25-4.人間の股の布、妻の形見
おっさんが、おっぱい星人言われて萎えていた頃、洋子のところでも、大変なことが起きていた。
「ねぇ、ベス、教えて、栫井さんとはどういう関係なの?」
「……」
唯が問いかけるが、ベスは答えない。
「焼き鳥おごってあげるから」
ベスの耳がピクッと動いた。これで釣れるか?
ところが、唯の期待に反して、ベスは妙なことを言う。
「直接体に触れているものは、形見として持って行けるようじゃな」
「え? なに?」 唯は混乱した。
もともとベスは好き勝手なことを言う生き物なのだが。
次の言葉に驚く。
「人間の妻はなぜ、股に着ける布をお父さんに渡すのじゃろう?」
「え?」
股に着ける布? ショーツ?
「洋子、お主が渡したのが、最初であろう。求愛行動なのであろう?」
「え? ちょっと、今何て言った?」 洋子は聞き返す。
「股の布を渡すのが求愛行動なのじゃろ?
人間は毛皮が無い故、そうなるのも致し方あるまい」
「私が渡した?」
洋子にはさっぱり覚えが無い。
「そうじゃ、カバンと言うのに入れたじゃろ」
「入れてないわ」
この時点では、まだ、洋子は”股の布”が指すモノが何かがピンと来ていなかった。
洋子は”入れてない”そう答えたが、唯には思い当たることがあった。
「お母さん、さっき、栫井さんのカバンに何か入れてなかった?」
「え? 私が? なんでそんなこと」
「栫井さんを困らせるために、イタズラしたんじゃ無くて?」
唯は、何かを入れたのは知っていたが、何を入れたかは知らなかった。
イタズラなのかと思って放置していたのだ。
良いものをプレゼントしたのかもしれないし。
まさか、”股に着ける布”……ショーツを入れたとは思わなかったから。
だが、洋子には、さっぱり思い当たることが無かった。
「そんなことしないわよ」
そう言いつつ、気になることがあった。
股の布? 肌着? そう言えば……
今日はまだ洗濯していないが、昨日の肌着が見当たらない。
いったいどこにやったのだろう? ベスがどこかに持って行った?
「持って行けるのは体の一部。長く体と接した布は毛皮と同じなのかもしれぬのう」
持って行けるのは体の一部? 何の話?
そう言いつつ、急速に心配になる。あの肌着は、見えないように、ここに置いていたはず。
それが見当たらない。
ベスに聞いてみる。
「ベス、私の昨日の肌着はどこにあるかわかる?」
ベスは何かを聞いても、質問には、あまり答えないことが多いが、これには答えた。
「もう、家に着いておる」
「家って?栫井君の?」
「そうじゃ」
「ええっ? ちょっと、なんで?」
いよいよ焦る。
「唯、カバンに入れたって、いつの話?」
「お昼の前。栫井さん、ひざまくらで寝てたじゃない」
「あのときは、私はひざまくらしてたから……」
「もっと後」
洋子にはまったく思い当たることが無い。
なので余計に気になる。
「私が、栫井君のカバンに何か入れた?」
「あれで良いのじゃ。あのくらい使い古したものなら、お主の気持ちも伝わるであろう」
使い古した……アレのことだ。
ええ? あんなボロボロのを入れられたら、嫌がらせだと思われる。
「なんでよ、よりによって、あんな汚いのを!!」
洋子は焦っていたが、ベスはアレで良いという。
「使い古したものの方が、形見に相応しいのじゃ」
「形見?……私が死ぬってこと?」
「今回は死なぬようじゃ。お父さんが、妾の世界に行くときに持って行くのじゃ。人間の妻の形見を」
「ちょっと、お父さんって?」「今回?次回死ぬの?」
「妾の世界? 昨日も同じことを言っていた」
「形見って何?」「お父さんって?」「妻って私のこと?肌着渡すのは求愛行動?」
一気に聞かれて、ベスは答えるのが面倒になってしまった。
なので、ほとんど無視した。
「体の一部しか持って行けぬのじゃが、その布は妾の世界に持って行けるようじゃ。
確かに、洋子がカバンに入れた。
ちゃんと、お父さんが持って帰った。お父さんはまだ気づいておらぬようじゃが」
お父さんと言うのは、どうやら栫井のことを指しているようだということは分かった。
確かに洋子は、栫井のことは好きだったし、昨日から今日にかけて……特に、ひざまくらしていたとき、何故か自分は妻かもしれないと思った。
ところが、カバンに入れた記憶は無かった。
意図して自分で入れるとしたら、あのボロボロパンツは有り得ない。
しかも、汚れ物。
どうしよう?
洋子は相当焦る。
「お母さん、大丈夫?」
「私、どうしよう、ぜんぜん大丈夫じゃない」
「ベス、見られないで済む方法教えて」
「…………」
「ベス、お願いだから」
「…………」
ベスは答えない。
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一方その頃、栫井は、ちっぱい好きの、おっぱい星人言われて、すっかり、萎えていた。
なんで、こんなわけのわからないことを言われるのだろうか。
今日は最悪な日だ。そう思った。
だが、それは、まだまだ甘かった。
『そして、お父さんは、人間の股の布が好きです』
『うぉっ、まだ、続きがあるのか、てか、なんでだよ!! 好きなのは布じゃねーよ』
素早く打ち返す。ところが、まだ続く。
『お父さんは股の布を大事にしています』
『なんでだ?』
『私は思います。お父さんは、人間の股の布が好きなのです』
理由を聞いたのに、全然理由になっていない。
『だから、なんでだよ!!』
突っ込みを入れるが、心のブレーカーが、カチッと上がった。
ぐふっ、もう駄目だ……
全身の力が抜けて、ぺとっと倒れる。
もうだめだ……
俺は自称未来からやってきた俺の娘に、おっぱい星人のくせに、ちっぱいが好きとか、人間の股の布が好きとか言われて、もう生きる気力が失われてしまった。
だが、さらに追い打ちがかかる。
『大変です。お父さんは”人間の股の布”が好きすぎて倒れてしまいました』
ぜんぜん違う。俺は”股の布が好きだ”と思われるのが嫌なのだ。
『と言うか、股の布って言うな!!』
ぐぬぅ。
小泉さんに電話してから寝ようと思ってたけど、もう明日にしよう……
と思ったところに着信が。
”ブーーン”
寝ようと思ったら、スマホが鳴ってる。
小泉さんからだ……なんとか気持ちを切り替えて、電話に出る。
「はい。栫井です」
「ごめんなさい、栫井君」
「ああ、小泉さん。ちょっと前に家着いたところ」
「ベスが……形見を……」
「形見?」
もう、そんな話をしたのか。
「ベスが、栫井君には、妻の形見が必要で……無いと安心して死ねないって」
そんな話までしたのかよ!!
「ああ、いや、死ぬとかは真に受けないで」
「違うの、カバンに入れたって言ってるの。栫井君の」
「え? 俺の?」
「待って、違うの、見なかったことに、武士の情け」
武士の情け? 緊急事態か?
「洗ってないの、それに、いつもはもっとちゃんとしたのを穿いてるから。
だから、もし入ってても見ないで捨てて」
「わかった、見なかったことにするから、安心して……」
武士の情け……ただ事ではない。元は杉が使っていた言葉だが、緊急事態を表す。
”武士の情け”よほどのことだ。
カバンの中を見ると確かに入っていた。”穿いてて”ってやっぱりパンツだ。
なんだか涙が出てきた。
確かに汚いけど、洗う前だからとかそういうレベルじゃなくて、ボロボロで擦り切れてて……
俺はなんだか、すごく悲しい気持ちになった。
ベスが、ボロボロパンツを俺のカバンに入れたようだ。
確かに犬はこういうボロボロのものが好きそうだ。
『お父さん。犬ではありません。ベスと言う生き物です』
栫井はオーテルの言葉は華麗にスルーした。
こんなにボロボロになるまで穿き続けて……
パンツ買い替える余裕もないくらい切羽詰まってたのだ。
俺は、小泉さんを、守ってあげたい気持ちでいっぱいになった。
でも、新しいパンツをプレゼントしたら嫌味だよな……
捨ててくれと言われたけれど、捨てるなんてとんでもない。
洗って返そう。
そう思いつつカバンを見る。
ベスがそんなに器用に、カバンに入れることができるだろうか?
俺はボロボロのパンツを見たら、すごく悲しくなってしまった。
なんだろう。デジャブ感が……
※ボロボロパンツは 3-1.漏らしちゃう男 参照
俺は、ボロボロパンツを握りしめて、くてっと倒れた。
気が遠くなる……どこかに行ける気が……
「うおっ」
危ない。これは本物だ!! 俺はこれを形見として持って行くことができる。
今理解した。
俺はもうすぐ、妻の形見を持って、オーテルの世界に行かなければならない。
俺は既に、小泉さんを妻だと思っていて、これを形見として持って行くことができる。
そして、俺は転移することができる。できるというより、してしまう。
俺が決意を固める前に転移が始まってしまうかもしれない。
まさか、ひざまくら1回でお別れなんてことは無いよな?
心配になる。
『オーテル。俺は形見を持って行ったとして、ここに戻ってくることはできるか?』
『戻って来られる回数には限度があります。もうそろそろ、終わりが近付いています』
思ったよりも、時間が迫っているのかもしれない。そう思う。




