23-8.大鎧出現(1)
気持ちの整理もできてないのに、いきなりの転移。
俺は"俺が転移できる"ってことを、ついさっき知ったばかりなのに!!
うげぇぇぇぇぇ!!!
しかも、転移って飛んで行くのかよ!
いきなりのことに戸惑いつつも突っ込みを入れるのは忘れない。
説明する必要すら無いかもしれないが、あえて言う。
”なぜなら俺は紳士だから”だ。
それにしても、転移というのは言葉の響き的に、もっと、ワープ感のあるものかと思っていたので違和感がある。
しかも、あんまりアクティブな感じじゃない。
飛んだってよりも、俺が地球の自転公転においてかれた気分だ。
”ぐはぁ”
内臓が浮く感がある。人間は本来重力に縛られた生き物なのだ。
宇宙空間にでも放り出された気分なのに息苦しくはない、いや、息苦しいが空気が薄いとかじゃなくて、車酔いとか二日酔いとかそういう感覚だ。
俺が異世界に行けるらしいことはわかったけど、ほんとに帰れるんだろうな……
俺が帰るとき時間を……
そこまで考えたところで、まずいことに気づいた。
「あれ? なんだ?」
非常にまずい。何故かいろいろ思い出せない。
記憶障害? 記憶障害なんて言葉がすぐに出るのに基本的なことがわからない。
俺は帰ったら何かをしようとしていたはずなのだ。なのに思い出せない……
俺には何か時間に関係する問題があったはずだ。
ついさっきまで覚えていたはずだ。何が起きている?
何が起きているかは、わからないが、とにかく帰れば良い?
帰る場所は分かってる。横浜だ。
異世界に行って、横浜に帰る。
なんでだ? 何か目的があったはず。
思い出せない。そんなにすぐ忘れたりするだろうか?
おかしい。
揺れが激しくなる。集中して考えたいのに、邪魔される。
ああ、なんか、回転系の動きが……洗濯槽の中にいるようだ。
猛烈に気分が悪くなる。
目が回る。気持ち悪い。
目的地に着く前に俺が死んでしまう……
とにかく、早く終わってくれ。そう思いつつ耐える。
これ、死ぬより辛くないか? ぐはぁ
……………………
……………………
ああ、終わったのか?
最悪の気分だ。
1時間くらいだったのか、数十時間くらいか、”こんな酷い目に遭ったのははじめてだ”と思うくらい酷かった。
やっと、体の外に気が向く。霧の中?
もやーっとしてて、良く見えない。ここはどこだろう?
異世界に着いたのだろうか?
明るいのか暗いのかよくわからない。でも、真っ暗ではない。
重力は有るような? 有るようなと言うのは変だが、微妙な反応しかないので、わからない。
雪崩に埋もれると、どっちが上だかわからなくなるなんて話を思い出す。
寒くもない。まだ体調悪いが、息苦しくはない。
重力さえあれば、上下がどっちかなんて、すぐにわかりそうなものだが、案外そうでも無いようだ。
注意深く探る。
足を動かしてみる。動きはするようだ。何かに埋まっていたりはしない。
接地感に欠けるが、地面はあるようだ。
見えないけど、地面はあるのか?
浮遊感もある。飛んでるのか? でも地面がある感じだ。
異世界って、ガス惑星だったのか?
木星の表面とか、地球みたいに立てるような地面は無いそうだ。
俺はそんなところに……
いや、そんなことは無いはずだ。景色を覚えてる。
森や荒れ地があった。地球と似てた。
違う場所に来ちゃったのか?
かなーり、心細くなる。
転移というのは、気を失って気付いたら異世界に居るようなイメージがあったのだ。
ぜんぜん違った。
うん? 景色に変化が有るような感じだ。
まだ動いているのかもしれない。目的地に近付いている?
近寄ると言うか、少しずつ濃くなる感じだ。
現像中って感じだな。
デジタル世代にはわからないかもしれないが、アナログのカメラは、化学を応用したもので、感光剤を塗ったフィルムを、光が入らないように遮光された箱の中にセットする。その箱がカメラだ。
カメラは光量が丁度良くなるようにシャッターを開ける。
初期のフィルムは数分露光が必要だった。なので、シャッターは手動だった。
しばらく同じポーズで動いてはいけない。
今では、晴天の日向だと1/1000秒とかなので、僅かな時間だ。それだけ光に対して感度が高い。
撮影後に光を当てないように現像する。現像前に光を当てたら、撮影画像が消えてしまう。
昔のフィルムなら少々光に当ててもほとんど反応しないが、今は僅かな光でも反応してしまう。
現像液に浸ける時間で像の濃さが変わってくる。
インスタント写真だと、撮影後に、この作業をフィルムの中でやってしまう。
あれは不思議だ。ぼやーっとした像が、数分でちゃんとした写真になる。
なんか、インスタント写真の現像待ちみたいな気分だ……俺は誰に説明しているのだろう?
もしかしたら、異世界で俺は解説キャラなのかもしれないな。
知っているのか〇〇(キャラ名)、みたいな感じで。俺の名前が思い出せないけど。
とりあえず、民明書房の本、たくさん読んでおかないとな……
集中すると薄く景色が見えるような気がするが、ダメだ。集中できない。
まだ体調が悪い。
ぬぅ。
到着(?)、あるいは、現像完了までは、まだ、しばらくかかりそうだ。
========
どのくらい経ったろうか。
すっかりきれいに見えるようになった。
ふう。心配したが、ちゃんとした人間が住めそうな景色が見えて安心した。
驚いたことに、メガネ無しで良く見える。
メガネは持って来られなかったようなのだ。
体調もだいぶマシになった。
体調不良は、船酔いみたいなものなんだな。転移酔いか。
石造りの遺跡って感じの場所だ。
外は森。
森の中に遺跡がある。
木は日本にあるのと少々違うが、まあ木って感じだ。広葉樹に見える。
それにしても、まだ体調悪い。
思考も、まとまらない。
いや、おかしいな。記憶が変だ。
俺は今まで何をしてたのだろう?
何か目的があったはずだが……何だっけ?
俺は何かをしなければならないような使命感があるのに、何をすればよいのかはわからない。
ここはどこなんだろう?
この椅子……祭壇?
俺のイメージで表現すると祭壇。なんで俺が祭壇に居るんだ?
周りに神官が居たりはしない。ただ祭壇があって、俺が居る。意味が分からない。
「ちょっと、外を見てみるか」
そう言いつつ、歩いて周りを調べる。歩くとすぐに困ったことが判明した。
見えない壁があるのか、俺は、ある範囲までしか行けない。
壁と言っても、堅い何かがあるわけでは無く、押し戻される。
俺はここから出られない?
ドラクエの王様の部屋みたいなもんか?
親切にイベントこなすまで、この部屋から出られないんだなきっと。
俺はいつからここに居るのだろう?
いや、俺は横浜からきた。
外を人が通ったのが見えた。
”お、人が居る。人間だ!”
ちょっと安心した。人が居れば、話が進むかもしれない。
ただ、ちょっと変だ。
人が小さくないか?
しばらくすると、だいぶ人が増えた。
ここが仕事場なのか、掃除やら、荷物運びやらをしている。
何人か居るが、女ばかりだ。楽しそうなので、俺も少し楽しい気分になった。
俺は今まで、”俺は、あまり人が好きでは無い”と思っていた。
そうでも無かったようだ。
俺は楽しそうな人々を見るのが、案外好きらしいことに気づいた。
小人さん……まで行かないけど、凄く小さい。
日本で言ったら、小学生くらいの身長に見える。
小さい人が多い種族も居ると思うけど。
みんな女で、若い子が多いのは、巫女さんなのだろうか?
いや、そうじゃない。
おかしい、いろいろおかしい。
ここ日本じゃないだろう……!
ああ、そうだ。俺は日本から、異世界に来た……
どうやって? 気分が悪くて、気付いたらここに居た。
俺は誰なのだろう?
日本で暮らしてたことしか覚えてない。
まずい。非常に気まずい。
祭壇に座って一番えらそうにしている俺が、いつからここにいて、自分が誰なのかわからない。
さっき来たばかりだよな? それとも、ずっと前から居たのだろうか?
時間の感覚がおかしくなってしまった。
人が居て安心と思ったけど、俺はどういう態度で居れば良いのだろう?
……ん? いや、それ以前に変だ。
なんで皆スルーしてる?
おかしいな。見えてないのか?
心配になって、祭壇から降りて、手を振ってみる。
「あの……見えてないですか?」
……無反応だ。手を振ってみるが、気付かないようだ。
「ああ、見えてないですね」
そう言ったのがフラグだったのか、目の前の子が、急にこっちにきた。
「あれ? 見えてるの?」
声を掛けるが、女の子はまったく反応せず、俺の体を通り抜けた。
衝撃だ!
おお? 俺を素通りした。
俺は幽霊?
はて?
俺は幽霊らしいが、ここはよく知らない場所だ。
何なんだっけ? 俺は自分が誰だかわからなくなった。
横浜から来た。何をしに?
俺は俺の名前も思い出せない。
ここはトート森だと思うんだが、地名を知ってるくらいだから、しばらく前からここにいたのかもしれない。
幽霊には脳みそ無いから、記憶とかも無いのかもしれない?
俺は日本から来たと思うんだが、死んで来た?
生まれ変わりとか、そういうのじゃなくて、単なる幽霊なのだろうか?
日本で死んだら、日本で幽霊になりそうなもんだけど、死ぬと異世界を徘徊するようになるのか?
で、ここは、幽霊ホイホイみたいなやつか!
出られん。
もう一度、行ける範囲を確認する。……やはり出ることはできないようだ。
物にも触れることはできないようだが、この建物の壁を通り抜けることはできない。
そして、幽霊ホイホイの餌がコレか?
いかにも怪しいものが置いてある。
何だろう。この石だけは存在感が。
首に掛けられるように加工してあるようだ。ペンダント?
アニメで、セル画部分だけ質感が違うみたいに、この石だけ浮いてる。
他のものは触っても感触がないのに、この石には触ることができた。
何かのアイテムっぽい。
アイテムって何だよ!とか自分でつっこみを入れてみる。
何かがひらめいた気がした。
いや、この石から何か情報が流れ込んでくる。
この遺跡の説明だ。
説明書なのだろうか?
この世界には大鎧と言う神様がいる。
”大鎧”
それが、ここに奉られてる神様だ。
竜が人になった神様。
大鎧と言うのは、神様本体じゃなくて、神様が使ってた装備のことかもしれない。
見ると、鎧が置いてあった。思い切り目立つ。
ああ、コレか。大鎧。単なるフルプレートだ。
RPGで戦士しか装備できないようなやつだが、こんなの着たら動けない。
でかいな。
ここは、これを飾るための部屋か?
さっきは気付かなかった。こんなの有っただろうか?
触ってみる。あまり冷たくない。熱伝導の低めの素材みたいだ。
見た目は金属。でも冷たくない。
俺は、コイツにも触ることができる。サイズも俺にちょうどだ。
周りを見ると、いつの間にか夜になってたのか、暗くなって人がいなくなっていた。
いつ日が沈んだのだろう?
時間が経ったのかもしれないが、俺は腹は減らない。幽霊だからか。
俺はここから出られるのだろうか?
ここから出られないなら、地縛霊の一種ということになるのか?
俺は思い残すことがいっぱいで、成仏できない可哀そうなおっさんの霊なのだろうか。
でも、この場所に未練は無いと思う。
なんで俺はここに居るんだろう?
何か大事なことがあったような気がするんだが。
それと、俺は竜が人になった神様の話を以前から知っていたような気がする。
横浜に住んでて竜が人になった神様の話を知る機会が有るだろうか?
漫画か何かの話が頭の中で混ざってしまったのかもしれない。
”途方に暮れる”この言葉が、こんなにぴったり嵌る状況は滅多にないだろうなんて思った。




