24-06.河原のバーベキュー(6)知らぬ間に食い込んで来た子
俺は元々、中学の頃から今井さんが好きだった。
ところが、知らぬ間に、俺が好きな子は、小泉さんに変わっていた。
今井さんに対しては、憧れのような感じだったのだが、小泉さんは知らぬ間に食い込んで来てて……
特別好きな子でも無かったのに、知らぬ間に大事な子に変わっていた。
だから、当時気付いていなかった。大事なものは失ってから気付く。
高校時代の思い出なんて、ほとんど、”勉強ばかりしていた”というものしか残っていない。
実際、勉強ばかりだったので、記憶は間違っちゃいないが。
修学旅行などのイベントごとにも良い思い出も多少はあるが、よく考えると、高校の頃の良い思い出は、だいたい小泉さんとの思い出なのだ。
あんなに話ができる女の子は他に居ない。
俺にとって、女の子との会話は、けっこう難易度高いことなのだ。
無理せず話せる子なんて、滅多に居ない。
今思えば、思春期の好きじゃなくて、ずっと一緒に過ごしたいと思える子は、もう、この先も、ずっと現れない……小泉さんより良い子は現れない気がする。
もう一度あの時に戻って、やり直したい……できれば、入試直前の体調不良も含めて……
そんな、バカなことを考えてしまう。
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でも、今日は、ちょっと良いことを聞けた。
俺は案外、小泉さんのことを良く知らなかったようだ。
俺の記憶では、杉と小泉さんが元々仲良かった。
そして、その2人が、ユッコが居なくなって女子から孤立してしまった今井さんと仲良くなってくれて俺は一安心したのだ。
俺ができるのは、一緒に帰る程度で、校内では女子同士で固めてもらわないと、どうにもならない。
でも、あの頃、俺は小泉さんと本屋行ったりした記憶もある。
俺は今井さんと帰ってたし、小泉さんとは家の方向が違うから、何か違う気もするのだが。
なぜ一緒に本屋に行っていたのだろう? 今となっては思い出せない。
俺が思っているより仲が良かったのか?
そもそも、俺はいつから、小泉さんと仲が良くなったのだろう?
当時俺は、小泉さんを特別視していなかった。
だから、気軽に話ができたのだと思う。
なのに、知らぬ間に、俺が好きな子は小泉さんになっていた。
今日も、俺は小泉さんに会いたくて来てしまった。
元々来ない予定なのは知ってたのに……
さりげなく話を差し込む。
「小泉さんは、忙しいんだっけ?」
一瞬間が空く。
「そうなの。しばらく会えてなくて」
なんだ? 今の間は、忙しいわけじゃないのか?
「結婚すると、やっぱり自由が無くなっちゃうからな」
適当に相槌打つ。
「……」
言いたくない理由があるのかもしれない。
いったい何か有ったのだろうか?
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今井さんと杉は、小泉さんが結婚してから、しばらく会ってないという。
小泉さんは、今、埼玉に住んでいるらしい。埼玉からここは、確かに、少々遠い。
でも、会えない距離では無い。しばらく会って無いというのは、変な気がする。
確か、旦那さんは、車が自慢で、ずいぶん良い車を乗り回してると言う話なので、埼玉からここまでなら、来る気が有れば来そうな気がする。
※この当時の20代の言う”良い車”はスポーツカーを指します。
高級車のことではありません。頭文字Dを薄めた感じだと思ってください。
何か別の事情があるような気がした。
旦那さんが、遊びに行くのを禁止するような人なのだろうか?
……………………
今井さんは、相変わらず恋愛話はあまりしない。杉もしない。
今日は、今井さんはメガネをしていない。
もちろん、体も見せないように、暑いのにガードしている。
俺は水着じゃ無いが、ザバザバ川に入って体冷やしたりしてるが、今井さんは厳しそうだ。
杉は、水着なのかはわからないが、濡れても良い格好をしている。
「足だけでも冷やせば?」
「ありがとう」
せめて、足だけでもと、バケツに水を汲んでくる。
「今井さん、伊達メガネやめちゃったのか」
「もうやめたの」
以前は、伊達メガネをしていたのだ。
目は悪くないのだけど、なるべく地味に目立たなくする作戦だった。
俺は、あれはあれで可愛いと思ったのだが。
一般的には、メガネっ子は需要が無いらしい。
「でも、パソコンするときはメガネかけてるんだけどね」
なんか、考えを読まれたような、凄いタイミングだった。
俺がメガネっ子状態の今井さんも好きなことを知ってたのだろうか?
パソコンの画面見るときはメガネを使うようだ。
でも、視力高かったような気がする。
昔、伊達メガネの話の流れで、目は良いという話を聞いた。
「今井さん、目が良いんじゃなかったっけ?」
「近すぎて疲れるのよ」
「あ、老眼鏡? うちの親もかけてるよ」
「やめてよ」
杉が、老眼鏡とか言い出した。
「遠視って言えよ」
「でも、うちの親のやつと一緒でしょ?」
※まあ、近いものを見るために使用するという観点からは、
同じといえば同じかもしれませんね。
なんか、当時も、こんなどうでも良い話をしていた気もしてきた。
俺は凄いド近眼で、メガネ外すとほとんど見えない。
メガネの無い時代だったら、障害者レベルだ。今時は、近視の人が凄く多い。
あれは、本とか読むようになった結果の人間の進化なのだろうか?
まあ、こんなどうでも良い話ばかりしていたので、当時から、周りから浮きまくっていたと思う。
そんなことを思いつつ、再度周りを見ると、飲みすぎて脱落してるのが何人かいた。
木下さんは、中村(鉄)を介抱してた。
中村(鉄)は、予想外に、酒弱いようだ。
いや、酒強くても、それ以上に大量に飲んだのかもしれないが。
中村(鉄)は、車運転してきてたような?
誰かが送ってかないとダメそうだ。
いいな……俺が倒れても、たぶん誰も介抱してくれないのだろう。
中村(鉄)の隣で、飯田君も、座ったまま固まってるのに、どう見ても、木下さんは中村(鉄)ばかり世話してる。
酔ってるからか、あれが素なのか。
傍から見ると、どう見ても、中村(鉄)狙いなのが見え見えだ。
お持ち帰りしそうな勢いだ。
いいな……木下さんの目の前で今井さんに声かけて、酔っ払ってクダ巻いて倒れても、それでも介抱して貰えるのだ。
俺は、一度でいいから、そんな風にして欲しいと思った。
俺のささやかな願いだ。叶うことはこの先一生無いと思うが……
※突っ込みは読者の皆様にお任せします。
「あれ、まずいよね」 杉が言う。
まずいと言えばまずいけど、俺的には、どうにも羨ましい。
「俺が倒れても……」
ぼそっと、余計な言葉が出てしまう。
「介抱して欲しい人が来てないってか」
俺の独り言を、わざわざ杉が拾ってくれたので、俺はますます萎える。
ぐぬぬ
杉はそういう所が良くない。
わざわざ、俺のダメージ倍増みたいな突っ込みを入れてくる。
「大丈夫よ。私が看てあげるから」 今井さんの一言。
おおお! なんて優しい子なんだ!!
確かに、俺が倒れても、今井さんは、親切にしてくれるかもしれないが、
そういうのじゃなくて、俺を好いてくれる人が居たらいいなと思ったのだ。
介抱して欲しい人か……
「仲良かったもんね」
「そう簡単に、忘れられないってか」
「まあ、今でも……」
いかん、いかん、相手は人妻。色々まずい。
てか、二人して、なんか誘導尋問的な?
「やっぱりそうなんだ。変だと思った」
今井さんだ。
変? まあ、変か。変かもしれないが、どう変なのだろう?
「今でも好きなの?」 今井さんが、真剣な顔で言う。
「うえぇ?」
今井さんと、杉は、やっぱりかみたいな顔をした。
くそ、誘導尋問の目的はこれだったか!
ぐぬぬ。ちくせう! これだけでバレるのかよ!!!
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玲子は、遅かれ早かれ洋子は離婚すると思っていた。
子供ができてからでは、面倒なので、離婚するなら早い方が良いと思っていた。
玲子から見ると、なんで、栫井より、あっちを選んだのか、意味が分からなかった。
正直、有り得ない選択だった。
良い機会なので、疑問をぶつけてみる。
「なんで洋子と? 何かあったの?」
「え? 小泉さんに何か?」
おかしい。栫井には、思い当たることが無いようだ。
「ほら、急に別れちゃったから、何かがあったのかなと思って」
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別れた?
そう言われて気付く。
あのメモの意味は……やっぱり、そういう意味だったのか……
”これからも、付き合っていきましょう”……だったのか?
じゃあ……駅の待ち合わせはデートだったのか?
俺はその大事なイベントをスルーしてしまったのだ。
絶望した。
なんか、生命力が抜けていくのを感じる。
「俺がすっぽかしちゃったから」
「何をすっぽかしたの?」
「メモ見落とした」
「それだけで?」
「他にも理由あるのかもしれないけど、あれから一度も話して無いから……」
「付き合ってたのに、メモの見落としくらいで別れるか?」
杉が言う。
まあ、確かに既に付き合っていたのなら、メモの見落とし程度でという話にはなる。
ただ、これから付き合いましょうと言う話を、俺がすっぽかしたのであればあり得ると思うのだ。
そもそも、なぜ、杉は、付き合ってたと思ったのだろうか?
聞いてみる。
「何で知ってた?」
「だって、休日に一緒に居るの見たし」
え?
ああ、あれか。駅の待ち合わせ……でも、休日はあのとき1回だけだ。
たまたまあのとき、見られてたのか……
「うち、近所だから」
「ああ、杉の家、あのあたりだったか!」
玲子と杉は、やはり付き合っていたのだと思った。
当の本人たちは、当時付き合っている自覚は無かったのだが、これが原因で2人はどんどん気まずくなって、気軽に会えない関係になっていく。