24-14.唯からの電話(3) 番号表示の歴史が、走馬灯のように流れる
知らない番号から電話がかかってきた。
090、9番台なので、90年代から使われてる番号だろう。
売り込みで090は少ないので、知らない9番台からかかってくるのは珍しい。
知らない番号……数字を俺が覚えてるという意味ではなく、スマホには、登録してある番号なら、電話帳逆引きして、誰からかかって来たのかすぐにわかるという、基本的な機能が付いている。
いや、ガラケーにも初めから付いてたが。
そんなの付いてて当り前だろ!!というレベルの基本的機能だが、これが意外に比較的新しい機能なのだ。
ケータイが普及し始めた頃、固定電話には、この機能が付いていなかった。ケータイが普及する前の電話と言えば、長らくずっと固定電話のみだった。
なんと、その固定電話には1997年になってやっと付いた機能だった。
昔は、電話番号が出なかったのだ。
昔と言えば昔だが、1997年というのは、もうwindowsとかインターネットとか、ケータイとか言ってる時代に、固定電話には、どの番号からかかってきた電話なのかを知る方法がまだ無かったのだ。いや、ケータイと言う言葉は当時無かったので、携帯電話だったと思うが。
番号表示が必要無かったからではない。
はっきり言って、もっと昔、俺が子供の頃から必要な機能だった。
昔は番号表示が無くて、イタズラ電話がものすごく多かった。
今のスパムメールのように、いたずら電話がかかってきた。
電話は出ないと相手が誰だかわからない。なので、出ないわけにはいかない。
出るからには、いたずら電話に対応しなければならない。
とんでもない欠陥システムだった。
いたずら電話の攻撃力は非常に高かった。精神を病むほどに。
そんな危険なものが長年放置されてきた。
ケータイ普及の原因の1つにはなるだろう。初期状態で、着信時に番号が表示される。
誰からかかって来たかがわかる。便利だ。
1997年なので、ケータイ電話が爆発的に普及したころ、やっとナンバーディスプレイとか言う名前でその機能が付いた。
それ以前は、相手が誰だかわからない、相手の番号が分からなかった。
昭和の作品見てると、電話の逆探知という言葉が出てくる。
着信時に番号が分からなかった時代であっても、相手の番号を調べる方法が全くないわけではなかった。だが、手間がかかるし時間がかかる。
なので、逆探知に必要な時間を稼ぐために、無駄に話を引き伸ばしたりするシーンが描かれていたりする。予備知識無しに見ると、意味がわからないかもしれない。
元々初期の電話は、人間が線を繋ぎ変えていた。
電話交換手というオペレーターがいて、誰々に繋いでくださいと言うと、線を手でその相手に繋いでいた。
大正時代を舞台にした映画とか見ると、電話機にハンドルが付いていて、回してから、”どこどこに繋いでください”とか言っているシーンがあるが、あれは、ハンドル回して発電して、電話交換手を呼び出している操作だ。
もちろん、音声認識で自動で繋がってるわけでは無く、人間が線を繋いでいる。
そういう時代は、電話が高価だったはずだ。
俺が就職した頃にはまだ、電話には加入権というのがあって、それを買わないと家に電話を引けなかった。
7万円くらいだったと思う。ケータイにも初期は、保証金みたいな制度があった。
初期には自動交換機を作る技術が無かったのも確かだが、人力で処理できる程度の回線数しか無かったのだ。
100回線につき1人とか交換手が付いているので、利用者が増えると、人力で対処できなくなってくる。
元々、人力でやっていた電話の回線交換を自動にしたのがダイヤルパルス。黒電話のあれだ。
大雑把に言うと、受話器を置いた状態と上げた状態の2つの状態しかない。置いた状態で、電気が流れるとベルが鳴る。上げてる状態では通話ができる。短時間だけ受話器を置く動作をフックという。
フックを数字の回数繰り返すのがダイヤルだ。0は10回だが。
電話線には50Vというかなりの高電圧がかかっている。
その電圧で、ダイヤルパルスで、電気的にスイッチをガチャガチャ回していた名残だ。
50Vと言うのは、かなりの高電圧で、直流なので、感電すると家庭用の交流100Vよりも痛いかもしれない。
電話交換機の導入で、人が要らなくなった。その結果、誰からかかってきたかわからなくなった。
これにより、いたずら電話が可能になった。
そして、時代が進みプッシュホンとなり、ボタンで番号が打てるようになった。
あのダイヤル音は、DTMFと言う。2つの周波数の音の組み合わせで数字を表現する。
周波数さえ合ってれば少々の歪みは関係無いので、2人でタイミングを合わせて、周波数を再現すると電話をかけることができる。
110とか119くらいなら2種3音だけで済むので、練習すれば、それなり高確率で、かけられるようになるのではないかと思う。
周波数的に、男性よりは、女性や子供の方が再現しやすいと思う。
音で数字が打てるようになったが、相変わらず、相手が誰なのか分からない。
音で数字を送る手段ができたのだから、番号を通知する手段もできそうなものだが。
あまり優先して実装されなかったのだ。
時代と言うのもあっただろう。
一般家庭のプライバシーとか、そんなものはあまり考えられていなかった。
昔はマンガ雑誌に作者の住所が載ってて、直接手紙送ることもできたと言うから、そんなものなのだろう。
俺が子供の頃の雑誌には既に作者の住所は載っていなかったと思うが、あの時代、一般家庭へのプライバシーの配慮とかは無かった。
プライバシーよりも礼儀が優先された。
今だったら、不用意に電話をとるな!というのが常識だと思うが、当時は、相手が誰か確認して、居留守使うというのは失礼な時代だったのだろう。
昔は電話帳というのが有って、どの番号が誰の番号なのかを簡単に知ることが出来た。
各家庭の番号も載っていた。公開情報だったのだ。
電話番号が分かったところで、それを手掛かりに、簡単にいろいろ調査できるような時代では無かったので、あまり気にする必要が無かったのだ。
もっと酷いのが無線だ。
昔は、無線の通話内容が筒抜けだった。
通話がアナログ方式だった時代だ。当時は、受信機があれば通話内容は聞くことが可能だった。
携帯電話の場合、誰と誰がどの周波数で話しているかが分からないので、あまり問題にならなかったのかもしれない。警察の無線は、早くから暗号化されてた。
もっと凄いのは、コードレス電話だ。そのまま垂れ流しなので、ご近所の通話内容がそのまま聞けてしまう。電波が出ているので、受信機さえあれば簡単に聞けてしまう。
そこまでは、アナログの携帯電話と一緒だが、無線出力の問題で、近所の情報しか受信できない。
つまり、ご近所さんの通話内容がそのまま聞けてしまう。
非常にまずいと思うのだが、当時は平気で使われていた。
それでも特に問題になることは無かったようだ。
わざわざ、そんなもの聞くために受信機買ったりしないだけで、垂れ流しだった。
プライバシーとか、そういうレベルじゃなかった。
俺が子供の頃には、既に、電話の無い家庭と言うのは無いくらい普及していた。
電話が普及して出た問題が、いたずら電話だ。自動化が必要なほど普及した結果だ。
あまりにも酷い場合は逆探知とかするが、精神病んだ程度で当時の警察は動かない。死人が出てから動く。
誘拐では、死人が出る前に動いてくれるようだが。
いたずら電話は、かなり深刻だった。相当死人(自殺者)が出てるはずだ。
かけてきた相手が分からない、いたずら電話し放題の状態で、そのまま放置するNTTも酷い。
いや、昔は電電公社、公営なので、サービスとかは望めない。
競争相手の居ないところでは、必要な改善も進まない。
まあ、民営化や競争を進めると、貧富の差が広がる。
平等は、無駄の上に成り立っているわけで、競走や改善、効率化を求めるなら、格差の拡大も容認する必要がある。
民営化賛成で格差拡大に文句を言うのは、おかしい。
役所に効率化を求めれば、役所の窓口業務が、業務委託になるのは当然だ。
だが、便利なものは使いたい。
結局、格差は加速する。
で、知らない番号からの電話は……
小泉さんの……?
いや、そうじゃない!動転して番号表示の歴史が、走馬灯のように流れたぞ!!
心臓が止まるかと思った。止まるのは構わないが、今は辞めてくれ。
…………
帰宅しようと準備していると、電話がかかってきた。
珍しい。
知らない番号だ。
仕事関係だと、登録してあるので名前が出る。
そして、知らない番号だとだいたい、売り込みとかが多いが、時間的に考えにくい。
誰からだろう? そう思いつつ出る。
「はい」
自分からは名乗らない。自分から個人情報をばらまくのは下策だ。
「栫井さんの番号でしょうか?」
間違い電話では無さそうだ。
女性の声だ。女の子。
セールスにしては、不慣れな感じだし、若い感じだ。
「はい。そうです。どちら様でしょうか?」
「突然すみません。小泉洋子の娘です」
?
※ここで電話の歴史が走馬灯状態です
小泉? 小泉さん?
「こ、小泉さん? え、ええと……高校の時の(同級生の)?」
「そうです」
こんなに大きな娘さんが居るのか。
いや、そうか。あの時の子が、もうこんなに大きくなっているんだ。
それだけ年月が流れたのか。
最後に話したあの時、お子さんが熱を出して早く帰った。
あのときの子が、あれから10年以上経つ。中学生……いや、高校生くらいか?
俺は昔、好きな女の子が居た……今でも好きなのだが。
好きとかそんな感情を思い出すこと自体が久しぶりな気がした。
なんだか、少し生きてる人間に近付いた気がした。
俺の心は、あまりの日々のつまらなさに負けて、死んでしまったのかと思っていたが、眠っているだけで、完全に死んで居るわけでは無いような気がした。
そんなことを考えてしまうほどに、プラス方向に感情が動くと言うのは久しぶりのことだったのだ。
小泉さんからでなく、娘さんからってことは、小泉さんに何かあった?
わざわざ俺に連絡が来るほどだと……亡くなった?
恐る恐る聞く。
「お母さんに何か?」
「それが、高校生に戻りたいって」
「え?」
俺の心は、たちまち萎えた。
小泉さんは、元気……生きてはいるようだ。
高校生って、俺も戻りたい……けど、意味が分からない。
俺が何も言えずに居ると、娘さんが続ける。
「酔ってて」
ああ、なるほど。凄い勢いで納得した。
小泉さんが酔っ払って面倒なことになってるのか。
それにしても、なんで俺に?
いや、そんなことより、ヘルプだ。
「今どこ?」
場所を聞く。幸い、近い。都合が良かった。
「あ、近いから行くよ」
実は、俺は電話が来たのが嬉しかった。
ただ、何故俺が呼ばれたのか、さっぱりわからない。
でも、良かった。連絡貰えて良かった。
 




