24-28.洋子のいたずらの意味
と思ったら、小泉さんが、ちゃんとベスの分も作ってくれた。
「ベスはコレね」
両面焼きだ。俺も、両面焼きで良いのだが。
それはそうと、犬は目玉焼きを食べて問題ないのだろうか?
※熱を加えてあれば与えても良いようです
『犬ではありません、ベスです』
どうも、犬扱いすると、頭の中で考えただけで、オーテルにバレるようだ。
『ソースがありません。お父さんと同じものが良いです』
『だから、ベスの体に悪いって』
オーテルは、両面か片面かには拘りは無いようだ。
ソースの材料が犬の健康に問題あるかどうかは正確にはわからないが、あまり味の濃いものを与えるのは良くないと思う。
それに、そもそもの部分で大きな間違いがある。
『それに俺は、目玉焼きにソースは無理だ』
まあ、ソースの可否なんて、個人の好みではあるのだが。
俺は修学旅行で驚いた。
温泉卵にソース入れる同級生が居たのだ。
まあ、好きなように食べれば良いのだけれども、さすがにあれは少数派だった。
でもそれは、前振りみたいなもので、本命が出る。
次の日の朝食に目玉焼きが出たのだ。
当然、昨日ソースをかけたがったやつは、ソースをかけようとした。
すると、私も私もと続く人が現れた。
当時の俺はよその家でご馳走になる機会とかもそんなにないので、
俺は個人的にソースと言う選択肢は、ほぼ無いと思っていた。
ところが、目玉焼きにソース派はある程度居るらしいということがわかった。
俺は目玉焼きにソースは合わないと思っていた。
そして、俺がそう思っていることを、小泉さんは知っていた。
少なくとも、あの時点では。
そもそも、小泉さんも、目玉焼きにソースはかけない派だったはずだ。
好きな女の子とは、こういう基本的部分が同じであった方が良いと思ったのだ。当時は。
食べ物の好みが違うと、食事するにも大変だな……と、後々まったく役に立たないようなことを気にしていたのだ。
修学旅行の班分けで、俺は小泉さんと同じ班だった。
朝食は、班ごとでは無かったので、少し席が離れていたと思うが、同じクラスなら席も近かったはずだ。
小泉さんも見える範囲に居たと思う。
そして、小泉さんは知ってるはずなのだ、俺が目玉焼きにソースをかけないことを!
俺が小泉さんも目玉焼きにソースは否定していたことを覚えてるのだから。
「醤油か塩くれるかな」
「あれっ? さっき私使ったからテーブルにあると思ったのに」
そう言いながら、唯ちゃんが様子を見に来る。
「これどうぞ」
そして、醤油と塩をくれた。
しかし、味塩コショウ……
ノーマルの塩が良かったのだが……食塩、塩化ナトリウム、そんな名前でも呼ばれるアレだ。
だいたい蓋は赤で透明の瓶に小分けされているやつ。
となると、ここは醤油一択。
これで甘い醤油だったらどうしようかと思ったが、大丈夫だった。
さすがに甘い醤油は自宅に置いてなかったようだ。
世の中には甘い醤油がある。
醤油が甘い土地に行くと、醤油使った料理がデフォルトで甘い。
まあ、逆に、そういう土地の人からすれば、こっちの醤油はしょっぱいばかりと感じるのだろうが、俺はあれが苦手なのだ。
たぶん苦手だと知られると、嬉々として小泉さんが入手しそうだから、バレないようにしなくては……そう思った。
でも、思い出した。
ピエロのハンバーガー屋で食事したとき、小泉さんが、わざわざ俺のハンバーガーのピクルスを2倍マシマシしてくれたことがあった。
昔からこうだった気がする。
なんで、俺が嫌がることをするのだろうか?
性格が悪い……というわけでは無いと思うのだ。
なんとなく、いろいろ考える。
小泉さんは、今、嬉しそうに見えるが、俺のことはどう思っていたのだろう?
なんで、こんなに痩せ細るまで、呼んでくれなかったのだろう。
”もっと早く呼んでくれれば”……なんて、言えない。
唯ちゃんが、コーヒー淹れてくれた。そして、テーブルにつく。
「昨日はありがとうございました。助かりました。
母(洋子)も元気無かったのに、だいぶ元気が出たみたいで」
またお礼を言われてしまった。そんなに何度も言われるとむしろ困る。
俺は、恩を売るつもりとかじゃなくて、呼んで貰えたのが嬉しかった、むしろ喜んで来たのだ。
「ああ、それは。俺で役に立てるなら」
無難に答える。
「すみません。わざわざ、お醤油隠して、ソース出したりして。
母(洋子)はちょっと子供なところがあって」
高校一年生の、自分の娘に子供と言われてしまうなんて。
だが、いまさらの話ではないのだ。
「ああ。でも、昔からそうだったから」
「昔から?」
まあ、ソース出されたことは無いが。
「ソースじゃ無いけど、ピクルスとか、パセリとか」
その言葉に洋子が反応する。
「ピクルスって、マックの?」
小泉さんが、意外なところに反応した。
「そう。マックの、あんな昔のこと覚えてるのか」
「栫井君も?」
もちろん俺は覚えている。
「も?」
”も”と言うことは、小泉さん”も”覚えているということ。
でも、好きな女の子と珍しく外で食事して、嫌いだと言った傍から、いきなりピクルスマシマシされたら忘れないと思う。
でも、いたずらした方が、そんなこと覚えているかというと疑問に思う。
ところが、小泉さんの反応は予想外のものだった。
いきなり涙を流す。目を開けたまま、滝のように。立ったまま。
時間が止まって、涙だけが流れてるみたいに。
凄い衝撃を受けた。俺は女の涙に弱いらしい。
”おぇぇぇぇ???” 凄い勢いで驚く。
しかし、癖で突っ込みを入れてしまう。
”なぜじゃぁぁぁぁ!!! そこ泣くとこか!!”
心の中で、俺が持つ最大級の力で突っ込みを入れる。
すると、小泉さんがボソッと言う。
「覚えててくれたんだ」
覚えててくれた? ”くれた”どういうことだ?
「覚えてて?」
「うん。私、目立たなくて、印象薄いから」
なぜじゃぁぁぁ!!!! どこがだよ!!
うぉぉぉぉ!! 普通は、やられた方が”覚えてろよ”と言うと思うのだ。
それに、俺的に、小泉さんはぜんぜん印象薄くない!!
「覚えててくれたんだ。それで、嫌いにもならずにいてくれて……」
凄くどうでも良いことが、思い出補正と女の涙で何故か感動的に思えてしまう。
ピクルスマシマシ場面が感動的に再現される。
うお、なんてことだ。涙が出る。
ひとまず我慢するが、鼻水が出る。目と鼻は、ドレンパイプで繋がっている。
少々の涙は……少々じゃない!! 水位上昇、たちまち越水。ダメだ、目からも溢れてしまう。
何で意地悪なことをするのだろうかと思っていたら、”覚えていて欲しかったから……”
くっ、いやいや、そうじゃ無い、
「なんで、覚えていて欲しいと嫌がらせするんだ?」
「栫井君、玲子のことが好きだと思ってたから、
私のことも少し覚えていてくれると良いなって思って」
俺が今井さん(今井玲子)のことが好きだと思ってたから?
涙腺崩壊した。
俺はもうダメかと思った。
なんてことだ。唯ちゃんが見てる前で……
涙が止まらない。俺は小泉さんのことが好きだったのに、その気持ちは伝わらず、ピクルスマシマシ。
ピクルスマシマシ場面が感動的に連続再生され続ける。
そして、さらにショッキングな言葉が。
「マンガのメモも」
今それを言うか!!
うおおおお、俺は、フラグを折りまくっていた……
あれは過失だったのだ。
俺は今でも後悔しているのだ。俺の心が折れた原因……今でも俺を縛り付ける呪いだ。
「ごめん」
俺は謝る以外に何もできない。俺だって後悔している……
「聞いた。読み逃して後悔してるって」
知っていたなら、もっと早くに連絡をくれれば……
「俺が好きだったのは(小泉さんだったのに)……」
「それも後から聞いた」
聞いた? 誰からだ?
知ってても、俺には頼ってくれなかったのか?
「違う。私が裏切ったのに、私から連絡できないでしょ」
言って無いのに伝わった?
ん? なんで唯ちゃんも泣いてる?
「唯ちゃんまで。ごめん、おっさんが泣いて。見苦しいかもしれないけど……」
唯が答える。
「私も、なんで嫌がることするのかと思ってて。ちゃんと理由があったんだって」
いや、これが良いシーンなのは、捻じれまくった、俺と小泉さんにとってで、
唯ちゃんは、まともに生きた方が良いと思うのだ。
※栫井にも、最低限、自分が捻くれまくっているという自覚自体はあるようです
でも、時は流れてしまった。仕方ない。
それに悪い事ばかりじゃない。
俺は小泉さんと付き合って、結婚したかった。
でも、そうすると唯ちゃんは生まれない。
俺は、小泉さんと唯ちゃんが生きていてくれるだけで十分だ。
俺はこれで満足した。
後片付けが終わったら、もう、この世界を去っても良いと思った。
『オーテル。俺は満足した。親を看取って、オーテルの成仏を見て、俺も行こうと思う』
『はい。それには妻の形見が必要です。そして、唯の病気を治してから行く必要が有ります』
『なんだよ、その唯ちゃんの病気って』
『お父さんが治さなければ、確実に死にます。
そうするとお父さんは私の世界の神になれず、私が生まれません』
『確実に死に、そして俺が病気を治す?』
『お父さんは神様です。願いを叶えます』
神様なのに神様になれない?
小泉さんが、病気を治してくれと願って、俺がそれを叶えるのか?
イマイチ理解できない。
『この世界でお父さんが神様だと思っている人間は少しだけです。
だから、少しの人間だけの願いを叶えることができます』
神様って、やっぱり、人の願いを叶えたりするのだろうか?
「栫井君?」
見ると、小泉さんに見られてた。そして、唯ちゃんはなんか良い顔してた。
唯ちゃんは何も悪く無いのに、俺は若干イラっとした。
俺は、良い顔見るとイラっとする、心の病を抱えているのかもしれない。
「どうしたの、黙り込んで。
ベスと話でもしてた?」
「え?」
ベスと念話みたいなので話せること知ってるのか?
少なくとも聞こえてはいない。
声を出さずに会話する方法が存在することを知っているか?
『この、声出さずに喋るやつ、小泉さんは知ってるのか?』
『今回時間を戻してからは知らないと思います』
『小泉さんは、どこまで知ってる?』
『わかりませんが、私は、お父さんに言われた通りの助言をしました』
俺は、俺が言った助言が何かも覚えていないのだが、まあ、小泉さんは、それほど細かくは知らないようだ。
そのあたりも、そのうち追々聞いていくか。
「知ってるでしょ、ベスのこと」
知ってる?
どこまでの話だろうか?
俺が時間を戻したことを知っていれば、小泉さんは早々に連絡をくれたと思う。
唯ちゃんが生きている。さすがにスルーってことは無いだろう。
だから、そのことは知らないのだと思う。
余計なことは言わないようにする。
「ああ、俺とは知り合いみたいだな」
「知り合いみたい? こんなに懐いてるのに?」
そう言って見つめられると、俺が酷い嘘つきの悪党みたいに思えてくる。
「まあ、そういうことにしとくけど」
信じてはくれないのか。まあ、嘘なんだけど。
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ベスを知っているか聞いた後にも間があった。
そのときも、洋子には、ベスと栫井が、話をしているように見えた。
やはり、ベスは、栫井の指示で、洋子を救いに来たのではないか?
そう思えた。
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でも、今日はちょっと微妙な感じだ。
思い返すと、いろいろあるのだ。
少女マンガ読まされて、感想言わされる刑に始まり……いろいろあった。
小泉さんが、俺に微妙な嫌がらせ、イタズラをしてくるのは、俺に、好いていることに気付いて欲しいという意思表示だったのだ。
……心理としては、小学生男子が、好きな子に、嫌がらせしてしまうみたいなものの、延長版なのだろうか。
だとしたら、俺にパセリくれたり、わざわざ反対方面の小泉さんの最寄り駅まで送らされたりしたのも、みんな、好き好きアピールだったのかもしれない。
(流石に、送らされた時には、もしかして俺に好意をもっているのだろうか?と思った)
だとすると、俺は芝刈り機で芝を刈るように、フラグを根こそぎ、ざざざざざーっと一気に折りまくっていた?
俺は、なんだか体の力が抜けて、倒れそうになる。
慌てて、俺の隔離スペースに行って、くてっと倒れた。
メモだけじゃなく、全てのフラグを折っていた。
俺のクソ人生は、全部俺の自業自得か。
決断に失敗したならともかく、気付かなかったというのは、残念過ぎる。
俺はもう、このまま死んでしまいたくなった。