24-07.河原のバーベキュー(7)困ることがあるのなら、むしろ、俺が助けてあげたい
玲子は、洋子と栫井が別れた理由を、洋子から聞けずじまいだった。
洋子が栫井と別れて早々に新しい男と付き合っていて幻滅していたところに、あの男の追い討ち。
もう二度とあの男と顔を合わせるのが嫌で、洋子ごと疎遠になってしまったから。
もちろん、洋子が栫井を振った(と思っていた)ことがベースにあっての話ではあるのだが。
後から思い返すと、洋子自身も、その理由を、はっきり認識していなかったようにも見えたので、疑問に思う部分は有ったのだ。
玲子には、栫井は、後悔しているように見えた。
その姿だけ見ると、受験に専念するため、栫井が振ったように思える。ところが、そうでも無いようなのだ。
栫井に聞いても、思い当たるのは、メモを見逃したことだけ。
栫井が後悔していたのは、メモを見逃したことだった。
洋子を振ったわけでも、振られたわけでも無く、偶発的な事故だったとしたら?
その程度で別れるだろうか?
そこに違和感を持つ。
「勿体無いな。絶対、相性良いと思ったのに」
----
ぐふっ。
そんなこと言われても、俺は今まさにリアルタイムで悔やんでる最中なのだ。
杉と今井さんに、なんで小泉さんと別れちゃったのかとか聞かれて死んでしまいたくなった。
メモ見損ねたなんて……でも、俺は小泉さんとつき合っていたのだろうか?
つき合いたかったのは事実だが。
俺がすっぽかしたから、小泉さんは怒っていたのかもしれない。
でも過失なのだ。もっとわかりやすく伝えてくれれば……
「栫井君なら応援したのに」
そう言ってくれるのは有り難いが、元々俺に小泉さんは高根の花だったのだと思う。
まあ、それ以前に小泉さんは既婚者なわけで……終わったことだ。
そういう今井さんは、どうなのだろうか?
一応聞いてみる。
「今井さんは?」
「私はいいわ。もうちょっと落ち着いてからね」
俺が聞いたのは、今井さんは恋愛の方は、どうかという意味だ。
それに対する答えが”もうちょっと落ち着いてから”。
この意味は良くわかる。
今の今井さんは見た目の価値が高すぎて、外見で男が寄ってくる。
普通だったら、価値の高いうちに……となるが、今井さんはそうは考えていない。
自分を飾るためのアクセサリーとして、美貌の女性を連れて歩きたがるタイプの男が居る。
男に限らず……むしろ、女性の方がその傾向が強いように思うが。
トロフィー効果。
魅力的な女性を連れて歩きたいと言うのが目的の男が寄ってくる。
他人から、良い女を連れていると思われることが目的であって、その女性を本当に愛しているかと言うと、疑問に思うところもある。
美人は得ばかりではない。
俺も巻き沿い食ったことが何度もあるから理解している。
さっきの木下さんの八つ当たりとかは屁みたいなもので、俺は殴られたこともある。
杉……杉田さんは巻き沿いを恐れて離れていった。
今井さんが悪いわけじゃ無い。
目立たないように伊達メガネかけてても、寄ってくるのだ。
他の女性からすると、贅沢な悩みに見えるかもしれないが、これは深刻な問題だ。
思えば、杉が平気で居られたのは許婚が居たからだ。
人にどうこう言ってる場合じゃ無いが、それでも、力になれればと思う。
「相変わらずだな。困ったことがあれば、手伝うから」
「うん。ありがとう。でも、栫井君は?」
「地道に探してるんだけどね。なかなかね」
今は地道に良い子いないか探してるなんて話をした。
高校の同級生は……俺は今井さんの家来に見えてたようだし、さっぱりだ。
留学組は、相変わらずクダ巻いて、順風満帆組はなんか、新たなペアが生まれそうな充実した動きを……
俺はもう恋愛市場から撤退しても良いんじゃないだろうか。
努力しても報われるとは限らない。でも、やらなきゃはじまらない。
でも、努力が報われる気がしない。
無力感。
牧田達も分離して、余った薪で謎のキャンプファイヤー始めてるし。
昼間なので、火がはっきり見えないのが残念だが。
こんな暑い中で、あんなに燃やして……
なんか、生き生きしてるから、あれはあれで良いのか。
俺は、順風満帆組みたいなのに混ざるのが難しい。
彼らは楽しそうだが、俺はアレに混ざると、苦痛ばかり感じてしまう。
俺は合コンとか苦手なのだ。
俺だって何の手も打たなかった訳ではない。
行った結果、俺には不向きだということがわかっただけだった。
今井さんなんか、合コンとか行ったら最後だ。付きまとわれて大変なことになる。
恋愛市場に、全く興味ありませんと言う態度を通す必要が有る。
モテすぎて困る今井さんと一緒に行動できる友達は限られるだろう。
元から許婚の居る杉とか……
小泉さんにはどんな事情があったのだろう?
今井さんと杉は、先に俺と小泉さんが仲良くて、後から小泉さんと仲良くなったような感じのことを言ってたが、まさか、俺と一緒に居た結果、今井さんと杉と仲良くなったなんてことは無いよな?
一瞬疑問に思ったが、即答えが出る。
うん。まあ無いだろう。
修学旅行より後ならともかく、俺は、小泉さんは杉と仲良しで、オマケで付いてきたと思ってたから、それ以外のパターンは考えていなかった。
まあ、でも、俺にはあれが女性との縁のラストチャンスだったのたもしれない。
あの、マンガのメモが……
そんなことを思っていると、今井さんが、意外なことを言う。
「洋子がもし辛い目に遭ったときは、助けてあげて欲しいの」
小泉さんが????
「もしもの話。人生はまだ、この先長いでしょ」
何かあるのだろうか?
「ああ、そりゃ、機会があるなら」
そう答える。
俺は、そのくらい、なんとも思わない。
ただ、結婚してるのに、俺が出る幕無いじゃないか。
でも、もし、困っていることがあるなら……
「困ることがあるのなら、むしろ、俺が助けてあげたい」
「ありがとう。そう言うと思った」
今井さんが、笑顔になった。どういう意味だろう?
助けてあげたい?
あれ? 今俺は、何か余計なことを言った気がする。
なんてことだ。俺はまたこういうことを、なんで言ってしまうのだろうか。
もう俺は誰とも話をしないことに決めた。
……などと思いつつ。けっこういろいろ喋っちゃっていた。
このあと何をしゃべったのか覚えていないのだが……
この日、俺に刺さった呪いは、大きく育って、俺が前に進むことを本格的に妨害するようになった。
俺はこのとき知っていたのだと思う。俺は悪足掻きしても無駄だということを。
そして、何かが動き出したことを。