24-13.唯からの電話(2) 一生に一度レベルのイベント(だとおっさんは思った)
今日も、タダ働き。
俺が無給なのではなく、タダで呼ばれる仕事。売り上げに直接貢献しない仕事だ。
営業がテキトーなことするから、俺のような尻拭い役が生まれると言うのに、営業は俺のことを無駄金消費するやつだと思っている。
この仕事やる人間が居なくなると、どうなるか、一度思い知らせてやろうとか思いつつも実行できない。
俺は何を失敗したのだろうか?
恋愛に関しては、思い当たることがあるが、仕事に関しては、そこそこ健闘した結果がコレだと思うのだ。
コレだから、人生クソゲーとか思ってしまうのだ。
会社は事務用品の販売、設置、保守。最適な機材を揃えますみたいなやつだ。
俺が入った頃は、事務用品屋だったが、暫くしたら、事実上PC屋になった。
黒画面に文字数少ない、いかにもDOSっぽい一太郎から、Windowsでwordに変わったときは驚いたが、wordには編集しているうちに2度と開けないファイルに進化すると言う新機能が搭載されていて困った。
あと、拡張子docをwordというソフトの拡張子に使うのには腹立った。
最初に読んで欲しいテキストファイルにdocと付けることが多かった。
ファイル名見て拡張子がdocだったら、とりあえず読んでみるって感じだったので、そんな既に使われてる拡張子を占有するな!!と思った。
windowsが普及して、急にPCが売れた。あの頃は、ちょっとしたバブルだった。
なにしろ、PCがすぐに時代遅れになる。買い替えサイクルが凄かった。
導入する方も知識が無いので、サポートしてくれそうなところで買う。相性とかも有って、今ほど安定していなかったし。
Windowsでは今でもHDDの最初のドライブがCドライブになるが、AとBはフロッピーディスクドライブが予約されている、その名残だ。
俺が入社した頃は、PCが何台もあってネットが繋がってるオフィスなんて、かなり先進的なところだったが、今は繋がってるのが普通。PCは進化が止まったし、安いところで買うようになって、うちのようなところから、わざわざPC買ってくれるところは、少なくなった。
なので、今はネットワーク関連が多い。
設備の一部として、PCを含んだセットで売ることは多いが。
ネットワークは、すぐにトラブルが起きるので、自前で担当用意できない企業が、うちのようなところから買って、設置、保守までやらせる。
取引先は、中小規模のオフィスが多い。
中小企業相手が多いが、会社自体は大きくても、小さい出張所みたいなとこは、うちみたいなところに仕事が来る。
個別対応が面倒で、大きな会社が受けないような仕事がうちに来る。
この仕事やっていると、敵は身内だ。
営業が適当なこと言って売って、設置担当が、電源入るところまで持って行く。
調子が悪くなると、俺が呼ばれる。
保証期間中は、タダだと思って気軽に呼ばれる。
行ってみると、そもそも売った商品が用途と合ってなかったりする。
不便だから改善しろとか言われるが、うちはそういう部署じゃないから。
"こんなんじゃ、使えん。いつなおしてくれるんだ"
客の希望と、モノの仕様が合わない。
そういうのは、別部署担当なので、別の部署の担当を呼んで、来るまで時間を稼ぐ。
そして、売ったの俺じゃ無いのに、俺が怒られる。
なんで、いつもこうなんだか。
やっと来た担当に、苦情を言う。
「ちゃんと、担当範囲の説明してくれよ」
「ごめんごめん。いつも説明してんだけどな」
いつも説明してるのに、いつも俺が怒られるのは、おかしいと思うのだが。
本当に説明しているのか怪しいが、次の客先に行く。
「じゃあ、次行きますんで」
○○が動かない系トラブルの、けっこう多くが電源が入っていないという理由に因るものだったりする。
なので、予め電話で確認するのに、行くと電源入ってない。
電話で電源入っているか聞くと相手は怒る。そして、見に行くと、電源入っていない。
もう、コントの世界だ。
電源入っているか聞くと俺は怒られ、実際に行くと電源切れてるので、電源入れるとなおる。
この時、感謝されることもあるが、俺は電源入れただけ。
あまり達成感は無い。
そして、結構な率で逆ギレされる。
「午前中作業が出来なかった」
知らんがな。
俺は、この仕事に、ぜんぜんやり甲斐を感じていないが、他の人にはできない(誰も真面目にやらない)仕事なので、仕方なく俺がやっている。
俺は世界を救いたくないが、電源入れて感謝される仕事もあまり好きではない。
もう少し、頭を使う仕事がしたかった。
今度はまともだ。少なくとも、電源は供給されている。
なんか、信号来て無さそうだ。故障かもしれない。
いや、まったく来てない。断線か?
似たようなケーブルが束になっていて、追うのが難しい。
そもそも図面と合ってない?
LANケーブルの繋ぎ間違いはよくあることだが、狭い隙間で線が束になっていると追うのが難しい。
こっちか?
線を辿って行くと……抜けてるし。
「線外れてますよ」
「そんなことない。ちゃんと繋いであるの確認したから」
確かに、電話で確認したとき、繋いであるのを再確認したと言っていた。
ただ、実際刺さってない。
「この線、刺さってないですよね。これが繋がってないと、信号届きません」
線が抜けているのを見せるが納得しない。
「ほら、刺さってる」
なるほど。
本当は、この線を繋いでほしいところに、何かが刺さっている。
LANケーブルは汎用なので、線だけ見てもどれとどれを繋げば良いのか分からない。
確かにそうなのだが、今まで動いていたなら、これが刺さってたはずなのだ。
「繋いでる線が違いますよ。うちの装置はこっちの線ですよね」
「じゃあ、こっちの線は何なんだ」
そんなん聞かれても知らんがな。俺が知りたい。
その線の繋がっている機器を見に行く。
どう考えても、使われてなさそうなスイッチングHUBだ。
誰がなんのために繋ぎ変えたのか分からないが、使われてなさそうなケーブルを、目立たない場所に収納してもらう。
繋いだら、動いた。
まあ、解決したから良しとするか……
自社に戻る。
図面を修正しないといけないのだ。現物に合わせて……
あの嘘図面に騙されて、ずいぶん時間を無駄にした。
変えたなら、変えた時に、変えた人が図面に反映してくれよ!!
俺はこうやって、電源を入れに行ったり、ケーブル繋ぎに行く仕事で人生を切り売りする。
切り売りしても、あまりたいした金にならない。
そりゃそうだ。こんなの、ある程度誰でも出来る簡単な仕事だ。
待ち時間も長くて無駄が多い。儲かるわけが無い。
入る会社は選べても、仕事は選べない。
そして、俺が就活した時代、ろくに会社が選べなかった。
入った会社で、ある程度ランダム要素の強い配属を経て、経験実績は積まれていく。
特殊技能でも持っていない限り、ランダム要素が強い。
生まれた年で、就活時期がおおよそ決まり、年ごとに難易度が大きく変化する。
頑張らなかったから、その年に生まれた訳では無いだろうし、能力的なパラメータもランダムで決まる。
この世はクソゲーの要素で溢れている。
そして、俺は、同世代の中で特別悪い方ではない。
ワープア……働いていても貧乏とまでは言わないが、一人暮らしがやっとで、家族を養う余裕は無い。
バランスがおかしい。ホント、クソゲーだ。
そんなに浪費癖が有るとも思わないが、貯金は200万しかない。
結婚資金くらいにはなるだろうか?
まあ、相手が居ないのだが。
何のための金なんだか。老後のために?
俺は長生きしたいと思わない。
今は両親とも元気だし、親よりは後に死なないと、いくら何でも親不孝が過ぎる。
親を見送ったら、どうしようかな。
まあ、死んでしまうのが一番楽なんだろうけど、わざわざ自殺するのも、それはそれで嬉しくない。
俺が寝てる間に、勝手に心臓が止まってくれれば楽なのに。
突然死って、生きる望みを失って死ぬなんてことはあるだろうか?
でも、だったら俺は、既に死んでそうだな。
あまりの人生のつまらなさに、耐えかねて、そんなことを考えてしまう。
事務所に戻る。
「栫井さん、また調子悪いって。夜のうちに直しとけって」
これだけで通じる。またあそこか。
だいたい夕方に調子が悪くなる機械らしい。
また出かける。こりゃ直帰だな。
こう言うパターンだと、本当にタダ働きになる。
社に戻ってタイムカード打たないから。
「いつもすみません」
「こちらこそ、ほんとに毎度毎度」
お互いうんざりだ。
ここは、うちの取引先としては、かなり大きい。
8時には開始できる予定なのだが、まだ、社員さんが残っている。
既に終わってる約束なんだが。
「20時には作業始めさせてもらいます。サーバー使えなくなりますので」
「困ったな。もう少し待ってください」
困ったなは、こっちのセリフだ。
まあ、ここは少し待つ。
この仕事、何が面倒かと言うと、待ち時間が長い。
30分ほど待ったが、終わる気配が無い。
「そろそろ始めたいのですが」
「まだちょっと」
「すみません、20時に作業開始の約束ですので」
「そんな話聞いてない」
そんなこと言われてもな。
俺は20時に作業する予定で来てるんだし、文句があるなら、20時で約束した人に言ってほしい。
どうするか、待つか、帰るか。
「では、あと15分だけ待ちます。15分後には電源落としますんで」
業者担当の機嫌が悪くなる。俺の作業が終わらないと、この人も帰れない。
だが、20時に作業開始できると言ったのは、この人なので、作業開始できないのは、この人のせいでもあると思うのだ。
15分後、問答無用で電源落とす。
なんか、さっきの人に酷いこと言われたが気にしない。
俺は一応、定刻前に警告し、さらに15分待った。
俺は悪くない。自分に言い聞かせる。
営業は怒るかもしれないが、うちの納入した機材全部交換しても解決しないんだから仕方がない。
機材の納入会社変えたところで、変わらんだろと思う。
そもそも、うちの機材の問題かどうかわからないのに、俺の時間が消費されているのだ。
電源入れなおしただけで、回復したっぽい。
しばらく様子を見る。……が、そんなにすぐに問題は起きない。
くそう。人が帰るの待ってたら22時近くなった。
いや、結局待てずに強行したんだけど。
20時には作業者帰るって聞いてたのに、実際来ると誰かが使っている。
そして、システム落とすと言うと怒る。
知らんがな。社内で調整してくれよ。
俺は20時になったら作業始める予定なんだよ!
でも、きっとアレわざとだと思う。自分が悪者になりたくないから、俺に言わせてるのだ。
そう言うのは、俺の業務の範囲外だと思うのだ。
それにしても、結局のところ、一度シャットダウンして、再度起動するだけの簡単なお仕事だった。
誰でもできる簡単なことをやるのは、とても疲れる。
しかも、ほとんど待ち時間。効率化とは無縁の仕事だ。
こんな仕事やってても、他者から見て魅力的な経験もできない。
ゲームに例えたら、ほとんど待ち時間で、日に何度かスライムが出るレベル。
レベルは上がらず、新しいスキルを獲得したりもしない。
そして、年は取る。どんどん俺の価値は下がって行く。
俺は新たに何かを生み出したりはしないし、誰の役にも……
まあ、全く役に立っていない訳では無いが……なんだろう?
俺は世界を救いたくない、誰かの役に立っていない訳では無い。
そこだけ見たら、俺は満足できる環境にいると思うのだ。
なのに何かが足りないように感じる。
俺は、世界中の人に感謝されたりはしたくないが、誰かにとって特別な人間ではありたかった。
結局のところ、妻や子が欲しかったのだろう。
俺にとっては、人生と言うのは、悪夢のようにつまらないクソゲーなのだ。
その俺のクソゲーに珍しくイベントが発生する。
知らない番号から電話がかかってきた。
それこそ、一生に一度レベルのイベントだった。