かないといけない。
ベスとは昨日触れ合ったばかりだ。それを考えると、わざわざ連日、今日も会わないとダメか?と思うが、事情がある。
ベスは長年俺と触れ合いたがっていた。
その期間と言うのが、どうも、1000年とかそういう単位のようなのだ。
ベスではなく、ベスに乗り移ってる(?)オーテルが言うには、オーテルは俺の娘らしいのだが、俺より遥かに長く生きていたのだ。
この世界に来てからだって、俺の年齢より長く待っていたのかもしれないくらいだ。
前回は小泉さんに飼われる前に死んでしまった。
今回も、時間を戻して俺が高校生からやり直して、小泉さんが死ぬのは50の頃。
小泉さんが死ぬと俺はオーテルと会うことになる。1回失敗すると30年もかかる。
小泉さんの娘の唯ちゃんが高校生。前回の失敗と今回会うまでに、かかった時間だけでも、俺の年齢を超えている。
だから、それを考えると、無下にはできない。
その苦労に報いる必要が有るような気がするのだ。
唯ちゃんに聞いてみる。
「行先は決まってるんだっけ?」
「公園で寝てみたいと言ってました」
「ベスが?」
「はい」
ベスは人間の言葉を話すことができる。
今は、俺とは声を出さずに話せるので、声は出さないが、恐らく、家に居る時に言葉で伝えたのだろう。
『お父さん。私は芝生で一緒に寝てみたいのです』
また寝るのか。一昨日一緒に寝たのに、家の中と芝生はまた別なのか。
『お父さん。散歩は楽しいですね』
犬って、なんでこんなに誇らしげに散歩するのだろうか?
『お父さん。ベスは犬ではありません、ベスと言う生き物です』
※スルーで(略
『今日はお父さんと一緒に、ヤキトリを食べます。ヤキトリの配給があるのです』
『配給?』
ヤキトリ券みたいなものだろうか?
「散歩は、唯ちゃんの仕事?」
「はい。飼うときの約束で」
「まあ、お母さん、仕事で忙しいだろうしな」
「私が拾ってきたんです」
『違います。私が行ったのです』
「逃げてもついて来ちゃって」
「ああ」
事情を知っているだけに、何て言えば良いのかわからない。
まあ、とにかく、”オーテルは頑張ったんだな”と思う。
そして、唯ちゃんが根負けした。
「ベスを連れてきたの、栫井さんですよね?」
「え?」
俺が連れてきたことに、なるのだろうか?
「ベスが、栫井さんのことを、お父さんって」
「お父さん?」
あちゃー、言っちゃってるのか!!
『言っちゃダメだろ』
『はい。でも、説明する方法が無かったのです』
まずいな。いろいろバレているかもしれない。
「俺が、犬のお父さんか」
「ふふ、変ですよね」
『お父さん、犬ではありません、ベスと言う生き物です』
※スルーで(略
「ベスのお父さんも変ですけど、なんだか、栫井さんって特別な人って感じがしますね。
神様の一種みたいな」
「え?」
まずい、今、神様って言ったか?
なんで、神様?
俺はそんな話したか? ベスがしたのか?
『オーテル、神様の話したか?』
『していませんが、人間はお父さんを神様だと思います』
なんで、神様だと思うのだろう?
興味あるけど、聞いて平気だろうか?
余計悪い方向に行きそうだが理由を知りたい。
「なんで? 俺に神様っぽい要素あるかな?」
「栫井さんが、駅に着いた時わかった気がしました」
駅に着いた時わかると、神様っぽいのか?
唯には、この時の栫井の仕草が、なんで神だとバレたのか、その理由について考えているように見えた。
「本当に神様だったんですか?」
「いや、なんで急に神様って言ったのかと思って」
唯は、やっぱり、本人にも神様の自覚がありそうだと思う。
そこで、理由を正直に話してみることにする。
「なんとなく、凄く大きなものが”ここに居るぞ”って感じがしたんです」
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俺には何かあるのだろうか?
俺はあまり目立つ方では無いと思う。
「気のせ……」
「気のせいじゃないです。今もしてます」
切り返しが早い。この子は、何か知っているのだろうか?
「ここに居るぞって、どんな感じ?」
「大きなものが、ここに居るぞって感じです」
あれ? 大きなもの?
俺は、それを知っている気がする。
ずいぶん昔、どこかで気配を感じたり……
言われてみれば、俺も、唯ちゃんとベスの気配は、何となく感じるような気がする。
耳鳴りみたいなもので、気にならない程度で常時感じるものには慣れちゃって、気付きにくい。
気付けばわかる。俺は、気配を感じることが出来る。
そう言えば、俺の気配は巨大だったかもしれない。
俺は知らぬ間に、そんな豪快に気配をまき散らしていたのか。
そんなので神様と思われちゃうなら、気を付けないとな。
そう思い、気配を小さくしてみる。
「なんだか、急に無くなったみたいです。何かしました?」
「気のせいだったんじゃ?」
そう言ってごまかす。
小さくした……とは言わない。
ぎゅっと抑える感じで、気が緩むと元に戻ってしまうのだが。
「それ、隠すこともできるんですね」
「俺は神様じゃ無いから……」
このとき、唯には、栫井が神様だと思われることを嫌がっているように見えた。
この人は、その気配が何だか知っていて、自分が神様なことも知っている。
でも、神様だと思われるのが嫌なのだ。
唯は、なんとなくそう思っただけだったが、それは、だいたい当たっていた。




