24-15.唯からの電話(4)寝かせ番号からの着信
娘さんの名前は聞かなかったが、この番号は小泉さんのだよな?
今の中学生か高校生が090は変だもんな……そんなことを考える。
※解約した人の番号が使いまわされるので、必ずしも090だとおかしいと言うわけでは無いです
イタズラ電話だったら、とも思うが、小泉さんの名前出して第三者だったら、イタズラとかのレベルを超えている。
小泉さんは、飲みに行って帰れなくなって、今は公園にいるらしい。
スマホで地図を確認する。
公園? 小さい公園というのは、地図に乗ってない。
これが公園なのだろうか?
地形としては存在するが、公園と明記されていない。
「今駅まで来ました。まだ公園に居ますか?」
電車降りてすぐに、移動していないことを確認する。
「すみません、ありがとうございます。まだ公園です」
駅からの、大凡の行き方を聞いた。
この道を真っ直ぐ……なんか、繁華街から離れてるんだが。
飲み行って潰れたとして、そんな状態でここまで歩くか?
なんだか心配になる。
俺をおびき出すための罠? 何のために?
小泉さんから電話がかかってきたなら、俺は嬉しい。釣られてしまう。
でも、旦那さんはどうしたのだろうか?
旦那さんをすっ飛ばして、俺に連絡が来るのもおかしい。
いろいろおかしい。やっぱりイタズラなんだろうか?
しかも、公園なんか無い。
イタズラでなく、本物だとしたら、なんで俺に電話してきたのかが知りたい。
近くまで来たはずだが、公園は見当たらない。
もう一度電話してみるか……と思ったところで気付く。
道路脇に使い道に困りそうな微妙なスペースがある。
ああ、もしかして、これが公園なのか?
無視しちゃいそうなくらいの大きさだ。
まあ、小さな公園なので、死角が少なく安全そうではある。
何もないただのスペースにベンチだけ設置されているのか、そこに人影がある。
あれか?
たしかに酔い潰れた風の女性と、もう一人。
暗くて歳は分からないが、2人とも若そうに見える。
まあ、太さ的な話だが。
多分、この2人だと思うが、暗くて分からない。
この状況で人違いだと相当気まずい。
そうだ、電話してみよう!
電話してみると、付き添いの子がとった。
間違いない。画面の光が見えた。
「着きました」と言いつつ、近付く。
本当に小泉さんなのだろうか?
「小泉さん?」
話しかけるが、酔ってる方の女性は気付かない。
寝てるのか?
いや、意識はあるようだ。
「……がぁ、帰らない!!」
よく分からないが、家には帰らないと言っているようだ。
旦那さんと喧嘩? そんなところに、俺が登場したら、余計なトラブルが。
むしろ、ハニートラップ的なやつか!!
ところが、続きが微妙な感じだ……
「社会は母子家庭に……」
母子家庭? “母子家庭に優しくない“と言った気がした。
母子家庭なのか?
離婚して旦那さんが居ないから、俺に連絡が来たのか?
母子家庭か聞きたいが、第一声がそれというのは、いろいろまずいと思うので、追々、聞ける機会があれば聞くことにする。
「だいぶ酔ってるな」 これは俺の独り言。
娘さんの方に声をかけようとしたところで、先に声をかけられる。
「すみません、お忙しいところ」
「娘さん?」
「唯です。はじめまして」
おお、なんて礼儀正しい子なんだ!ちょっと感動した。
こちらも自己紹介。
「ああ、栫井です。お母さんとは、高校の時……」
少し仲良かったが、何と言えば良いのか困る。
「からの知り合いです……」
「…………」
微妙な空気が流れる。
俺が何者であっても、娘さんにお母さんとの関係を説明するのは、ちょっと難しい。
特に俺の場合は、俺自身がお母さんとの関係がなんなのかよくわかっていない。
何と言うか……高校で少し仲良かっただけで、それ以来、1回しか話をしたことが無いという、ほんと、知り合いレベルの間柄なのだ。
俺にとっては、極めて重要な存在なのに、客観的事実としては、高校の同級生で、卒業してから1回しか話したことの無い間柄。
……普通に考えて、友達未満かもしれない。
俺は、自分の言葉で、自分でダメージを受けた。ぐふっ
「でも、来て貰えて良かったです。こんな調子なので。他に頼れる人も居なくて……」
「俺で役に立てるなら……」
俺の他に頼れる人が居ないというのは危機的状況では?
まあ、でも、俺が役に立てるなら俺も嬉しい。
それにしても、ずいぶんしっかりした子だ。
で、こっちは小泉さんなのだろうか?
ベンチに倒れてる。
「会社の飲み会だったのですが、酔っ払った状態で、場所聞き出して……」
……………………
……………………
会社の飲み会があったが、電話がかかってきて、様子が変なので、迎えに来た。
見つけた時には小泉さんは1人で、既に会社の人は居なかった。
見つけたは良いものの、どうにもならないので、俺に電話をくれたようだ。
他に頼る人が居ないって、なんで俺に頼ってくるのかが分からない。
知り合いなんて、いくらでも居ると思うのだ。
高校卒業してから、ろくに話をしていない俺に何故今頃になって頼って……しかも、娘さんが。
”人生には想定外なことが起こることもあるのだな”と、ちょっと不思議に感じた。
「でも、ケータイがあって助かりました」
確かに。ケータイ持ってて会話できるレベルでなかったら、たぶん警察に保護されて、めんどうなことになっていただろう。
……ああ、いや、この子がケータイ持ったのが最近だからって意味か?
「今日使うと思って無くて、電池切れちゃって」
ケータイの電池が切れてしまったようだ。
「モバイル電源あるよ。一応充電しておいた方が良いと思うけど」
「すみません、それじゃ、お願いします」
見るとガラケーだった。けっこう古い型だ。
俺も、こんなやつを昔持っていた気がする。
だが、ガラケー使わなくなって久しい。充電ケーブルがあるか?
鞄をあさって、ケーブル類の入った袋を見る。
良かった。持ってた。ガラケー用の充電ケーブル。
最近使わないので持ってるか心配だったのだ。
「ガラケーなのか。それにしても、ずいぶん古いやつだね」
「え? あの、いえ、機種変できないので……」
何か様子が変だ。
機種変できないとは、どういう意味だろう?
----
「ガラケーなのか。それにしても、ずいぶん古いやつだね」
唯は、これを聞いてちょっと困った。
知らない振りをしなければならないのだろうか?
「え? あの、いえ、機種変できないので……」
このケータイは、この男性から借りている物だと思っていた。
もしもの時に使えと。
契約者では無いので、機種変の手続きができない。
唯は、このガラケー以外に自分用のケータイを持っていなかった。
必要な時に、このケータイを使っていた。
今日はまさに、必要な時だった。
このケータイが無ければ、探しに来ても、洋子と会うことはできなかっただろう。
電池が切れそうだったので、栫井には、母(洋子)のケータイからかけた。
電池さえあれば、この、借りているケータイからかけたはずだ。
こっちからかけなければならなかったのだろうか?
ケータイの電源を入れる。充電しながらでも使える。
そして、栫井に電話をかける。
もちろん、栫井の電話が着信する。
栫井が驚いたように言う。
「あれ? なんだ? 寝かせ契約?」
ここでも違和感を持つ。なぜ驚く?
----
急に充電中のケータイを操作したと思ったら、着信した。
画面には予想外の文字が。
”3号”
「あれ? なんだ? 寝かせ契約?」
あのガラケーが俺の寝かせ番号? いや、あのガラケーごと寝かせたものか?
寝かせ番号と言うのは、何らかの理由で”使わなずに持っておく番号”のことだ。
一般的には2年縛りの更新月まで寝かせておく、なんてのが多い。
少し前だと、2台持って家族割にした方が安いので、片方は寝かせておくなんてこともあった。
新規契約獲得のため各社が争って家族割りを強化した。
その結果、プランによっては1人でも2回線持って家族割りにした方がお得なパターンがあった。
例えば、日中安いデイタイムプランと、夜間に安いオフタイムプランを組み合わせて、時間によって使い分ける。キャリアが欲しいのは契約数なので、一人でも家族割りが使えた。
そのうち、誰でも割りとか言い出して、家族プランの旨味はほぼ消えたのだが。
もっと高度な使い方で、最新機種を安く使えるようになるのもある。MNPを使う。
MNPというのは、電話番号を維持したまま、別のキャリアに移る仕組みだ。
この3号は、MNP用に確保してある番号で、それ自体は使用せずに、安いプランで未使用のまま寝かせておく。
MNP転入の恩恵が莫大なので、余計に番号持っておいて、MNPで一定期間ごとにキャリアを移動することで、端末を安く買い、莫大なキャッシュバックを得ることができる。
キャッシュバックを狙ってあちこち飛び回れば、利益を出すことも出来るだろう。
俺の場合は、それで利益を出すほど頑張ってやってるわけでは無い。
機種変を安くできるという効果がある。
ケータイは継続利用者に厳しく、MNPに優しい。
釣りに莫大な投資をして、釣った魚には餌をやらない方式だ。
端末の進化は激しく、2年も経てば、新しいのにした方がだいぶ使い勝手が良い。
同じキャリアで継続したまま機種変するのと、MNPでは2年で5万以上差が出ることが普通にある。
端末の進化はそろそろだいぶ沈静化してきたが、それでも、2年も経てば、だいぶ見劣りするようになる。
MNPで得する金額の方が、寝かせてかかる維持費よりも大幅に上回っている現状では、使わない番号に毎月基本料を払ってでも、MNP用の種に維持しておいた方がお得なのだ。
なので、寝かせて使っていないはずの番号から、電話がかかって来たのだ。
寝かせてあるはずの番号を、この子が使っている。
契約違反だ……いや、苗字が違ってても、家族扱いにすることはできるんだっけか?
それより、俺の知らない間にどうやって?
妙だ。どうせ未使用の回線なので、有効活用できるのなら、その方が良い。
だが、俺が知らぬ間にどうしてそんなことができる?
でも、1つわかったことがある。このケータイがあったから、俺に電話が来たのだ。
俺は頼って貰えた。
俺は期待に応えたい。
機種変できないのは、この子は契約者じゃ無いからだ。
ガラケーは、入手しづらくなっているので、機種変はともかくとして、電池はヘタってると思うので、交換しようと思う。
「電池だけでも、新しいのに交換しようか」
そう答えておく。答え合わせは後だ。
「ありがとうございます」
唯ちゃんは、そう答えた。
ベンチで、やたら小さくなって寝ている小泉さんに話しかける。
「小泉さん、帰らないと終電無くなるよ」
「誰よ」
まあ、そんなもんだよなと思いつつも、ちょっと寂しく感じた。
「栫井だよ。覚えてる?」
「なんで、こんなとこに栫井君が居るのよ」
おお、覚えていてくれてはいるようだ。でも、まあ、確かに、いきなり俺が来たら変だ。
「娘さんに電話もらって」
「お母さん、私が呼んだの」
唯ちゃんも説明してくれる。
「そうじゃないの! なんで居るのか聞いてんの!」
「だから、娘さんが心配して、」
「そうじゃない!!!」
このやりとりを聞いて、唯は、栫井を呼んで正解だったと思った。
それまで、洋子が男性に心を開くところを見たことが無かったのだ。
栫井の方は、洋子がこういう女だと知っているのか、気付いてないのか粛々と対応している。
……ように見えていたが、栫井本人は、ちょっと困っていた。
”ダメだ。酔っぱらいを説得するのは難しい”。
唯はどうやら栫井は気付いていないかもしれないと思い、助け舟を出す。
「栫井さんが、”お母さんのことを心配して来てくれた”から、もう大丈夫だから帰ろう」
「何よ、私を子供みたいに。あんたが子供でしょ」
酔っぱらいだからか、やたら絡む。
面倒だが、絡むだけで、そんなに酷くなかった。
「 呼ばれたからって、ノコノコ出てきて、栫井君も、まだ結婚してなかったの?」
いや、酷かった。
ぐふっ、俺は大ダメージを受けた。
唯は即気付いた。
「お母さん! もう!」
わざわざ、こういう時のためにケータイ持たせていた。
そしてピンチが来たら助けに来た。
なんで独身なのか、わかっているはずなのに、母、洋子は、何故かそこを突く。
----
俺は心が折れると、体もヘナヘナになるという、奇妙な性質を持っているので、こう言う攻撃には弱い。
ぐふっ(エア吐血)。けっこう心が重症だ。
いや、こんなことしているうちに、23時近い。
唯ちゃんが説得を試みている間に、電車を調べる。
送り届けることはできても、俺が帰れない……
まあ、でも、ここは送り届けるべきなのだろう。
「小泉さん明日は?」
「土日休みなので、大丈夫です」
唯ちゃんが答えてくれた。
幸い俺も明日は休みなのでなんとでもなる。
「なんとか、家まで送り届けるから」
これは、俺の今現在の最重要ミッションなのだ。
俺は、俺の心臓がさっさと止まってくれれば良いと思っている。
だが、このミッションを終えるまでは、止まると困る。
いや、止まる予定無いんだけど。
あれ? これフラグ立てたか?