24-25.二人の関係(2)
「栫井君だけでなく、たくさんの男の子が、玲子のことが好きで……
だから、いつも一緒に居る栫井君は、当然玲子が好きなんだと思ってた」
このあたりの事情は、唯も一部聞いていた。
玲子さんは、とてもきれいな人で、若い時は目立たないように伊達メガネしたり、わざと地味な恰好したりと、とにかく、目立たないようにするのに苦労したと聞いていた。
栫井さんと玲子さんは、同じ中学出身で、高校の帰りの方向が一緒。
母(洋子)は、高校からの同級生で、家は同じ中学の学区内には無い。帰りの方向はむしろ逆だった。
だから、一緒に居るのは変だと。
なのに、杉さんは、母(洋子)と栫井さんが、母(洋子)の実家近くで一緒に居るのを見た。
だから絶対に付き合っていたと言っていた。
「だから、両思いだったのに気付かなくて。恋人未満。
でも私が裏切ってお父さんと結婚しちゃったから。
なのに、今でも大事にしてくれるの」
やっぱり、仲が良いだけじゃなく、特別な人だった。
なんで、今まで連絡しなかったのか不思議に思ったが、理由が少しわかった。
お母さん(洋子)は、”両想いなことに気付かず”裏切ってしまった。
唯の父と付き合い始めたのは、進学してそれほど経たない頃だったと聞いていた。
唯自身の年齢に当てはめてみると、よくわかる。
唯が、そろそろ出会う人と両思いであることに気付かないまま、別の男性と付き合い、3年後には結婚する。
そして、娘が生まれる。
それから10年以上も経ってから、その相手に助けてくれなんて言えるだろうか?
今の唯と同じ高校生の思い出というところが、理解しやすい……共感しやすい理由になっていた。
母は、裏切ってしまったと思っている。
そして、娘のことを考えると、助けを求めるのも躊躇ってしまう。
そこで途惑うのは、それだけ、特別な相手だからだと思う。
相手が誠実であるから、自分も誠実でなければならない……そう考えると、母(洋子)は自分は相応しくないと考えた。
でも、今日の母(洋子)は嬉しそうに見えた。
理屈と、感情の狭間で揺れている。
唯は、二人を応援したい気持ちになった。
唯は自分は気にしない(むしろ応援する)ということを、母に伝えた方が良いかと考えた。
そのタイミングで、洋子が唐突なことを言いだす。
「私ね。あの学校(高校)は向いてなかったと思うの」
「え?」
この話ははじめて聞いた。
でも、意外に感じる。栫井さんも、玲子さんも杉さんも同じ高校の同級生なのだ。
高校生に戻りたいと言うくらいだから、母の人生の頂点がそこにあった、だから、高校が大好きなのだと思っていた。
「偏差値的に合ってるから行ったんだけど、皆、受験勉強で遊んでる暇が無くて」
※語弊があります。洋子にとっては学区内で一番上の学校程度では頑張る必要が無いうえに、
洋子は学力向上を目指していませんでした。
「うん」
「私はもっと男の子とも仲良く……少女みたいな軽い付き合いがしたかったの。
気付いたら、もう高校生。
大学入ると、もう、その人が、すぐに結婚相手になるかもしれないから。
だから、男女で何があるでもなく一緒に居る玲子達が羨ましかったの」
この気持ちは唯にもよくわかった。恋人以前に、もっと緩い付き合いがあっても良いと思う。
※ただし、時代柄もあり、唯の学校はそんなに殺伐とするほど勉強熱心な生徒ばかり
ではないです。だからと言って、荒れているわけでも無く、元々洋子が望むくらいの
適度な環境です。そして、唯は凄いフラグクラッシャーです。
鈍感なわけでは無いのだけれど、すぐフラグ折ります。ある種の遺伝です。
「オマケでも良いから、私も仲間に入りたいと思って……」
唯の頭の中で、また話が少し繋がった。
若い時の玲子さんは、美人過ぎて、外見で寄ってくる男が多すぎて、恋なんかしてる場合じゃ無かったと聞いていた。
そして、少し時間をずらして、栫井と一緒に帰ることで、人避けをしていたと聞いていた。
それのことだ。
帰りの時間をずらすため、30分か1時間か、少し時間を潰して帰ったと言っていた。
その時の縁で、玲子さんと杉さんと母(洋子)は仲が良い。
玲子さんが外見でモテ過ぎて困ったのは、高校の時に限らず、その後も、
そんな状況が続いて、実際に玲子さんが結婚したのは両親の離婚より後、
けっこう遅い時期だった。
「玲子さんが、何度も助けてもらったって言うから、
強そうな人かもしれないと思ってたけど、全然違った」
唯の中では、大人しい人畜無害系の人説と、割と強い系の2つのイメージがあった。
今日見た栫井は、人畜無害系の方だった。
「助けたって聞くと、ちょっと違うのを想像するかも。
助けたと言うよりは、巻き添いになっただけだから」
やはり、元から力強い存在ではなかったようだ。
ただ、それでも、見た目に反して力があって、男の人と言うのは力があるものだなと唯は感心していた。
※実際は、栫井は、もう既に人間を辞めてしまっているので
普通の人間の力ではありません。
重心的にも人間を抱えて歩く程度は苦にもならない体を持っています。
「あの人優しいから……私も守って欲しかった」
やっぱり本心は、今でも助けて欲しかったのだ、そう思う。
「それに……」
「うん」
「マンガ雑誌交換しても読んでくれるの」
「え? 読んでくれる?」
急に話が変わった。
助けてくれる優しい人の話かと思ったら違うようだ。
守って欲しい……ではなく、さらに何かがあったようだ。
「私のは少女漫画だから。栫井君、読むのに苦労して……」
「苦労?」
唯にはピンと来なかった。
「少女漫画は、男の子には難しいみたいで……キャラの見分けが付いてなくて」
キャラの見分けに男女差がある?
やはり、唯にはわかりにくい。
「”ぜんぜん意味わからない”って。それでも、一応読んでくれた」
これは、栫井さんを好きになった理由の説明だと思って聞いていたのだが、唯には、どこに好きになる要素があるのか、よくわからなかった。
「感想訊いたら、”なんで不良ばっかり好きなんだ?”って。
確かにその頃のマンガは、そういう感じのも多くて。
私、この人と付き合ってみたいなって思った」
「???」
唯には、どこに好きになる要素があるのか、ますますわからない。
だが、当時から付き合いたいと思っていたようだ。
「でもね、1つだけ二人で読めるマンガがあったの。
”動物のお医者さん”っていう」
「ハスキー犬の?」
「そう」
これはわかった。
唯も、洋子にとってそのマンガが特別なものだということは良く知っていた。
顔の怖いハスキー犬が主役……ではなくヒロインで、まさに、ベスが来た頃、実写でドラマ化もされた作品だった。比較的有名だったので唯も知っていた。
※一般的には、主人公が男で、ヒロイン不在の作品になるのではないかと思います
特別な理由が分かって凄く納得した。
マンガを交換して読むという付き合いを通して仲良くなった。唯はそう理解した。
ところが、話はそこで終わらない。
「ぜんぜんわからないって言ってた意味が分かったの」
え? また話が飛んだ?
「え、うん」
よく分からないが、とりあえず話を聞く。
「少女漫画の主人公って、何故か不良を好きになったりして、
身近に優しい良い人が居ても振っちゃったり。
(唯の)お父さんね。周りの子がカッコイイって言ってたから、私もカッコイイと思ったの。
皆が羨ましがるから、良い人だと思った。
でも、私、ほんとは栫井君が好きだった」
…………
…………
話は繋がってた。
唯が思ったより、ずっと重かった。
唯も知っている。昔ほどではなかったが、唯の時代の少女漫画でも、主人公の女の子は、反抗的、一見自分勝手に見える男を好きになることが多かった。
良い人キャラは、当て馬的扱いで、結局振ってしまう。
洋子は、好意に気づかずに振った。諦めたに近かった。片思いだと思っていたから。
そして、ずっと後になってから、栫井が、その時もまだ母(洋子)を好きなことを知る。
「玲子が羨ましかった。栫井君に守ってもらえるから。
私、ずっと、栫井君は、玲子のことが好きで、一緒に居たと思ってた。
でも、玲子も、杉も、私と栫井君が付き合ってたと思ってて……」
「うん」
「バーベキューの時、私をずっと待ってたって。
今でも、ずっと好きでいてくれるからって」
父との離婚の決め手は、両思いだったことを知ってしまったから?
父の浮気疑惑は何度もあった。
なぜあのタイミングだったのか、もしかしたら、それが理由かもしれないと思う。
「じゃあ、お父さんと離婚したのって?」
「違うわ。私が知ったのは離婚後。玲子が隠してたから私は知らなかった。
離婚前に会ったりすると離婚調停で不利になるからって」
離婚前に会うと離婚調停で不利になる……いきなり大人の話になってしまった。
なんだかんだ言いつつも、実の父の話だけに、唯は、このあたりは、あまり聞いていて嬉しくはなかった。
でも、離婚後に知ったなら、その後、付き合うことはできなかったのだろうか?
唯の両親が離婚したのは、玲子さんが結婚するより前。まだ十分に若かったと思う。
「どうすれば良かったのか、ぜんぜんわからない。
でも、私は、唯が生まれてくれて良かったと思ってる。
だから、そのことは後悔しないことにしてるの。
だから、栫井君に頼らずに生きていけるところを見せたかった」
これだ!!
唯が今まで疑問に感じていたこと。何故助けを求めなかったのか。
裏切ってしまったのは取り返しが付かないことだとしても、せめて綺麗に忘れてくれるように、自立して見せたかった。
心配させると、栫井さんが、自分の人生を歩んでくれないから。
ちゃんと理由があった。
でも、頼っても良いのではないかとも思った。
栫井さんは、たぶん今でも待っている。
「でも、あの人今でも私のこと待ってると思う」
唯の考えと被った。
”待っているから……”
「だから、余計に電話できなかった。
唯が電話してくれて良かった」
よくわかった。父との結婚したことを後悔すると、唯の存在を否定することになるからできない。
そして、早く安心して自分の道を歩んで欲しいから、自立しているところを見せて安心させたかった。
母(洋子)の考えは分かった。
だが、唯のことを気にして頼らないのだとしたら、それはそれで、唯の希望を無視している。
「私のことなら気にしないで、このままじゃ落ち着いて学校通えない」
「ごめんね。あの人優しいから、わがまま言っても聞いてくれるから、頼らないようにしないと。
でも、頼らなくても、ずっと一人で待ってて、バカみたい」
「お母さん?」
母(洋子)は迷っている。
頼りたい。でも、それは同時に、今まで苦労してきた人生を否定することにもなってしまうから、割切るのも簡単では無いのだ。
洋子の苦労は間近で見ているから良く知っていた。
「今日だって、私が絶望してたら助けに来てくれて。お姫様抱っこしてくれた。
あんなのずるいよ。10年以上シングルでやって来た私が、あんなことされたら……」
唯は見ていたから知っていた。
栫井は、母(洋子)に良い所を見せようとしてやったわけではなかった。
救助の一環としてやっただけ。素であれをやるのだ。
実は、唯も凄く羨ましかった。
好きな男の子に、あんなふうに抱っこして欲しい。
だから、母の気持ちは良くわかった。
シングルで苦労して、心も体も限界を迎えた時に、昔から好きだった人が現れて、お姫様抱っこしてくれたら、少々の意地や拘りは、吹き飛んでしまうかもしれない。
唯は、母が元気になったことと、この話をしてくれたことが嬉しかった。
この日は唯にとっても、特別な日になった。




