24-11.ベスが来た(2)
“ヤキトリ“
唯に、どんなものか説明する。
「細い棒に鳥の肉を刺して焼いたものじゃ」
「うん」
「妾は、いつかヤキトリを食べてみたいのじゃ」
「うん。お母さんが、飼っても良いって言ったら、私のヤキトリわけてあげる」
唯はヤキトリを知っていた。
しかも分けてくれるという。
鶏の肉を棒に刺して焼いたもの。とても、簡単なものだ。
竜として生きていた頃のオーテルであれば、興味を持たなかったかもしれない。
実際にはタレで味付けがしてあるのだが、オーテルは、そこのところは良く理解していなかった。
オーテルがこの世界に来て、父と意志疎通ができるようになった頃、父が食べていたものだ。
あの時は、肉体が無かったので、食べることができなかったのだ。
体が無いからこそ、そう感じたのかもしれないし、父と同じものを食べてみたかっただけなのかもしれない。
父が食べているのを見てから、オーテルにとっては、憧れになった。
※実際は、栫井が食べていたのは、”ねぎま”で、
犬はネギは食べられないので、同じものは食べられない。
いつか食べてみたいと思っていた。
ベスの体があれば、食べることができるはず。
そう思って過ごしてきた。その願いが叶うのだ。
「おお、お主、なかなか話がわかるではないか」
オーテルは、なんとしても、洋子の家の子になって、ヤキトリを食べたいと思った。
洋子が約束を思い出さなかったらどうしようかと思っていたが、杞憂に終わった。
洋子が忘れていても、唯にもらえばよい。
「あなたの名前は?」
唯が訊ねる。
ところが、オーテルは、なぜ、わざわざ名前を聞かれるのか意味がわからない。
人間が名を知りたがることは知っている。
だが、何度聞いても疑問に思う。なぜ、名前を知りたがるのかが、分からない。
いつも通りに返す。
「竜は竜に名を付けぬ」
「どういうこと?」
「名前など、人間が勝手に付けて呼ぶもの。妾に名など無い」
「名前が無いの? じゃあ、私が名前つけてあげるね」
オーテルにとって、名前なんてどうでも良いことだった。
「勝手にするが良い」
「男の子、女の子?」
「女じゃ」
前回来た時、性別はわかっていた。
性別と言っても、見た目だけなのか、子を産めるのかは分からないが、見た目は女だ。
「コロンちゃんにする。あなたの名前はコロンちゃん」
また、人間が勝手に名を付けた。オーテルにとっては名などどうでも良い事だった。
父がオーテルと言ったとき、それが自分のことだと言うだけで、それ以外はどうでも良い事。
それより、オーテルは困っていることがあった。
飢えと渇きが酷い。疲労も激しいが、まずは食べないと衰えてしまう。
前回の失敗で、この体は容易に弱って動けなくなることを知っていた。
「そんなことより、腹が減ってな。食べないと生き物は、死んでしまうのじゃ」
「食パンなら有ったけれど」
「それは美味いのか?」
※美味かったようです
…………
…………
洋子が帰るのは、夕方。
それまでの間に、作戦を立てる。
唯は頑張って考えたが、無理そうな気がしていた。
「やっぱり、無理だよ。うちはペット飼えないって」
「失敗すれば洋子は不幸になるぞ」
「え? お母さんの名前知ってるの? なんで?」
「知ってるから、不幸になることも知っておるのじゃ」
唯はなんだか怖くなってきてしまった。
”飼わないとお母さんが不幸になる。なんとかしないと”
唯は、この子犬の話を信じてしまった。
なんとか飼う許可を貰おうと頑張って考える。
ところが、良い案が見つからない。
そうこうしているうちに、洋子が帰る。
「ただいま。唯、帰ったわよ」
「お母さん」
唯は、いきなりベスを見せる。
「犬?」
「……」
「うちは大きなペット飼えないって言ったでしょ。
飼うならハムスターとかメダカとか」
「でも……」
「散歩だってしなきゃいけないのよ」
「飼えば、お母さんが」
「なに?」
「散歩するから」
「飼うと、お母さんが散歩する?」
「違う。飼えば、お母さんが幸せになるって」
洋子は、唯を見るが、嘘を言っている感じではない。
そう言って、誰かに押し付けられたのだろうか?
小学一年生に、そんなことを言って犬を押し付けるなんて、酷い人が居るものだと思いつつ、脳裏に、アフリカンスタイルのおっさんのイメージが再生される。
”動物のお医者さん”の最初のシーンだ。
予言ぽいテキトーな理由で、主人公が子犬を押し付けられるシーンから始まるのだ。
”動物のお医者さん”は、洋子にとっては、特別な思い入れのある作品だった。
何か運命的なものを感じる。
「なにそれ、誰が言ったの?」
「それは……コロンちゃんが」
唯は、そう言いながら、犬を見た。
コロンちゃん? この犬のことかしら?
「この犬が?」
洋子がそう言ったあと、衝撃を受ける。
「妾を犬と呼ぶでない」
「わっ、コロンちゃん、喋っちゃダメだって」
犬が喋った。しかも、”妾”と言った……その言葉は、どこかで聞いたような気もする。
「え? 今喋った?」
「……」
洋子が聞くが答えない。
今度は、唯に聞いてみる。
「ねえ、今喋った?」
唯は、質問には答えず、こう返す。
「飼えば、お母さんが幸せになるって」
この犬は喋るのだ。そして、その予想外の内容に驚く。
「そう言ったの?」
唯は頷く。
洋子は、どこかの誰か……つまり、”人間が”唯に子犬を押し付けたのだと思ったが、子犬が自分でそう言った。
子犬が唯に、お母さんが……つまり、洋子が幸せになると言ったとしたら、唯からしたら連れ帰るしかないだろう。
何なのかしら、この犬?
私が幸せに?
「ホントに幸せにしてしれるの?」
洋子は、子犬に聞いてみる。
すると、子犬が答えた。
「そのために来たのじゃ」
「ええ?」
小さな子犬が生意気なことを喋った。
「ヤキトリの約束」
「コロンちゃん。わかったから」
「洋子、お前もじゃ」
「え? 私の名前?」
ヤキトリの約束?
すごく大事なことのような気がした。
そして、この犬を手放してはいけない気がした。
まず、唯に確認する。
「コロンちゃんが喋ること、誰か知ってる?」
「誰も知らない。家の前で会ったから」
良かった。喋る犬の存在を知られると面倒なことになる。
「じゃあ、二人だけの秘密にして。それが守れるなら飼っても良いから」
すると、唯は安心する。
「わかった。良かった、コロンちゃん、うちにいて良いって」
前回唯が猫を拾ってきたとき、処分に困った。
捨てるわけにも行かず、保健所じゃ殺処分されてしまうかもしれない。
貰い手を探すのに苦労したのだ。
そのせいで、さんざん”拾って来るな”と言ってしまったが、唯には寂しい思いさせてるという負い目もあり、(負担の少ない小動物程度であれば)ペットを飼っても良いかもしれないとも思っていた。
ところが、今度は喋る犬。
しかも、名指しで来た。何かある。
この犬は、どこから来たのだろう?
「キミはどこから来たんだい?」
子犬に目線をあわせて聞いてみる。
べろんと鼻を舐められる。
話したくないようだ。
少し様子を見ることにした。
喋る犬なんて気持ち悪い。そうは思わなかった。
洋子はなぜか、この、しゃべる犬の言うことを信じてみようと思った。
予感。
非科学的な何かが、自分の身に起こるような気がしていたのだ。
こうして、ベス……唯にコロンと呼ばれるようになった犬型のダミーは、無事、洋子の家で飼われることになった。
オーテルは、ベスの体を離れて、いつでも栫井のところに行くことはできた。
意志疎通ができないのだが。
それでも報告する。
『お父さん、今度は成功しました』
話しかけても答えないのは、気が向かないと答えないと言うのもあるが、栫井のところに行っていることが多いと言うのも理由だった。
オーテルは、何かあるごとに、栫井に報告を入れていた。
その言葉は、栫井には届いていなかったが、石には記録された。
 




