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24-18.唯からの電話(7) ついに呼ぶとき

挿絵(By みてみん)


「もう全て忘れて高校生の頃に戻りたい……」


洋子がとんでもないことを言いだす。


正直、これは、高校に入ったばかりの唯にはトラウマレベルの出来事だった。

母子家庭の母親が、高校生の頃に戻りたいとか言い出したのだ。


高校生と言えば、ある程度自立できる年頃ではあるが、一年と三年では大きく変わる。

唯は高校生になりたてで、高校卒業後や将来のことより、まずは、高校をどのように過ごすかを模索している時期だった。


身近なところに居て、唯個人のことを、相談できる唯一の大人が洋子だった。

その洋子が、”もう全て忘れて高校生の頃に戻りたい”と言った。


とても、唯の手に負えるような事案では無い。


頼りになる大人?は、もう一人(?)居る……今一番頼りになりそうな存在なのだが、ベスは電話に出られない。相談できない。


いざとなれば、祖父母に頼るか、父を呼ぶ……そんなことをしたら、母がどうなってしまうか。

今まで助けを借りずに生きてきたことが台無しになってしまう。


唯は、母が祖父母や、別れた父に助けを借りずに生きるために、努力してきたことを知っている。

ここで助けを呼べば、洋子の負けを唯が決めてしまうことになるような気がして怖かった。

母が折れているときに支えになる存在が欲しい。


そう考えた時、良い人物が思い当たる。

玲子さんに相談してみよう!

母の親友の玲子さん。唯も何度か会ったことがあった。


でも、この時間に呼んでも間に合わない。


そこに、解決につながるキーワードが。


栫井(かこい)君、なんでメモ見てくれなかったの!」


今、洋子は”栫井(かこい)君”と言った。ピンときた。

今、母(洋子)が助けに来て欲しいと望んでいる人物だ。


唯には思い当たる人物が居た。

母(洋子)の親友、玲子さんとの会話で、ときどき出てくる名前だった。

はっきりはわからないが、母の高校時代の友達……あるいは恋人の名だ。


そして、このケータイを貸してくれた人の名だった。

こんなの、今その人に連絡取れと言われているようなものだ。


恐らく、連絡を待っている。

ただ、洋子がこの状態のときに呼ぶのもどうかと思った。

あとで洋子が怒るかもしれない。

それに、栫井(かこい)という人も、洋子のこんな姿を見たら幻滅するかもしれない。


でも仕方が無い。

恐らく母は、その人に助けを求めたいけれど、自分から連絡ができなくて、今の状況に陥ったのだと思った。

普通に考えて、高校一年生が思い至るような結論では無い。


洋子と玲子の会話と、ベスの話を総合すると、そう考えるのが無難だった。

玲子は栫井(かこい)に連絡することを勧め、洋子は自分からはかけられないと言っていた。

過去に、酷いことをしてしまったから。

だが、ベスは、そんなことは気にせず頼れと言っていた。必ず助けてくれると。その言葉を信じる。


電話をかけてみよう……そう思うが、唯は、凄く心細かった。

母はこんな状態だし、唯は、栫井(かこい)がどんな人なのか全く知らないのだ。


いろいろなことが頭に浮かぶ。


電話して門前払いもショックだが、呼んでかえって悪い結果になったら……

母が今まで電話しなかった理由が、悪い事が起きる可能性を考えてのことだとしたら……


でも、唯のことを気にして電話をしなかった可能性もある……


唯は、母が相当苦労していることを知っていたので、もう少し楽して生きて欲しいと思っていた。


もし、昔、母と仲が良かった男性なら、連れ子である唯を嫌うかもしれない。

それでも、仕方ないと思えた。

正直、唯の目から見ても、洋子は限界だった。

唯は正確な数字を知っているわけでは無かったが、洋子は、このとき40kg近くまで体重が落ちていた。


通常、美容的に好ましい体重と、健康的に好ましい体重には大差がある。

美容的に適度な数字でも、実際には痩せすぎくらいのレベルだ。

ポーズによっては、あばら骨が浮き出る程度。


だが、今の洋子は、常時あばら骨が見えてるくらいの体格だった。

いつ倒れても仕方が無いくらいだった。

これでは、唯は安心して高校に通えない。


だから、もし、これで、洋子の支えとなってくれる存在ができるのであれば、少々自分が邪魔者扱いされるくらいは、我慢しても良いと思っていた。


まあ、今のこの状態を見ると、少々のことは仕方が無い。


母の親友、玲子も、困ったことがあれば、栫井(かこい)に電話しろと、母(洋子)に勧めていた。

唯も玲子さんの言葉は信用していた。玲子さんが勧めるくらい、安心して信用できる人なのだと思う。


なので、早く電話すれば良いのにと思っていた。

ただし、唯は横で聞いていただけで、まさか自分がその電話をすることになるとは考えもしなかった。


でも、時間が時間だ。もう、いろいろ考えている余裕が無い。


唯が持ってきたケータイは、電池マークが赤になってしまったので、洋子の電話からかける。


呼び出し数回で相手が出た。

「はい」


返事だけで名乗らない。一応、相手を間違っていないことを確認する。


栫井(かこい)さんの番号でしょうか?」


「はい。そうです。どちら様でしょうか?」


どちらさま、つまり母(洋子)の電話番号が登録されていない?

この時点で、唯は一気に気分が沈んだ。


電話帳登録もしていない間柄だとすると、こんなことを頼んで良いものか……

ただ、画面を見ていなかった可能性に気付く。


「突然すみません。小泉洋子の娘です」


「こ、小泉さん? え、ええと……高校の時の(同級生の)?」


良かった。すぐに思い当たる程度には、記憶にある。


「そうです」


とりあえず、ざっと説明する。


…………

…………


良かった。

これから来てくれると言う。温厚な人のように感じた。


もう22時だ。


問題は洋子の方だ。どんな反応をするか。却って頑なになったらどうするか。

そんなことを心配しつつ待つ。


しばらくしてやってきた男性は、少し背の高いひょろっとした中年だった。

正直、頼りになると言う感じでは無かった。


驚いたのは洋子の反応だ。今まで洋子は男には相当警戒していた。

ところが、この男性だとわかった途端、地が出た。


「なんで、こんなとこに栫井(かこい)君が居るのよ」


「娘さんに電話もらって」


「お母さん、私が呼んだの」


「そうじゃないの! なんで居るのか聞いてんの!」


「だから、娘さんが心配して、」

「そうじゃない!!!」


この姿に衝撃を受けた。

洋子が男性にわがままを言う所なんか見たことが無かったのだ。

そもそも、こんなに酔ったところも見たことが無いので、酔っ払うとこうなのかもしれない。


でも、これは、よほど気を許せる相手じゃないと出ないのではないかと思った。


このやりとりを聞いて、唯は、栫井(かこい)を呼んで正解だったと思った。


これは”洋子さんを心配してきたんだ”と言え!と言っているのだ。


当然、この男性も、そのあたりのことはわかっているのだろうと唯は思ったのだが、心配になる。


娘の立場から言うと、唯は、この立場に立ちたくなかった。

母が父よりも、昔の知り合いの男性との方が心を許せる仲なのだ。


でも、唯は、物凄い勢いで理解した。

この二人はお互いに好意を持っているのに、うまく噛み合っていないだけなのだ。


母と、その相手が両方とも、恋愛的に不器用な人達で、見てるとイライラを通り越してあちこち痒くなるくらいの……


唯はどうやら栫井(かこい)は気付いていないかもしれないと思い、助け舟を出す。

栫井(かこい)さんが、お母さんのことを心配して来てくれたから、もう大丈夫だから帰ろう」


こう言えば、なんとかなると思ったが、何故か洋子が余計な一言を。


栫井(かこい)君も、まだ結婚してなかったの?」


洋子が追い打ちをかける。


そして、わざわざ酔っぱらいの言葉を真に受けて、栫井(かこい)は轟沈……


”漫才かよ!!”唯は心の中で突っ込みを入れる。


「お母さん! もう!」


わざわざ、ケータイ持たせてピンチが来たら助けに来た。

なんで独身なのか、わかっているはずなのに、母、洋子は、何故かそこを突く。


そして、この栫井(かこい)と言う男性も、不思議な人で、酔っぱらいなんだからテキトーに相手すれば良いのに、言われたことを真に受ける。


ほんとにダメージが大きいようで、ふらっと力を失って膝を付く。


唯には、物凄く簡単に想像がついた。


唯にとって極めて重要な問題が、実は、とても些細な原因に因って発生していたのではないか。

そう思う。


唯は、洋子と玲子の話を聞いて、ある程度のことは想像がついていた。


洋子は助けて欲しい。でも、裏切った負い目がある。

この男性は、助けを求めて欲しい。助けを求めてくれないことに絶望している。


唯の父母が離婚したのは幼稚園の最後の頃で、唯は、小学生の頃、家でベスと留守番していた。

当時は鍵っ子と言われていたが、実は後から聞いたら、周囲からは放置子扱いだった。

※放置子と言うのはネグレクトを受けた子のことで、愛情を求めて他の家に入り浸ったりするので、要注意人物扱いされる


あまり友達ができなかったのだ。

なぜ、他の子は、唯と遊びたがらないのか? 違和感の理由が、そのとき納得できた。


中学は、部活に入ったら、シューズやウェア、試合に行くにも金に困って2年に上がって辞めた。

高校は、洋子が心配で、勉強とかしてる場合じゃ無いんじゃ無いかなんて思っていたのに、


本当は、この二人がうまく行けば、母の身を心配しながら学校に通うようなことをしなくても済んだんじゃないか?

なんてことを思ってしまう。


もちろん、大人の事情と言うのもあるのだろう。

だから簡単に話は進まない。そう思った。


ところが、この男性が、抱っこして運ぶうちに洋子の機嫌が直った。

つまり、心配事がある程度和らいだ。


体力の問題もあるが、一番は心労なのだ。

ここは、この二人を、くっつけてしまえば良いのではないか? なんてことを考える。


唯は今まさに思春期なのだが、母子家庭の貧困は、それを阻んだ。

唯が正常に思春期を迎えるのには、唯の家庭は貧乏過ぎた……いや、貧乏なことが問題なのではなく、洋子が頑張りすぎることが心配で、唯が安心して思春期を迎えることができなかったのだ。


どう考えても、自分自身が、青春や恋をするべき大事な時期に、母親の恋を応援するような子に育ってしまっていた。

※仕方ないです。死活問題なので


唯は唯で難有りな子だった。

唯自身は気付いていないが、けっこうフラグを折りまくっていた。

中学3年の時、学年で相当人気ある男の子に告白されたのに、気づかずスルーしていたこともあった。

それが嫉妬を呼び、けっこう酷い目に遭っていたが、唯自身は悪意を受けていることは知りつつも、その理由には気付いていなかった。


見た目だけで言えば唯より上は居たが、薄幸の美人属性は、それを容易に覆した。


ところが本人は全部、母子家庭が、貧乏が悪いんや!とちょっと違う方向に勘違いしていた。

確かに、貧乏で嫌われることが多いので勘違いしやすいが、逆に薄幸の少女として逆方向に作用することもある。


そこに、さらに勘違いを加速させる事件が起こる。


ひ弱そうな中年男性が、弱った母をお姫様抱っこして運び、それを受け入れ急に機嫌が良くなる母の姿を見て、母親に対する微妙な気持ちと、お姫様抱っこに対する憧れが育ちまくってしまったのだ。


だいぶ後の話になるが、唯は、結婚相手を探すのに、非常に大きな妥協を要とすることになる。

最低限くらいに思っていた条件をクリアできる男性が存在しないと言う現実にぶち当たる。

健康な唯の体重を軽々支えられる男性など、世の中にほとんど存在しないという現実を知ることになる。

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