25-7.洋子の股の布回収(3)
その頃(ベスがあっちでヤキトリを食べた後)、こっちの父娘は、ずいぶんお気楽な話をしていた。
『時を超えると人間辞めるんだっけ?』
『はい。時を超えたら人間ではありません』
俺は時間を超えるために、人間を辞めた。
実は、時を超えるために辞めたのか、時を超えた結果辞めたことになったのか、よくわかっていないのだが。
とにかく俺は人間を辞めてしまった。
『なあ、オーテル。人間を辞めると、俺は何になるんだ?』
『神様です』
神様……ちょっと萎える。
俺は神様になるのとかぜんぜん好きではないタイプの人間なのだ。
いや、もう人間辞めちゃったらしいのだが。
脱サラ的な感じで、脱人かな。
”脱人”、これなら人間失格的な感じで、俺にはこの方がしっくりくる。
”人で無し”でも、文字的には”人間辞めた”という意味になりそうなものだが、”人間のくせに、人間として正しく無いことをする人”的な意味合いなので、人でなし!とか言われると俺は萎えてしまう。
神様が嫌だとは言っても、人間辞めて、いきなり”災いの種”みたいなものになるのは嫌なので、それと比べればマシかもしれない。
俺的には、人間辞めると悪いものになるイメージがあるが、まあ、少なくとも、悪魔とかでは無いらしい。
俺としては、人間を辞めると言うと、語感的にはアレだ。
”俺は人間を辞めるぞ!!”とか考えると、少しテンションが上がる面が無いとは言い切れない。
いくつになっても男の子な部分は残っているのだ。
『人間辞めたら、吸血鬼とかじゃないのか』
『吸血鬼とは何ですか?』
そもそも、オーテルは吸血鬼を知らなかった。
おそらく、オーテルの世界にも、そんなものは居ないのだろう。
もちろん、吸血鬼の話が通じることを期待したわけでは無い。
『吸血鬼は、人間の生き血を吸うやつのことだけど、
俺的には、人間辞めてなるのは、URYyyyyyみたいなやつだ』
『ぜんぜんわかりません』
『うん。わからないと思った。呼吸法、波紋の力で倒すやつ』
『呼吸法! 知っています』
呼吸法は通じた。
『おお、物知りだな』
『ヒッヒッフー』
『ああ、それは出産のやつだな』
『違いますか?』
『いや、呼吸法であってるよ。ただ、吸血鬼と戦うやつとは違うけど』
『そうですか……』
ああ、どうでも良い事で、ガッカリさせてしまった。
ちょっとフォローしておく。
『いや、吸血鬼は架空の話だから、気にする必要無いから。ヒッヒッフー知ってる方が凄いよ』
『私は凄いですか?』
『おお、凄い凄い』
実際のところ、ヒッヒッフーなんてオーテルが知っているとは思わなかった。
竜にもそんなのあるのだろうか?
『私は凄いです。さすがお父さんの娘です。そして、お父さんは物知りです』
おお、何故か、オーテルを褒めたら、俺に返って来た。
俺は、たいしたこと無いことで、すぐに褒められてしまう。
何でも「さすがです、お父様」、「ふっ」みたいなシステムが構築されているようで気持ち悪い。
人間を辞めて吸血鬼になるのは、俺が子供の頃から延々続いた少年マンガの話なのだが、実は、この作者が長編書いたのは、この作品がはじめてで、それ以前は最長3巻くらいのレベルだった。
なので、それまで、”熱血バカ善人 vs. ずる賢い悪人”の人間ドラマを繰り広げていたのに、突如、”俺は人間を辞めるぞジョジョーーーー”とか言い始めた時には、てっきり打ち切りなのかと思った。
ところが、そこからが長かった。
(セガのメガドライブ用RPGの)ファンタシースター2で妹が死んでクライマックスと思ったら、まだ序章だったくらいの勢いだ。
まあ、キャラが死んで使用不能になる都合、あれがラスボス寸前だったら、それはそれで発狂事案ではあるのだが。
主力で使って育てたキャラが、イベント都合で強制退場になったら悲しい。
マンガのジョジョの方は、主人公が数世代にわたって交代しながら進んでいく話だったが、波紋を使って戦うのは2代目までで、3代目以降は、別の話になってしまった。
3代目以降も面白いが、波紋捨てるのはどうかと思った。
ただ、作者自身は波紋を使い続けたようで、何十年経っても、なかなか老けない。
ヒッヒッフーは出産時の呼吸法だ。
俺は男だし、出産に立ち会ったこともないので、身近なところには無かったが、話の上では知っている。
近年では、出産前の講習みたいのに、夫も出るのだそうだ。
お腹に重り着けて、妊婦の疑似体験させられたりとか、よくわからないけど酷い目に遭わされるイベントが発生したりするらしい。
俺は、そう言うのは嫌いだが、嫌わなくても、そういう機会にまったく、少しもかすりもしなかったという面では残念に思っているのだ。
ぐふっ。
俺も、”こんな茶番に付き合ってられるか!!”とか思いつつも、妻が怖くて嫌々ながらも笑顔で参加するような酷い目に遭ってみたい気持ちも少しだけあるのだ。
いや、違うんだ、微レ存的な……
ぐふっ。ダメージがでかかった。
いやいや、そんなことより、神様について聞かなければ。
俺は、天変地異を起こしたり、誰かに力を授けたりとかはできない気がするのだ。
時を戻した時点で人間を辞めて別の凄い存在になっているのなら、小泉さんを見守ることくらいできたはずだ。
ところが、そんなことすらできなかった。俺は離婚していたことさえ知らなかったのだ。
じゃあ、神様と言うのはいったい何だ?
単刀直入に聞いてみる。
『なあ、オーテル、神様って何なんだ?』
『それは神であるお父さんが決めれば良いのです』
だから、俺にはそれが良くわからない。
何の力も無いのに権限だけは持っていて、勝手にやれと言われても、実行力はまるで無い。
『神だと思う人が居るなら、何か理由があるんじゃないのか?』
『理由など要りません。人間が神様だと思うものです』
ああ、そうか!!
神様とは”人間が神様だと思うもの”だ。
俺は今まで、神様と言う言葉が、どうも、しっくりこないと思っていたのだが、そういうことか!!
俺が神様的なことをやるのではなく、人間が勝手に神様だと思う。
なるほど。俺は何もできなくても良いのだ。なんか、凄い勢いで納得した。
”俺は何もできなくてもいいんだ!! おめでとう、パチパチ”的な感じで、納得した。
俺は神様というのは何か特別な力があって、それを持つものを神だと思って色々考えた。
ところが、その切り口では、一括りにできない。
神の力は幅広い。天変地異を起こすことができるとか、そういうものもあれば、ただ見ているだけ、もっと酷いと、虫以下くらいの何もできないような神様も存在する。
元々日本は極度の多神教。足元に無数に転がる石の一つにも神が宿る。
人間の数より神の数の方が遥かに多い国だ。下手すりゃ、量子の1つにも神が宿るくらいの勢いだ。
1柱では何もできないような神が無数に存在している。
一方で、人間の能力を遥かに超える神も存在できる。
神とは何かと言ったとき、基準がさっぱりわからない。
でも、これならわかる。”人間が神だと思うもの”。
これだったら、石ころ一つにも神が宿ると誰かか思えば、その瞬間から神になり得る。
ある地域で神は1柱であっても構わないし、日本には無数の神が居ても良い。
そう言えば、最高神が女というのは世界的に珍しいそうだ。
世界的に、最高神は男がデフォルトらしい。
男女平等ランキングに最高神の性別も入れてカウントして欲しいものだ。
そして俺が神である理由。
まあ、さすがに、石ころ一個レベルで神扱いはされないと思うのだ。
少しくらいは何かがあるはずだ。
『神だと思うだけなのか? もっとわかりやすい特徴みたいなものは、何かないのか?』
『尻尾があります』
おお、それはわかりやすい。
『その世界の人間には、尻尾は無いのか?』
『無いです』
なるほど。見た目に特徴があるということか。
『尻尾がある人間は、どのくらい居るんだ?』
『お父さんだけです』
俺だけ? 1人だけってことは無いだろう。
『尻尾の神様は何人居る?』
『お父さんだけです』
神様も俺一人? 神様だと、単位は柱だが、それは置いておくとして、尻尾持ちは相当珍しいようだ。
『尻尾があると神様なのか?』
『尻尾のある人間は居ません。だから、神様です』
変だな。それじゃ、猫とかでも神様になりそうだ。
『尻尾のある動物は神様じゃ無いんだよな?』
『お父さんは、動物に尻尾があると神だと思いますか?』
『いや、思わん。でも、人間に尻尾があっても神だと思わん』
『でも、こう思うのです。神だから尻尾があってもおかしくない』
確かに、それは有るかもしれない。だが、それは、先にその人が神だとわかっている場合のことだ。
『まあ、先に神だとわかっていればな』
『神様は見ればわかるものです。
お父さんは竜が人間になった神様です』
ああ。なるほど。竜に転生するか何かして、そのあと人間になる。でも、尻尾は残る。
ファンタジー的には有りがち……なのか?
『神様って、何ができるんだ?』
『お父さんはいろいろなことができますが、雨が降っても雨漏りしないとき、
たくさんの人間がお父さんを神様だと思いました』
雨漏りの神様か。なんか、それは俺っぽいかもしれない。
天罰降すとかは嫌だが、雨漏り止めてあげるくらいならやっても良いと思う。
でも変な神様だな。和風に言うと、神様より妖怪に近いかもしれない。
『なんで雨漏りしないと神様だと思うんだろうな?』
『それはお父さんが神様だからです』
相変わらず意味が分からない。
雨に濡れないと神様なのだろうか?
現地で、人間に聞いてみないことにはわからないな。
そんなことを考えつつ寝転がる。
変な時間に寝て起きたので、ずいぶん夜更かししてしまった。
まあ、俺の電車の時間に合わせて、駅で待ち合わせなので、少々の時間のずれは問題無いのだが。




