24-05.河原のバーベキュー(5) 恋愛話の嫌いな男女のグループ
「みいも、結婚決まって仕事辞めたって。いいな、専業主婦よ」
専業主婦。女性の憧れだ。いや、一部の男性にとっても憧れだ。
でも、専業主婦と専業主夫の扱いの差は、極めて大きい。
男女平等とか騒ぐ割には、専業主夫は無職のヒモ扱いだ。
男女平等を主張する女性には、同時に専業主夫を増やす方向に動いていただきたい。
専業主夫を増やしたって、男女差は減る訳なのだから。
実際は、出産は女性にしかできず、母乳を与えられるのも女性側で、そもそも体の作りも役割も違うわけで、差があるのは不思議なことではない。
そして、当の女性の皆さんにアンケートを取ると、専業主婦が一番になる。
尤も、これには理由があって、他の職業が細分化されているのに対し、専業主婦は細分化されていないためだ。
それにしても、質問内容次第では、専業主婦希望は半数を超えることもある。
例えば、もともと1/3程度は専業主婦希望だが、一生専業主婦のまま、パートもしないで済むとしたらという条件にすると増える。
働き続けないと、保育園に入れず、保育園が決まらないと仕事もはじめられない。
要するに、専業主婦希望だが、いつか仕事を始めることになるなら、ずっと仕事してた方が、まだマシだと考える人が結構いる。
なので、多くの女性の憧れとして数字の上では上位にあるものの、現実は厳しい。
そんな経済力のある男はそんなにいないのだ。俺たちより下の世代には……
「今時珍しい。稼ぎ良さそうだな」
そう答える。俺の稼ぎだと、嫁は何とかなっても、子どもは持てない。
「でしょ。絶対無理よね、私は共働きで支えないとダメそう」
木下さんが、酔っ払って調子良くなってしまった。
なんか、ターゲットが決まってるような、生々しい話っぷりだ。
就職に苦戦して、あっちの方でクダ巻いてるやつの話のような気がするんだが……
今井さんが、首をちょいっと曲げた。
おお! なんかわかった。
今井さんも同じことを考えたのだ。
木下さんは、とにかくよく喋る。
同級生達は、彼女がとか結婚とか、そんな話もチラホラ。
俺は彼女も居ないし、子供なんて聞くと、もう別世界みたいに感じた。
もちろん理屈は知ってるが、男女揃うと何も無いところから、子供が生まれるわけで、生命の神秘というか、俺から見ると魔法みたいに現実味が無い。
同級生のその後の話をして、木下さんは去って行った。
すると、嵐のあとの静けさ……
俺と、今井さんと杉の3人になってしまった。
仲良かった気もするが、ネコ集会みたいな感じだった。
集まってるだけで、盛り上がるわけでは無い。
もともとこの3人は、こんな感じだったかもしれない。
今井さんたちが移ってきたときは6人だったのに、焼きそば作ってから人が増えたり減ったりして、3人。
もう、腹いっぱいで、何も食べられないが、火だけは維持する。
こうしてると落ち着くから。ただ、それだけの理由だ。
あらためて見回す。
それにしても、なんか、見事にグループがばらけた。こんなもんか。
俺のところは、美女と家来と座敷童の浮世グループか。
まあ、でも、これで聞きたかったことが聞ける。
疑問があるのだ。
高校の頃から、杉に婚約者がいることを知っていたのは、今井さんだけだったという。
俺から見たら、杉のオマケで付いてきたのが小泉さんだったから、杉と小泉さんが元々仲良しで、後から今井さんが入ったのだと思っていた。
小泉さんが知らないと言うのは、変な気がした。
とりあえず、いつからなのか聞いてみる。
「高校より前からなんだよな? 婚約者」
「ずっと前からだよ」
杉には以前から婚約者がいたらしい。俺は最近まで、その話を知らなかったのだが。
俺はずっと前から、今井さんの悩みは知っていた。
ずっと不思議に思わなかったけど、杉に許婚が居たとすると納得できることがあるのだ。
許婚有りとかだと珍しくて同じ境遇の子が居ないから、話をしても共感を得にくい。
相談しようにも、同じ悩みを共有できる相手が居ないわけだから。
今井さんもだ。
男が寄ってきて困るってところで、既に普通じゃ無いが、悩みはその先にある。
外見ばかりで中身を見てくれているかわからない……中身を見てもらえないというのが悩みだ。
2人の悩みは同じでは無いが、同じ悩みを共有できる友達がいないという共通点がある。
小泉さんにも、他の同級生と共有できない悩みを持っていて、この2人と仲良かったとしたら?
俺は、本当は小泉さんのことをあまり良く知らないのかもしれない。
ずっと前って、いつからなのだろう?
そう考えてると、杉が自分から答える。
「子供の頃からずっとだよ」
おおおお!!なんと、杉は子供の頃から許婚有りだったのか!!
マンガの世界みたいなのが、身近なところに居たとは!!
しばし、許婚ネタで盛り上がる。
……………………
「でも、子供の頃からずっとでしょ。もう、コイツでいいよって」
杉らしい答えだ。
元は親同士の口約束で、守る必要も無かったけれど、双方、異議無しで、今は正式に婚約中らしい。
相手がまだ学生で、卒業できないとまずいので頑張ってるそうだ。
歳は俺たちと一緒だ。
だとすると、年齢的に、院生なのだろうが、”留年”とか”浪人”とか不吉なキーワードが出たので、怖くて聞けない。留年と浪人……下手すると、学部の話だったら。
嫁が来ないようなダメ男を押し付けられたとか想像してしまった。
それはともかくとして、思春期に許婚とか言われたら悩むけど、子供の頃からだと、案外気にならないらしい。
そして、他の子と状況の違う杉は、そろそろ色気付いてきた頃の女子トークに混ざりにくかった。
そして、美人過ぎて静かに恋愛できない今井さんと話が合った。
境遇は違うものの、回りの女の子たちと、明らかにステージが違っていることを自覚している同士としては、気持ちを共有することができたから。
そこは、わかった。
だとしたら、小泉さんは、なんで、そのグループに居たんだろう?
単に恋愛話を避けるグループに、好んで居た?
何か共通点があったのだろうか? いや、たまたま気が合った?
小泉さんも、恋愛話は、あまり好んで居なかったと思う。
だからこその、”動物のお医者さん”だったのだと思う。
俺は小泉さんとマンガの貸し借りをしてた。
”動物のお医者さん”というマンガなのだが、女性向けの雑誌に連載されていて、その1作のために、わざわざ雑誌買いたくないけど”動物のお医者さん”だけ読みたい。
ちょうど小泉さんが、その雑誌を買っていたので、俺は借りて読ませてもらってた。
ふつう……一般的の意味だが、少女漫画のパターンは、女の子が主人公で、早々にメインのお相手が出てくる。
遠くから見てるだけの憧れの人だったり、嫌な奴だったりするが、まあ、とにかく最初に出てくる。
そして、大概は早々にそのお相手と関わる。
動物のお医者さんは、主人公が男で、最初に出てくるのは、アフリカンメイクの怪しいおっさんだ。
そして、結局最後まで恋愛話は出てこないと言う、珍しい作品だった。
高2の時に単行本出てたから、昭和からの作品だったはずだ。
※1~2巻は昭和の頃に連載されてたもの。
それにしても変だ。
今井さんは、杉と仲良くなる前から、俺と一緒に帰っていた。
あまり役に立たないが、一応護衛として。
1年の時は、ユッコの方の杉だった。こっちの杉に変わったのは途中から。
前の杉と入れ替わるように、こっちの杉と小泉さんが一緒に居るようになった。
「今井さんが知ってるのに、小泉さんは知らなかったのか」
「この話したの、洋子と仲良くなるより前だったから」
杉が答えた。
ん? おかしい。
「杉と小泉さんが先に仲良しだったんじゃ無かったのか」
「え?」
玲子と杉は顔を見合わせる。
なんだ、この反応。
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杉は、当時のことを思い出す。
しばらくは、近くの席の子達と話していたが、恋愛話が多い。
当初仲良かった女子たちの間で、玲子(今井玲子)の評判は、あまり良くなかったので、どちらかと言うと悪印象を持っていた。
ただ、実際話すと良い印象を持った。
”誰々を振ったんだって”という話を聞いていたので、短期間で、相手をコロコロ変える子なのかと思っていたのだ。
実際は、誰とも付き合っておらず、誰とも付き合わないと明言してるのに、後から後から男が寄ってくるだけだった。
※大学では、こんなの比では無いのですが、この当時の杉の印象としては、こんな感じだった
洋子は仲良かった子達とクラスが別れた。
4月中は休み時間に通ったりしていたが、そろそろ縁が薄くなってきた頃、結束の緩い玲子たちのグループに入って来た。
同時期に、杉も入って来たのだが、当初は、杉と洋子は、特に仲が良いわけでは無かった。
杉から見ると、洋子はちょっと何を考えてるのかわからないところがあった。
杉から見ると、むしろ、栫井と洋子が仲良しに見えていた。
その後、だんだん性格が分かって来て、杉は洋子とも仲良しになるのだが。
「私と洋子って、どっちが先に玲子と仲良くなったの?」
杉が聞く。
「それはわからないけど、洋子は栫井君と仲良かったと思ってた」
玲子の記憶でも、洋子は栫井と仲が良くて、後から玲子と仲良くなったと思っていた。
杉は、不思議なことに、洋子は、なんとなく同志な気がしていた。
一般的な女の子と、恋の悩みを共有できない同士(仲間)。
それに、チャラチャラしたものではなく、もっとしっかりした恋愛観念を持つ同志だと思っていた。
だから、3年になってクラスが別れても、仲良くしていた。
なのに、進学してすぐ、あっさり他の男に乗り換えた。
杉も、洋子を、快く思わなかったので、それ以降疎遠になっていた。
「不思議だよな。なんであの頃、よく一緒に居たんだろうな」
栫井が言う。
すると玲子は答える。
「私は、中学から栫井君と一緒だったから」
これの意味するところは、洋子は元々の知り合いでは無いのに、一緒に居ることが多かった……
なのだが、栫井には別の意味で伝わってしまう。
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「私は、中学から栫井君と一緒だったから」
それは理由になって無い。同じ中学から行ったのは俺だけじゃない。
「私は、女の子の話苦手だから」 杉が言う。
自分で、中身は女じゃないって言っているようなもんだぞ……と思ったが
「私も苦手だったから」
今井さんまで、同じことを言いだして……
今井さんたちと一緒に居て、ラブラブしてたわけではなく、俺はだいたい、牧田とゲームの話をしていた。そして、少し時間をずらして帰る。
帰るときは、今井さんと一緒ではあるけど、たいしたことは話さない。
今井さんとの会話は、ほとんどテストのことだったと思う。今回はあれが苦手とかそんな話だ。
俺は雑談が苦手だ。今でも。何を話せば良いのかわからない。
テストの話以外は、雨だとか、おなかすいたとか、風邪ひいたとか、暑いとか寒いとかそんな程度で、実は、まともに会話する機会はそんなに多くなかったような気がする。
たぶん、一緒に帰ったのは、俺が一番”無害”というのが一番しっくりくる理由だったように思う。
杉は、ゲームも知ってたので、ゲームの話をすることがあった。
杉は、自分でやってるわけじゃ無くて、その割には詳しくて変だと思ってたが、今思えば許婚がゲームをやってたからかもしれないなと思った。
※弟がゲーマーだからです
小泉さんとは良く話した。妙に話しやすくて……
そう言えば、俺はあまり話が得意では無くて、今井さんとも、杉とも、たいした話はしてなかった。
小泉さんは、話がしやすかった。
……俺は、小泉さん以外とは、たいした話ができないのかもしれない。
「小泉さんは、話しやすかったな。少年誌も読んでたからかな」
俺も、少女漫画にチャレンジしたが、ダメだった。
「違うよ。それ、たぶん、栫井と話したかっただけだよ」
杉が言う。
そうだったのか。そうか。話題が無いもんな。
無理して話題を合わせてくれたのか……
なんでだろう?
小泉さんは、優しい子だった。会いたかったな……
俺はメモを見つけられなかったことを後悔しまくっていた。
この先も、小泉さんより良い子は現れない気がするのだ。
もう一度あの時に戻って、やり直したい……できれば、入試直前の体調不良も含めて……