24-21.オーテルとの再会(1)
普通科……なのに進学を考えていないのは経済的な理由なのだろう。
成績がある程度良ければ、進学前提の進路しか……もしかして、今となっては、進学が当たり前だから、進路相談で、それ以外の選択肢は提示されないのだろうか?
いや、進学が普通になれば、高卒で就職を前提とした科がほとんど無くなるか?
もしかしたら、商業や工業高校自体、ほぼ無くなったとか?
高卒が多数派だった当時から、俺は普通高校以外ろくに知らなかったので、今どうなっているかなんてさっぱりわからない。
でも、今でも高校野球では商業とか工業高校って聞くよな?
今は高卒でも、普通科が普通なのだろうか?
せめて、この子が就活する頃に、求人が戻っていると良いのだが、それも望めない。
落ちるときは1年で一気に落ちるが、上がるのは徐々に加速度的に上がって行くものだ。
あと2年やそこらじゃ、今とたいして変わらないだろう。
人口を考えると、俺の時代よりマシになってるはずなのだが、経済全体が落ちてる上に、定年延長や再雇用で、労働力は余っている。
とても明るい状況ではない。
多くの人が進学するようになったが、その結果、大卒の価値が下がった。
借金をして大学を卒業しても、そのぶん高給が得られるわけではない。
結局、年金支払いを遅らせるための財源として機能した。
それでも、進学しないともっと就職で苦戦する。進学しないのが経済的な理由なら、何とかしてあげたい……
そんなことを考えていると、その考えが伝わったのか、唯が付け足した。
「学校は、後から自分で行きますから」
ああ、そういうことか。
就職のために高校に通うのではなく、進学する。だから、なんの仕事がしたいか決まっていなくても問題ないし、普通科で納得だ。
自分で稼いだ金で通う。
まあ、入社数年間の給料なんてそんなに大差無いので、そこでは給料の差は発生しにくいかもしれない。
俺の頃もそうだった。入社後数年は、フリーターの方が年収が高い。
働きながら学校に通うと言うのは、ハードルがとても高い。
だが、先に稼いで……この場合、不足分を奨学金で借りられるのだろうか?
うまく行けば、遅れを取り返す……高卒で働き続けるより、学費分まで取り返すこともできるのか?
国公立に入れるなら……いや、公立に入るのは、今でも難しいんじゃないか?
学費は確か上がり続けて俺の頃より、ハードルがだいぶ上がっている。
正確な数字は、後で調べてみよう。
でも、どうも、学費だけの問題ではなく、生活費の時点で不足気味なのでは無いだろうか?
だとしたら、貯めるのに時間がかかるし、在学中もけっこう稼がなきゃならない。
奨学金を借りて、良い所に就職できるなら回収できるけど、回収できるところまで行けないと、重い負債になる。
俺が金渡して、足りない分奨学金なら行けそうだが、俺の金も、たぶん単なる借金としか思わないのだろう。
俺が老いたときに使うより、未来のある、この子に投資した方がずっと有意義だと思うのだが。
この子が、俺の金で少し良い人生を歩めるようになれば、俺は満足して消えてしまっても良いと思う。
なんだろう? この子を幸せにすることができれば、俺は消えることができるような気がする。
たぶん俺は、1つくらい良いことをしたという実感が欲しいのだ。
でも、この子に知られないように消えたいな。
俺が金を渡して失踪とか、自殺だと後味悪い。
ある日突然、心不全で死にたい。
そして、誰かが少し悲しんでくれたら俺は嬉しい。
このまま死ぬと、誰も悲しんでくれないと思うのだ。
いや、まあ、俺自身は俺が死んでも困らないのだけれど。
唯ちゃんと小泉さんの状況は、ちょっと聞いただけでも、あんまり明るい話が無い。
俺は凄く寂しくなった。
そうこうしているうちに、電車は進む。
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『おお、ついにこのときが!』
誰にも見えも聞こえもしていないが、実はこの場にオーテルも来ていた。
基本は栫井に憑りついているので、栫井の側に居ることが多いのだ。
『でかした、洋子』
オーテルは、大はしゃぎだ。刻々と、父がベスの居る家に接近しているのだ。
※オーテル=ベスの中の人
『ついに、この日が来たか! また、50のときまで待たねばならぬかと思ったわ』
※うまくイベントが発生しないと、栫井と洋子が50歳になる頃、再会する
『唯、そなたもようやった。褒めてつかわす。
唯に頼めば良かったのじゃ、そろそろ唯も大人。
この時期の唯ならお父さんを呼べたのじゃ。
ようやった。褒めてつかわす』
誰の耳にも聞こえていなかったが、栫井と、唯、洋子とが接触してからずっと“お父さんを何としても家まで連れてくるのじゃーーーー“と騒いでいたのだ。
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最寄り駅に着いた。
唯ちゃんが、小泉さんを起こす。
「お母さん、降りよう」
「ごめんなさい。すっかり寝てた。そんなに飲んでないのに、悪酔いしちゃって」
ずいぶんすっきりした感じだ。来た甲斐があると言うものだ。
「日頃の疲れが、溜まってたんだよ」 そう答える。
酒は、予想外に効くこともある。
身体が弱ってるときにはしかたない。
乗り換え1回で着いた。乗換回数が増えると、終電が厳しくなるので、乗り換え一回で済むのは便利だ。
でも、時間的に危なかった。終電までほとんど余裕が無かった。
もちろん、このあと俺が帰るのは不可能だ。
まあ、知ってて来たので良いのだが……
俺は今日はもう帰れないので、夜を明かす店があるか見ておく。
スマホで確認したとおりだった。24時間やってるのは、ハンバーガー屋くらいだ。
ハンバーガー屋はドリンクバーが無いので、あまり夜明かしに適していない。
ここは、駅の周りに少し店があるが、基本住宅地。
駅1つくらいなら歩いて移動しても良いが、隣の駅にはマンガ喫茶とかあるだろうか?
ここで去るべきか、家まで送っていくかで悩む。
小泉さんの調子が良ければ、ここで帰った方が良いかもしれない。
家まで送って帰ると、必ず引き留められるだろうし。
「小泉さん、大丈夫だね。安心したよ……」
「ごめんなさい。送ってもらって。
もう電車無いから、今日は家に泊まってって」
先手を打たれた。俺の行動を読んでいるのだろうか?
「いや、いいよ、悪いから。
もう平気なら、夜明かし出来そうな店探して、電車動いたら帰るよ」
「ダメよ、こんな時間まで付き合わせて、サヨナラって訳にも行かないでしょ」
高校の時は、こんなんじゃ無かった気がするが、その割には小泉さんっぽい反応だと思った。
でも、元気なら、ここで別れた方が良いのかもしれない。
思春期の女の子の居る母子家庭に、おっさん乱入はあまりよろしくない。
それに、おっさんである俺の居場所が無い予感がするのだ。
「いや、むしろその方が平和かなと」
「ダメ」
まあ、言うと思った。
とぼとぼ歩く。
「何年ぶりかな?」
小泉さんが言う。
たぶん答えなくてもわかってると思うが。
「ダイ君の時以来だと思う」 そう答える。
「あの時はごめんね。唯が熱出して」
ああ、そうだ。あのときの子供が唯ちゃんだ。
酔っ払った小泉さんを迎えに来るほどに育ったのだ。
「あの時のお子さんがこんなに大きいんだから、だいぶ経ったな」
あのとき最後の言葉は”また後で”だった。
ずいぶん昔のことだ。あれから11年くらいか。
あれからの俺は人生消化試合だった。
こうして、また会えた。
フラグ的な意味合いでは、俺はもう死んでも良いとかか……
「ここよ」
小泉さんが住んでるのは、アパートとマンションの中間くらいの建物だった。
アパートと言うと、俺のイメージだと木造で、音筒抜けなやつだが、今はそういうのは少なくなったので、こう言う建物がアパートなのかもしれない。2階建ての集合住宅だ。
駅から15分ってところか。急げば半分くらいか。
駅までは、俺の部屋より近い。
「任務完了だ。無事、送り届けたから」
なんだかんだで、ここまで来てしまったが、送り届けるという意味では、これで十分だ。
「泊ってきなさいよ。遠慮する相手居ないから」
離婚して、2人暮らしなのは、さっき唯ちゃんに聞いた。
俺は小泉さんと唯ちゃんに遠慮してるんだが。
”ガリガリ”
ドアからガリガリ音がする。
なんだ?
「ベス、待ちなさい」
「犬がいるから、気を付けて」
犬を飼ってるのか。少し意外に感じた。なんだかんだで金がかかる。
犬を飼う余裕があるなら、唯ちゃんの学費に回した方が良い。
まあ何か理由があって飼っているのだとは思うが。
「犬飼ってるのか。知らない人来たら吠えるか?」
「多分吠えないと思う」
洋子はちょっと意外に感じた。栫井は、ベスのことは知っていると思っていた。
鍵を開ける間も”ガリガリ”音がする。
かなり狂暴なやつなんじゃ? そんな考えが頭に浮かぶ。
ドアを開けた途端、犬に襲われる。
「うわっ」
中型犬が出てきて、何故か俺のところに来て、いきなり襲われた。
「ベス、こら」
「ベス、やめなさい」
ぬう。仕事帰りそのままなので、スーツが……
確かに吠えないが、でも、襲われた。
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栫井はベスを知らないが、ベスは栫井を知っている。
洋子にはそう見えた。
ベスが廊下で喋ったらと心配していたが、ベスはやたら喜んだが、喋りはしなかった。
洋子と唯にはそう見えていた……が違った。
「ベス、辞めて、とにかく入りましょう」
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洋子と唯には聞こえなかったが、ベスと栫井は話をしていた。
『お父さん』
「うぇっ?」
『犬が喋った?』
『犬じゃないです。私です』
おお、口に出さなくても伝わる……念話みたいのができるのか。
”私です”? ってことは、会ったことあるか?
「こら、ベス」
小泉さんは、今の会話に反応していない。
『小泉さんには聞こえてないのか?』
『まだ洋子には聞こえないようです。でも、ベスは人間と話ができます』
なんだ? ベスと言うのが、この犬の名前で、俺が話している相手はベスでは無いのか?
小泉さんの名前も認識してるし、人間が乗り移っているのだろうか?
『お父さんは、いつも忘れます』
『お父さん……俺がお父さんなのか? 過去に会ったことが有るんだな?』
そう言いつつ、既に少し思い出しつつあった。
そして同時に思う。
着替えないと、この格好で帰るのは厳しいかもしれないなんてことを考える。
ベスの攻撃で、スーツとワイシャツのダメージがでかかった。




