24-24.二人の関係(1)
『やっと夢が叶いました。お父さんと一緒に寝ることができます。
竜の体だったら、もっと良かったのですが』
オーテルは幼少の頃、人間の体を通して、父と一緒に寝た(添い寝した)ことがあった。
あのときはとても幸せだった。
でも、人間の体を介しての接触は、感覚が遠かった。
このベスの体は、オーテル用に作られただけあって、本物の自分の手足のように動かせたし、感覚も直に伝わるものだった。
嗅覚は、竜の時より細かいものが分かった。これは、単純に体の大きさの問題だが。
本当は、臭いを楽しみにしていたのに、風呂に入って台無しだ。
凄い強烈な匂いが付いてて、鼻が曲がる。
人間は、わざわざ素の良い匂いを洗い流して、この臭いを好んで付ける。
シャンプーとかボディーソープとかいうやつだ。
この匂いがすると、幸せ半減だ。
でも、今できることは今やる。
『お父さん。こうして、ベスの体で会える日を楽しみにしていました。
前は、言葉を交わすことができましたが、触れることができなかったのです。
撫でてください』
栫井が撫でると、オーテルが言う。
『気持ちいいです。これで、私が成仏できる日が近付きました』
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成仏ってなんだ?
そう思ったとき、何かを思い出す。
オーテルは、俺に会って成仏するためにやってきた。そんなことを言っていた気がする。
なぜ少しずつ思い出すのだろう?
今晩は、オーテルにいろいろ話を聞いておこう……
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一方、同じころ、唯は今日のことを思い出して、いろいろ考えていた。
唯にとって、今日はあまりにも忙しい日だった。
金曜日、週末ではあるが、平日、学校へ行って帰って来たところまでは今まで通りだった。
夜になって、母からの電話で急遽迎えに行った。
あれから僅か4~5時間しか経っていなかった。
怒涛の五時間、唯の人生の中で間違いなく一番濃い時間だった。
今まで1番だったのは、ベスがうちに来た時……あれも、当時小学一年生の唯にしてみれば、相当大きな出来事だったが、あれは子供の視点で大変なことだった。
唯はコロンと名付けたのだが、ベスで定着してしまったが。
今回は子供の視点でも、もう少し大人の視点でも、あまりにも濃すぎる時間だった。
そして、母、洋子が日頃見せない姿を、いろいろ見てしまった。
幻滅……ではなく安心した。
帰らないと言い出したとき、高校生に戻りたいとか言い出したときは、一時的とは言え絶望したが。
母にもあんな面があって、今まで無理に隠していたから、あんなにやつれてしまったのだ。
それにしても、まさか、あんなに仲の良い男性がいたとは思わなかった。
10年以上会っていないはずなのに、距離感が、長い間会ったことの無かった相手だとは思えないほどだった。
驚きの連続だった。
”唯のお風呂は覗かないでね”そんなことが言える間柄なのだ。
その上、母(洋子)の入浴は覗いて良いと言った。あれは本気だったように見えた。
そして、もちろん、栫井さんは覗いたりはしない。
正直なところ、実の父より栫井さんの方が信用できそうだった。
玲子さんも杉さんもそう言っていたし、実際に唯の目からもそう見えた。
なのに、今まで呼ぶのを頑なに拒んでいた。
それでいて、会った途端、あんなことを言った。
そのうえ、わざわざ、お風呂を覗きに行ったのだ。
あれはやり過ぎだと思うが、それだけ嬉しかったのだと思う。
見たかったわけじゃ無く、悪戯したかったのだと思うが、あんなに仲良いと思わなかった。
唯から見ると、マンガの世界みたいだった。
いったい、二人はどういう関係なのだろう?
聞いてしまって気まずくなっても困るし、聞かずに気まずくなっても困る。
聞くべきか、聞かずにおくべきか。
これによって、母との関係性が変化してしまうかもしれない。
聞かずに、子どもとして接することに徹するか。
母(洋子)は、今までそれを望んでいたと思う。
でも、今となっては状況は変化した。
唯が聞いてしまえば、今後、大人として、振舞わなければならない場面が出てくるかもしれない。
でも、母の負荷を減らしたいなら後者だ。
ただ、母がそれを望んでいるかはわからない……どう思っているのだろうか?
見ていると、洋子が気付く。
「ああ、唯、今日はごめんね。ありがとう。助かったわ」
「うん。でも、お母さん、日頃から無理しすぎだから」
「そうね。なんだか気が楽になった」
あんなに仲良い男の人が居るなら……そう思うが、付き合い無かった理由は、きっと自分なのだろうと唯は思う。
母の気持ちは有り難いが、唯にしてみれば、こんなにやつれるまで我慢するくらいなら、良い人探して、洋子にも楽して欲しいと思う。
母子家庭で、母がいつ倒れてもおかしく無いような状態というのは、子にとっても死活問題だ。
金に困って好きでもない男と、というのは唯の望むところではないが、今日の洋子は幸せそうに見えた。
今でも好きなのだと思う。
唯も、栫井の名は、度々聞いたことがあった。
ただ、その割には母(洋子)との関係は良くわからなかった。
母(洋子)の親友、玲子さんと杉さんは2人は”昔、お母さんと付き合っていた人”と言っていた。
でも、母(洋子)は付き合っていなかったと言っていた。
だから、唯は”大人の付き合い未満”≒”清いお付き合いしか無かった”と認識していた。
でも、それにしては、ずいぶん後になっても名前が出る。
連絡を取るよう、度々勧めていたのだ。
そんなに軽い付き合いの人に……高校の同級生に連絡を取れなんて言うだろうか?
高校の同級生と言うのは、一生人生に大きく影響するほど大きなものなのだろうか?
唯は今年高校一年生になったばかり。
この3年間で、何十年後にも助けてくれるような男子に巡り合う可能性があるのだろうか? 考えてみたが、そんなことはあまりなさそうに思えた。
唯のイメージでは、そう言うのは大学生だ。
実際に母が結婚した相手……つまり父と母は、母が短大の時に出会ったと聞いていた。
ずっと昔、女性は進学しないのが当たり前の時代ならともかく、仲良しの玲子さんと、杉さんとは3人とも進学している。
そもそも母の通っていた高校は進学校で、高卒で就職する人は稀だったと聞いている。
だったら、今の時代と状況は変わらない。高校が最後の学校生活では無い。
そんなに急がず、進学準備、受験の比重が高くなる。
むしろ、唯の方が、高校が最後の学校生活になる可能性が高い。
学校生活を楽しめる期間が短いのだ。
高校時代、今をもっと大事に過ごさないといけないのかもしれない。
唯は、なぜ多くのマンガで舞台が高校なのか少しわかった気がした。
※気のせいです。昔は、制服はベタで表現出来たので、
描きやすかったというのもあったと思います
玲子さんたちとの話に聞き耳立ててみたりしたけれど、よくわからなかった。
とにかく、玲子さんも杉さんも、唯の父を嫌っていて、栫井と言う人を信頼していることは確かだった。
両親の離婚当時、唯はまだ幼稚園児だったので、あまりわかっていなかったが、中学生にもなると、いろいろわかってしまう。
玲子さんも杉さんも、唯の父を嫌っていて、栫井と言う人を信頼していた。
そして、その栫井さんは、今日も電話一本ですぐに駆け付けて……今この家に居る。
唯の飼い犬のベスは、何故か当然のように、その栫井さんと一緒に寝ている。
ベスは”洋子を幸せにするために来た”と言った。
ベスにその役を与えたのが栫井さんかもしれない。
唯はそう思っていた。
お母さんは、ベスのこと、どこまで知っているのだろう?
とにかく今日呼んで良かった。そう思う。
「栫井さんが来てくれて良かった」
それに対する洋子の返事は、唯には理解しにくい言葉だった。
「栫井君。呼ぶと来てくれるから、呼ばないつもりだったんだけど」
どういう意味だろう?
呼んだら来るのは知っていた。だから呼ばなかった。
来たら困るではなく、助けに来るのがわかっているから、相談するのは躊躇われた?
呼んで良かった。唯はそう思った。でも、母(洋子)にとってはどうなのだろう?
唯は今日、大きく踏み出してしまった。
酔って動けない母を回収しに向かい、一人ではどうにもならないことを悟ると、名前しか知らない男の人に助けを求めた。
これだけで、もう大大大冒険くらいなのに、いきなりコロッと母が男性に気を許すところを見てしまい……もう、昨日までの自分には戻れないと思った。
そうだ。もう、昨日までの自分には戻れない。
既に衝撃的なことが多すぎておなか一杯状態だが、逆に、聞くなら今しかない。
もう、昨日までの自分には戻れないのだ。
そう思い、遂にタブーに踏み込む。
「お母さんと、栫井さん、高校の同級生だったんでしょ」
「そうよ。唯が連絡したのよね?」
「うん。私が。電池が無くなっちゃったから、お母さんのスマホから」
「よく思い付いたわね。ベスに聞いたの?」
ベス? やはり、ベスと栫井さんには何か関係があることを母(洋子)は知っている?
「お母さんが、高校生に戻りたいって言ったから」
「ああ。そんなこと言ったの……だったら私が自分でかければ良かった。
私ね。唯が生まれて嬉しかった。
だから、高校生には戻りたいけれど、あなたが生まれたことの方が大事」
やっぱり、連絡とらなかった理由は、唯を傷つけないためだ。
さらに踏み込む。
「でも、今日見てわかった。ただの同級生じゃ無いでしょ。何かあったの?」
「……うん。私(洋子)がね、好きだったの」
唯は、この答えは簡単には返って来ないだろうと思っていた。
ところが、予想外にぽろっと出てきて驚く。
でも、変だ。母(洋子)が好きだった?
「片思い?」
「栫井君も、私(洋子)のこと好きだったんだって」
「だって?」
「栫井君、いつも玲子と一緒に居たのよ。
玲子はわかるでしょ、旅行にも行ったことある」
「うん。玲子さんは、もちろんわかる」
玲子は、洋子を気にして、離婚の時サポートしてくれた。
離婚後も、できる範囲で積極的にサポートしてくれた。
旅行にも、何度か一緒に行ったことがあった。
「だから、栫井君は玲子が好きだと思ってた」
わかった!
両思いだったのに気付かなかった理由。