24-16.唯からの電話(5) お姫様抱っこ
「小泉さん、電車無くなるから帰ろう」
小泉さんを立たせようとするが、全然立ってくれない。
「今日は帰らないから!!」
飲み屋で帰らない宣言ならともかく、こんな暗い公園で、ますます危ないじゃないか。
とにかく、今日は帰るよう説得する。
「唯ちゃんも、帰れないし、女性だけだと危ないだろ」
「私なんて価値無いから」
「唯ちゃんも居るし」
「そこは、否定するとこでしょ!!」
をを! 酔ってても、そこに突っ込み入れるのか!
なんか、想定通りで嬉しくなる。
ところが、唯ちゃんが謝る。
「すみません」
なんてこった。娘さんに謝らせることになるとは、俺はちょっと後悔した。
その反面、なんとなく嬉しかった。小泉さんらしい気がしたのだ。
あれ? こんなんだったっけか?
俺の知っている高校の頃の小泉さんは、もっとほわっとした感じで、こういうわがままっぽい感じじゃ無かった。
でも、この距離の無さは、俺の知っている小泉さんだ。
反応は小泉さんなんだけど、暗くて顔は良くわからない。
でも、なんか、ずいぶん軽そうに思えた。
小泉さんの体重の話だ。良い意味ではなく、凄く細いように見える。
なんか、不健康だ。
「家で寝た方が良いって。送ってくから、帰ろう」
「私のことは放っておいて。人生間違っちゃったの」
”人生間違っちゃった”だと?
ぐふっ、同士……ぬう……俺も人生間違ってしまった……
思わず膝を付く。
「え? 栫井さん、どうしたんですか?」
唯ちゃんが心配してくれる。
「どうせ、自分も人生間違ったと思ってるんでしょ」
さすが小泉さん、俺の同志だ。
だが、その一言が突き刺さる。
”ぐふっ”
追加でダメージを受けた。
俺も、もう家に帰れないかもしれない……
「なに? ええ? なんで?」
唯は混乱する。
「栫井君は、だからダメなの!!」
小泉さんを立たせようと、腕を掴んだまま、俺のパワーが萎えてしまう。
俺の心の防御壁は、光子力研究所のバリアーのように軟弱なのだ。
俺は、良くわからないが、酔っぱらいにダメ出しされてしまう運命を持つ、悲しい男なのだ。
ますます、心のエネルギーが消耗していく。
「あんまり時間の余裕ないので」
唯ちゃんに、遊んでんじゃねーよ的な突っ込みを入れられて、なんとか持ち直す。
意外にパワーが戻ってきた。
それに、目が慣れてきたのか、はっきり見えるようになってきた。
おおっ! 若けぇ! 見えた。
唯ちゃんは、しっかり話すので、もう少し大人っぽい感じかと思ったら、すげー若い女の子だった。
こんな子を、こんな時間に、こんなところに放置できない。
なんとかして、小泉さんを連れて帰らないといかん。
そうだ。今は何とか行動しないと。
こっちは、おお! 小泉さんは、すっげぇ老けてた!!
いや、俺と歳一緒なんだけど、10年以上ぶりなので、さすがに記憶とのギャップが。
酔ってるし、歳取ってるで、わかりにくいけど、確かに小泉さんだった。
来る前は、少しくらいは中年太りしてるかと思っていたが、逆だ。
痩せている。
健康的な痩せ方では無い。
でも、こんなんだったら、自分で歩かせなくても、抱えていけそうだ。
「ごめん唯ちゃん、これ持ってくれる?」
「はい」
上着とカバンを渡す。
「重っ」 唯は思わず漏らす。
俺のカバンは、相当重い。
ガラケーのケーブルでも何でも入った不思議なカバンだ。
「ああ、カバン重くてごめん」
「小泉さん、あちこち触るよ」
一応、先にそう言っておく。
「なに?」
「ちょっと、お母さん持ってくから」
これは、唯ちゃんに対しての言葉だ。
試しに担いでみる。
「やめっ」
小泉さんが何か言ったが、そのまま続ける。
びっくりするほど軽かった。
「辞めて! 今日は帰らない」
小泉さんが、耳元で騒ぐ。この体勢だと、耳に近くてうるさいという問題があった。
「24時間のカラオケあるなら、そこでもいいよ。とにかく、ここで夜明かしは辛いから」
さすがに、酔っていても、このくらいの判断はできるようだ。
こう言うと静かになった。何か考えてるようだ。
「痩せすぎだよ。ちゃんと食べなきゃ」
「ダイエットじゃ無い!」
でっかい子供でも抱えているように、大人を運ぶ。
けど、さすがに、これで大人を運ぶのは無理がある。
抱えやすい高さにすると、肩に担ぐような感じになってしまう。
これじゃ、小泉さんが疲れそうだ。
「これじゃ、つかれるよね。こっちの方が良いか」
そう言って、持ち方変える。俗に言うお姫様抱っこ。
「ええ? ちょっと!」
お姫様抱っこに。ジタバタ暴れるが、靴は唯が持っている。
でも、暴れると、昔やってた伊東のホテルの宣伝の大漁苑で、ビチビチ跳ねるでっかい魚を抱えた子供のような気分になる。
頭の中にBGMが、えんやーとっとーえんやーとっとー♪
※首都圏ローカルだと思います。”ハトヤ大漁苑”CMとかで調べてください。
たぶん、わかる人は、”でんわーはーよいーふろー”とか頭の中で流れてると思いますが
「とにかく、駅の方まで行くか」
「はいっ」
唯ちゃんが付いてくる。
「違うの! こういうのは」
また、小泉さんが暴れ出す。さっきほどの勢いはないが。
「危ないから暴れないで」
諦めて静かになる。
でも、よく考えたら、これだと、人とすれ違うのが大変だ。
「小泉さん、足伸ばさないでね」
「そうじゃない!!」
「さっきのより、こっちの方が良いと思ったんだけど」
「そうじゃないの!」
何かが不満らしいが、酔っぱらいの言うことは、全然分からない。
自分で歩かないのだから仕方が無い。
でも、まあ、静かになったので良しとする。
とぼとぼ歩く。少し歩くと、すぐ明るくなる。
「同窓会来なかったじゃない」
「え?」
来なかった……同窓会。1年くらい前の同窓会の話だ。
「ベスが同窓会で会えって言ってたのに」
「ちょっと、お母さん、ベスの話は」
ベス?誰だろう?
思い当たる人物はいないが、そこはスルーする。
俺はあの同窓会には行きたかった。
小泉さん……今抱き抱えている、この女性に会いたかった……会って聞きたいことがあったから。
「俺も行く気だったんだけど、急に……体調不良で」
「栫井君に、相談しようと思ってたのに」
相談? そうか、その頃から既に何か問題が起きていたのか。
だったら、連絡くれれば良いのに……
「電話してくれれば良かったのに」
「私から電話なんてできないでしょ」
何故できないのだろう? 電話番号なら知ってたはずだ。
「唯ちゃん、番号知ってたけど」
「そうじゃない!! ぜんぜんわかってない」
この会話を聞いて、唯は思った。
少なくとも栫井には、電話しにくい理由に思い当たることは無いようだ。
唯は、これには心当たりがあった。確か、ベスもそんなことを言っていた。
栫井は、洋子を助けたがっているから、気にせず連絡しろと。
ベスの言うことは、本当だったように思えた。
痩せてて軽いのは確かだが、大人を抱えて歩くのは相当大変なはずだ。
それに、公園から駅までは、ちょっとした距離があった。
ところが、予想に反して、駅まで到着してしまった。
これだけの距離歩いても、栫井は全く疲れてなさそうだった。
栫井はひょろ長系で、力有りそうには見えないので、唯は、男性は、非力に見えても案外力があるんだなと感心した。
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駅まで来て、困ったことに気付く。
両手が塞がっている。
「ごめん、唯ちゃん、カード尻ポケットだった」
「ああ、はい」
「取れる?」
「お財布ですか?」
「財布に入ってるからタッチ……小泉さんの分もタッチは無理か」
すると、急に小泉さんが冷静に言った。
「自分で通るわ。降ろして」
「だいじょうぶかな」
「あ、靴無くしちゃった」
「お母さん、靴なら私が、コレ」
急に洋子の機嫌が良くなったので、唯は驚いた。
良かった、お姫様抱っこで機嫌が直った。
こういう意味でも、やはり支えてくれる男性の存在は必要なんだなと唯は思った。
普通、再生産が進む。母子家庭の子は、母子家庭を作りやすい。
唯の場合は違った。悪いところを学び、良くあろうと思った……ただ、比較対象が、いろいろおかしいので、結局凄く苦労することになる。
普通の人が、普通であることを嘆くのは贅沢だ。
普通でないものを普通だと思ってしまうともっと困る。
後に、唯はそれを思い知ることになる。
唯は、洋子が荒れたのは、心労が積み重なった結果だと知っていた。
だから、奥の手を使った。
ベスはいつも通り、”助けが必要ならいつでも呼べ”としか言わなかった。
遂に決断して電話をしたら、こんなにあっさり助けてくれたので拍子抜けしていた。
そして、あんなに頑なに連絡を取らなかった洋子が、あっさり栫井を受け入れたことに驚いた。
この二人は、いったいどんな関係なのか?
唯は、ますます、わけがわからなかった。




