24-30.妻の条件
栫井は、、班決めのために、熾烈な戦いがあったのではないか?
そこに、ぐいぐいと強引に自分の希望をねじ込んで、洋子は栫井と
同じ班になったのではないかと想像していた。
確かに熾烈な争いは有ったが、洋子は”たなボタ”的に利を得ただけだった。
※栫井を、今井玲子から遠ざける意味もあった
修学旅行の自由行動の班分け。
進学校だった、栫井たちの通う高校は、日頃は、後の言葉で言うところの“リア充“的な者はほとんど居なかった。
まだケータイの無い時代、男女の密な接点は、ほとんど無いのが普通だった。
それ故に、逆に、修学旅行は重要度が高かった。
勉強せずに過ごす数日と言うのは、高校時代でほとんど無い貴重なものだった。
その上、そもそも高校の修学旅行は、人生で最後の修学旅行。
記念に、できれば好きな相手との良い思い出を残したい。
皆そう思う。
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一方で、教師から見ると、修学旅行は毎年ある。
ルールは大きく変えない方が、対処が楽で良い。
行き先は年によって変わるが、2日目、3日目が班行動という形式は代々受け継がれてきた。
班行動で悪さする生徒があまり居ないので、このような緩い行動が許された。
複数班が一緒に行動しないように、ルートはバラけるように設定される。
なので、2日間日中丸々班行動となる。2日目に険悪になると、3日目は悲惨だ。
希望の相手と同じ班になれれば、2日間で急速に距離を縮めることもできる。
なので、班分けは重要だ。
ところが、この班分けで、やたらもめる年と、そうでない年がある。ふしぎと、中間は少ない。
栫井たちの年は、かなり極度な、前者の方であった。
生徒の自主性を重視するという建前の元、班分けルール決めは委員に任された。
修学旅行実行委員という不幸な生贄的な生徒が、各クラス男女一人ずつ選ばれた。
教師からは、班分けは、クラスごとのルールでも構わないし、学年で合わせても構わないと言われていた。そして、好きな者同士でも良いと言われていたのだが、委員たちは、それだと収集つかなくなることを恐れた。
特に自由にすると戦いの起こるクラスの委員は恐れていた。
クラスごとにルールを設定すると、クラスごとの委員に苦情が来る。
全体で統一すれば、苦情が集中しなくなる。
だから、はじめは、くじ引きならくじ引き、好きなもの同士なら、好きなもの同士というように、学年で統一しようとした。
しかし、これは、クラスごとの委員同士の話し合いの時点で揉めた。
もめるクラスはくじ引きを希望、平和なクラスは好きなもの同士を希望する。
委員辞退者まで出て、収集付かない。
そこで、もう、クラスごとで勝手にやれということになった。
栫井のクラスは、今井玲子が居るので好きな者同士は無理。即決まった。
ただし、その先にも問題があった。下手に公開でくじ引きで決めると大変なことになる。
事故で都合の悪い組み合わせが発生した場合に収集がつかなくなる。
そこで、今井玲子の班だけ決めて、残りは、非公開のくじ引きで決めた。
そこまでは、不正が無いことを保証するため、担任の監視下で行われた。
ところが、途中で、極端に仲の悪いもの同士がいっしょになってしまった班があることに気付いた。
絶対に班行動しない。他の生徒まで巻き添えを食うことになってしまう。
そこで、仕方なく調整を入れた。
その作業が、委員に任されたため、委員特権で若干の変更が入った。
ところが、この変更前の班分けは既に、しおり作成係である小泉洋子の手に渡っていた。
なので、班分けをした中村は、洋子に声をかけた。共犯者として。
中村は、洋子が栫井と仲が良いことは知っていたことに加え、洋子は対立関係を持つような派閥に属さない、はぐれ人(今井玲子を中心とする、派閥争いとかには興味無いグループ)に属すると認識されていた。
秘密が守られる可能性が高い。
洋子は、その話に乗った。担任が容認するという中村の言質があっての事だが。
秘密が漏れたら大変なことになるのは目に見えていたため、洋子はあの時点ではまだ口外できなかった。
担任は、中村が班を移動していたことには気付いたが、苦労した分、多少の利益があっても許されると思い、見逃した。役得だ。
担任も、できれば、良い思い出を残して欲しいと思っているためだ。
多少は、苦労した見返りがあっても良いと考えていた。
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「栫井君は、いつから、私のこと……」
「え? いつからかわからないけど……」
一目惚れとかでは無いし、好きになる大きな出来事があった訳では無い。
ただ、修学旅行の時は、同じ班になったのを知った時、嬉しかったことを覚えてる。
「修学旅行の時は、小泉さんと同じ班で嬉しかった」
「なんで? あの時少しでも、そう感じさせる素振りを見せてくれたら」
今は確かに、そうすれば良かったと思っている。
写真もわざわざ班で撮ったり、小泉さんを単独で撮ったり、まともな2ショットは1枚も無い。
「うん。そうすれば良かった。あの時俺が一番良いと思ったことをやったんだけどな……」
俺は、女部屋で見張るわけにも行かないので、今井さん(今井玲子)が、どんな様子か聞きたかった。
杉と二人で来ると思ったら、小泉さんは一人で来た。だいたい女子は、2人以上でつるむ。
いや、俺も森田を誘ったけれど、”見つかったら内心(成績)に響く”と断られたのだ。
今思えば、森田も杉と示し合わせてやったのかもしれない。
「一番良いと思ったこと?」
「友達のために頑張ってる子に、全然関係無い話をしたら、俺、嫌われるかと思って……」
俺はあの時、あんな時間……まだ子供も寝ないような時間だったけど、ほんとは凄く嬉しかったのに、俺は今井さん(今井玲子)の話ばかりしてしまった。
俺を好きになってくれるような人が、そこらに居るわけ無いと思ってた。
だから、友達のために頑張ってる小泉さんに嫌われたくなくて、自分が求められている役目を果たさなきゃと思っていた。
「私は嫌われるかもしれないと思ったけれど、それでもピクルス入れた」
そう言われてみると、確かにそうなのかもしれない。
「うん。なんか、俺が悪かったかもしれない」
俺は、ピクルス2倍マシマシされた上に、俺が悪い事になって、凄く惨めな気持ちになった。
あのとき小泉さんが俺を好きで、今井さんも杉も、それを知ってて、2人きりで会ったのだとしたら?
俺はあの時既に小泉さんが好きだった。
あのときから両思いだったとしたら、俺はいったいどんだけ鈍いのか。
「私のお風呂覗かなかった」
「え?」
昨日のことだ。なぜその話が今出てくるのだろうか?
「…………」
「あれ本気だった?」
「…………」
小泉さんは、無言でプレッシャーをかけてくる。
本気だったのか……
そうだ。俺の人生には、風呂を覗かなければならない義務が発生することがあるのだ。
……何故かデジャブ感がある? 俺は風呂を覗かされたことがあるような気がする?
何故だ? 俺には仲の良い女の子なんていないのに……
※忘れてるだけです。3-5.暗視と遠目とうなじとはだか 参照
「どうして、今までずっと独身なの?」
何故それを今聞くのだ!
ぐふっ、俺はますますダメージが増える。
これは、できれば聞かれたくなかった。答えたくなかった……
でも、答えなきゃ、俺は進めないような気がする。
嘘やごまかしではなく、事実を話す。
「誰とも仲良くなれなかったから」
「本当?」
ものすごい勢いで事実だった。
「ダイ君のとき、またあとでと言った。あのあと、俺は、諦めた」
「どういう意味?」
そう言いつつ、”ずりずり”っと、小泉さんが寄ってくる。
「俺は小泉さん以外の女性とは、仲良くなれなかった」
「ほんと?」
そう言いつつ、また”ずりずり”っと、さらに寄ってくる。
「俺、小泉さん以外の女性とは、ほとんど話できないから」
「本当かな?」
さらに、”ずりずり”っと……
小泉さんの顔が真上で、真横にひざがある。
なぜそこまで近付くのじゃーーー!!!
凄く緊張してきた……
「じゃなきゃ、小泉さんに会ったことが理由で諦めたりしないと思う」
「なんで諦めるの?」
「小泉さんとは、話ができたから」
「たったそれだけ?」
ほんとにたったそれだけだ。
俺は、たったそれだけのことで挫折してしまう男なのだ。
ぐふっ、俺はもう死んでしまいたい気持ちでいっぱいになった。
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洋子は栫井の反応を見て、すぐ理解した。嘘ではない。
そして、栫井本人は、何故かそれを恥じている。
本当に単なるすれ違いだった。
「ごめんね。信じる」
「え?」
「でも、私のお風呂覗かなかった」
「は?」
風呂を覗かないのは紳士として当然だとして、スルーしたのは相当まずかったようだ。
「いいわ、唯に電話するね」
どういう意味だ? 俺はまた何かフラグを折ったのか?
洋子は唯に電話する。
「ええ、うん。そう? はい。わかった」
「ベスの散歩、まだかかるから、もっとゆっくりでいいって」
どうするか。ケータイのことを聞きたい気もするが、俺が何も知らなかったら変だと思うかもしれない。
いや、それより、心のエネルギーをチャージしなくては。
小泉さんが、こっちに向き直ると、また超接近状態に。
ますます緊張してきた。
「調子悪いの?」
「ああ、心が弱くなって」
「ショックだった?」
「……まあ……控え目に言って、凄く痛かった」
控え目に言って、暴走ダンプに正面から轢かれたくらいの勢いだ。
普通だったら、異世界転生してしまうほどのレベルだ。
※ちゃんと調べてませんが、たぶん2013年当時、既に、ダンプAAや、ダンプ転生テンプレは有ったような気が。主人公がトラックに轢かれて転生する話は1983年のミンキーモモが初ではないかと思います
修学旅行一日目の夜会ったとき……俺がその時感じたことを少し話しただけで歴史は変わったのかもしれない。
そう考えると、俺が失ったものの重さで、俺の心が押しつぶされそうになる。
「私もだけど、栫井君も。何やってるんだろうね?」
「うん。あのとき、思ったことを少し口にしただけで、何かが変わったのかもしれない……」
「…………」
「…………」
「昨日はありがとう、ごめんね、こんな形で再会なんて」
「いや、俺は……呼んで貰えて嬉しかった」
「そう。ベスとは十分交流できた?」
「ああ。撫でさせられたし、舐められた」
「…………」
「…………」
気まずい。
超至近距離で、話題が詰まって……目的は話じゃ無い?
これは誘っているのだろうか?
こんなにすぐ近くにあるのに、俺には手の届かないもの……俺はずっと昔から思っていた。
俺が弱っているときに、ひざまくらをしてもらえたら嬉しいと。男のロマン的な意味で。
「なに?」
「俺が今みたいに弱ってるとき」
「弱ってるとき?」
「好きな人に、ひざまくらしてもらえたら……」
「ひざまくら?」
”好きな人”はスルーされた。
でも、心が弱っているとき、こんなに近いところに、小泉さんのふとももがあったら、ひざまくらで癒して欲しいと思ってしまっても仕方ないと思うのだ。男のロマン的な意味で。
……いや、マズかったか?
小泉さんは女だから、男のロマンは理解できないかもしれない。
「ひざまくら? ええ、やってみる?」
「おお、良いの? ほんとに?」
とは言ったものの、そんなことして良いのだろうか?
「足はこうかな?」
そう言いながら、洋子は女座りする。
「ほんとに良いの?」 再度確認する。
「昨日お姫様抱っこしてもらったし」
いや、あれは運び方が、ああだっただけで、特別な意味があったわけでは無いんだけど。
まあ、それは言わぬが花ってやつか。
「痛かったら言って」
そう言うと、ほんとに、ももに頭を乗せた。
むにょっという感触。
おおお!!! 俺がずっと憧れていた、ひざまくらが……
おお!暖かい。柔らかい。ちと柔らかすぎるかな?
見上げると小泉さんが見てる。
ちょっと恥ずかしくなったけど、憧れのひざまくら。
やったぞ! 俺はついに憧れのひざまくらを!!!
※忘れてるだけで、このおっさん、連続ひざまくら犯ってくらい、散々ひざまくらしてもらってます
おお! なんか、ひざまくらしてくれるなんて、受け入れて貰えた感が凄い。
もう結婚しちゃおうかと思った。
いや、もはや、妻と言っても過言は無い……ような気がしてきた。
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洋子には、栫井がとても嬉しそうに見えたので、すっかり満足した。
風呂を覗く話をしても、まったく釣れないので、どうにも言葉ばかりで、異性としての魅力を感じて無いのではないかと思えたのだ。
普通は、体目当て?とか考えるところだが、栫井の場合は事情が違って、気持ちの上では愛されているようなのに、どうにも体には興味が無いように感じていた。
このとき、栫井も洋子も、はっきり実感できていないが、魔法の匂い、恋の匂いが部屋に充満していた。
洋子は洋子で、気持ちに作用する程度には、この匂いを感じることができるようになっていた。
栫井が転移を重ねるごとに、洋子との時間をやり直すたびに、二人の体は変化していた。
そして、遂に栫井が妻を意識し始める。
『妻か……』
この言葉を、オーテルは聞き逃さなかった。
(お父さん。神の妻は、ただの人間ではありません。
お父さんは、妻を決めた時、ひざまくらをすると聞きました。
洋子ももう妻になれると思います。
そろそろ私もお父さんとお別れすることになりそうです。
でも、私はベスの体で触れ会えて嬉しいです。
しばらくの間、この幸せが続くと嬉しいです)